第5話 雛鳥達の連携(1)
二年生となったフィオナの朝、 夜明け前の基礎訓練。変わらず肺は痛み、筋肉は軋む。しかし、一年間懸命に鍛え上げてきたその体は、この苦しさに慣れていた。息は切れども、心にはわずかな余裕が生まれている。このまま走り続けられる。そう思った、瞬間だった。
「フィオナッ!それで限界かッ!怠けるなァッ!」
教官の怒号が、雷鳴のように轟いた。
「常に己の限界まで鍛え上げろ!実戦ではたった一人の怠け者が、大勢の仲間の命を奪うと思え!」
その言葉の本当の意味を、フィオナは知っていた。以前、訓練後に立ち寄った共同浴場で、その教官と湯船に浸かったことがあったのだ。普段の厳格さが嘘のように、彼女は静かに、自身がまとった無数の古傷について語ってくれた。自らの不注意で負った傷、仲間を庇って負った傷。その多くは肉体的には癒えた、と。
「……だがな」教官は湯気に霞む傷の一つを撫でた。
「この傷だけは、一生癒えん。これは、私の気の緩みが原因で、仲間を一人、死なせてしまった時のものだ。この痛みだけは、死ぬまで私を苛み続ける……」
フィオナは、心に生まれたばかりの余裕という名の「気の緩み」を恥じ、奥歯を噛み締めて、再び全力で地面を蹴った。
朝食の席は、いつの間にかセリス、エリアナ、リナ、そしてフィオナの四人で囲むのが当たり前になっていた。
「ねえねえ、聞いた?三年のあの先輩、また教官に呼び出されたんだって!」
リナが、どこから仕入れてきたのか、養成所内の噂話を声を潜めて話す。
「くだらん」
セリスは興味なさそうにスープを啜るが、その耳はリナの話を捉えようと微かに傾いている。 その横で、エリアナとフィオナは小声で今日の演習の作戦を確認していた。
「今日の状況はゴブリンとオークの混成部隊。リナがゴーレムの配置と強度を分析するから、エリアナはそれを元に私達に指示を出して」
「わかった。フィオナ、セリスの突破力を活かすには、お前の援護が不可欠だ。頼めるか」
「うん、任せて」
フィオナは力強く頷いた。他愛ない会話と、今日の厳しい訓練を見据えた会話。その二つが当たり前のように同居するこの食卓が、フィオナにとってかけがえのない時間となっていた。
二年生の実技演習は、より実戦を意識したものだった。武芸館には、教官が魔力で動かす大小様々なゴーレムが配置されている。今日の演習は、過去に数名の騎士がオークとゴブリンの集団に囲まれ全滅したという事例を模したものだった。
「――始め!」
号令と共に、フィオナたち四人を囲む十数体のゴーレムが、地響きを立てて動き出す。 その瞬間、リナは目を閉じ、意識を集中させた。銀色に光るマナの粒子が、彼女の周囲にまたたく。
「エリアナ!正面の、一番大きいやつ!その後ろの小さいのが、魔力反応が一番強い!」
「よし!」
エリアナの声が飛ぶ。
「セリス、正面を頼む!おそらく巨大な一体は囮!その後ろからの鋭い一撃に気をつけろ!フィオナ、セリスの背中を守り、接近する小型を排除!私とリナは側面から崩す!決して孤立するな!」
次の瞬間、セリスの姿が爆ぜるように消えた。
マナによる身体強化を体得した騎士候補生の身体能力は、常人の五倍を超える。フィオナもまた、全身にマナを滾らせ、一瞬でセリスの背後についた。
視界に入る全てのものの動きが、まるで水中のように緩慢になる。セリスが銀色の閃光となって巨大なゴーレムに激突するのと、フィオナが彼女の死角から襲い来るゴーレムを木剣で粉砕するのは、ほぼ同時だった。
マナにより強度増強された木剣が、石のゴーレムを易々と砕いていく。 エリアナとリナもまた、銀色の残像を描きながら戦場を駆け、的確にゴーレムの数を減らしていく。あまりの高速戦闘ゆえに、一瞬の判断ミス、一歩の踏み外しが、即座に死に繋がる連携の崩壊を意味する。四人は、互いの気配と呼吸だけを頼りに、目まぐるしく位置を変えながら、一つの生き物のように戦い続けた。
最後まで連携を崩さず、最後のゴーレムが砕け散った時、四人は背中合わせの陣形のまま、荒い息をついていた。 教官は腕を組んだまま、四人を見据える。
「……陣形を維持し、全滅させた点は評価する。だが、セリス、初動がやや早すぎた。フィオナとの連携が一瞬遅れていれば、背後からの一撃を許していただろう。改善の余地はいくらでもある。次に活かせ」
厳しい言葉だったが、その声には確かな手応えを感じさせる響きがあった。