第4話 雛鳥達の奮闘(2)
一年生の終わりが近づく頃、座学の内容はより実践的な色合いを帯びてきた。 その日の課題は、過去に実際にあった「ゴブリン集落掃討作戦」の失敗例を分析するというものだった。多大な犠牲者を出したというその作戦記録は、生々しいインクの染みとなって、ただの机上の空論ではない現実の重みを少女たちに突きつける。班ごとに原因を議論し、どうすれば被害を抑えられたかを発表する。フィオナは、セリス、リナ、エリアナと同じ班になった。
四人は一つの机を囲み、分厚い作戦報告書を広げる。重苦しい沈黙を破ったのは、腕を組んで報告書を睨みつけていたセリスだった。
「くだらん。なぜ、初戦でゴブリンどもの防衛線を突破できなかったのか。私なら、このような貧弱な布陣、易々と突破してみせる。」
その声には、絶対的な武力への自信が満ちていた。
リナは、地図が描かれたページを指でなぞりながら、首を傾げた。
「うーん、でも報告書によると、初戦では伏兵に気付けなくて痛い目に遭ったんだよね?それに……その後もゴブリンの正確な数がわからないまま戦いを続けて、グダグダになってる。強さも大事だけど、そもそも敵をちゃんと知らないのが一番の問題だったんじゃないかな?」
フィオナは、皆の議論を聞きながら、報告書の末尾にある物資リストを何度も見比べていた。そして、おずおずと口を開く。
「あの……。派遣された部隊の大きさに対して、あまりにも食料や医療品の数が少ないのではないでしょうか……?初戦で傷ついた隊員の手当てが滞って、動ける人も減ってしまって……。その後の戦いでは、食料不足でみんな力が出せずに、泥沼のような戦いになってしまったのでは……?」
三人の意見を黙って聞いていたエリアナが、そこで初めて口を開いた。その瞳には、冷たい光が宿っていた。
「フィオナの意見に賛成する。これは本来、作戦遂行において最優先で確保すべき兵站を軽視した、愚か者の立てた作戦だ。そして、付け加えるなら、セリスが指摘した打撃力、リナが指摘した索敵能力の欠如。つまりは……彼我の戦力差を正確に把握しないまま、同じ過ちを繰り返した愚昧な指揮官にこそ、最大の責任がある。」
エリアナは、断罪するようにそう言い切った。
最終的に、エリアナが四人の意見を一つの流れにまとめ上げ、発表に臨んだ。彼女の口から語られる分析は、他のどの班よりも網羅的で、緻密だった。個々の武勇、索敵、兵站、そして指揮官の判断。それら全てが有機的に絡み合った結果としての「必然的な敗北」であると、冷徹に解き明かしていく。発表が終わると、それまで腕を組んで聞いていた歴戦の教官が、深く頷いた。
「……見事だ。他の班が戦術の枝葉に囚われる中、貴様らは作戦全体の構造的欠陥を見抜いた。そして、その素晴らしい分析結果は、貴様ら四人の異なる個性が連携し合った結果であることを、決して忘れるな。」
教官は、四人の顔を順に見回して、続けた。
「貴様ら四人は生まれも育ちもバラバラだが、存外、背中を預け合える得難い仲間となるかもしれんぞ。」
その思いがけない言葉に、四人の反応は面白いほどに分かれた。 リナは「えへへ」と声を出し、誇らしげに屈託なく笑った。 セリスは、ふいとそっぽを向いたが、その耳は微かに赤く染まっている。 エリアナは、何も言わずに一度だけ天井を見上げた後、静かにこくりと頷いた。 そしてフィオナは、予期せぬ賞賛にどうしていいかわからず、ただ顔を真っ赤にして俯くだけだった。
養成所での一年。それは、心身を限界まで追い込む、ひたすらに過酷な日々だった。しかし、その日々の中で、生まれも育ちも、得意なことも苦手なことも全く違う四人の少女たちを結びつける、見えない絆が、確かに育まれ始めていた。
まだ細く、頼りないその糸が、やがて彼女たちの生涯を支えるものになる。この時のフィオナは、まだ知る由もなかった。
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