第7話 雛鳥達の初陣(1)
三年生となったある日の朝。フィオナは、一年生の列を監督する立場にあった。同期の中から選抜され、後輩を指導する任を負ったのだ。しかし、その立場は誇らしさよりも、責任の重さを絶えずフィオナに突きつけてきた。
早朝の基礎体力錬成。息を切らし、必死に食らいつく一年生たちの姿に、フィオナは二年前の自分を重ねていた。その時、教官の怒号が響き渡る。
「三年ッ!一年がついてこれていないのは、指導役である貴様らの責任だ!連帯責任で、お前たちも罰走に参加しろ!」
フィオナやエリアナを含む指導役の三年生たちは、顔を見合わせると、無言で頷き、一年生の列に加わって走り出す。だが、教官の叱責は終わらなかった。
「フィオナ!貴様の指導する班は、特に甘い!それは、貴様自身が甘いからだ!」
名指しの厳しい言葉に、フィオナの心臓が凍る。
「優しいのは構わん。だがな、優しさと甘さは違う!貴様の甘さは、下級生の成長を遅らせている。それは、彼女たちが将来、実戦で命を落とす可能性を増やす、罪深い行いであると知れ!」
全候補生の前で受けた屈辱。フィオナは唇を固く結び、ただ地面を睨みつけて走り続けることしかできなかった。
朝食の席は、もはや四人の指定席のようだったが、今朝は少し空気が重い。
「それにしても、あの教官も珍しいね。あんな風に、名指しで注意するなんて」
リナが、フィオナを気遣うように口火を切る。
「意図があってのことだろう。お前を試しているんだ、フィオナ」
エリアナが冷静に分析する。その時、セリスが口を開いた。
「……明日は、王都での警邏実習だ。我々が、初めて民の前に騎士として姿を見せる日。甘えや緩みは許されんぞ」
それは、教官の言葉をなぞるようでありながら、フィオナを鼓舞する響きを持っていた。フィオナは、セリスの瞳を見つめ、力強く頷いた。
午後の座学は、王国各地の地理と風土を学ぶ講義だった。教官が、北方の辺境地帯に暮らす、ある少数民族について語り始める。
「……その民の中から、ごく稀に、未来を見通すかのような、不思議な夢を見る者が生まれるという伝承がある」
その言葉が耳に入った瞬間、隣に座っていたリナが、ごく小さな声で呟いた。
「……私の、故郷のこと、話してる……」
ほとんど吐息のようなその呟きを、フィオナは聞き逃さなかった。怪訝そうにリナに目を向けると、リナは自分の声が聞こえていたことにハッと気づき、ばつが悪そうに顔を伏せてしまった。
その日の夜、消灯時間を過ぎ、部屋が月明かりだけに照らされる頃。
「……フィオナ、起きてる?」
リナが、ベッドの中から小声で話しかけてきた。
「……誰にも、言わないでくれる? フィオナだから、話せることなんだけど……」
リナは、ゆっくりと自分の秘密を打ち明け始めた。自分は、昼間の講義で教官が話していた、あの北方の辺境の民の出身であること。そして、自分も、時々不思議な夢を見ること。この力を話すと、気味悪がられたり、「どんな未来が見えるの?」としつこく聞かれたりするのが嫌で、ずっと黙っていたのだと。
フィオナは、静かに全てを聞いた後、一つだけ尋ねた。
「今も見るの? 騎士になって、誰かを守る夢を」
その問いに、リナは少し間を置いてから、答えた。その声は、どこか嬉しそうだった。
「うん、今も見る。……それにね、最近は、私一人じゃない夢を見るの。フィオナと、セリスと、エリアナと……四人で力を合わせて、大切な誰かを守る夢を見るんだ」
その告白の後、二人の間には、少しだけ気恥ずかしいような沈黙が流れた。リナはそれを紛らわすように、「明日の警邏、緊張するね」などと他愛ない話を始め、やがて二人は、共有した秘密を胸に抱いて、静かな眠りについていった。