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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第4章 真実の愛

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第70話(最終話) 新国王・王妃の誕生(2)

 アスランの執務室からは、王宮の東門から静かに出発していく馬車の列が見えていた。


 騎士団が車列を守るが、馬車の行列はけして華やかなものではなく、最後尾には、家紋のない質素な黒の馬車が続いた。


「無事に出発されたな」


 アスランはつぶやいた。


 馬車が向かったのは、オルリオン王国の東端にある離宮。

 退位したヘンリー国王はそこでブランソン伯爵を名乗り、余生を過ごすことになる。


 そして、ミレイユは生涯離宮に幽閉されるが、ヘンリーの妻として、ブランソン伯爵夫人と名乗ることになっていた。


 馬車の列が遠くなるのを見送って、アスランは王宮の中庭に向かった。


***



「王妃様! どうぞこちらのテーブルにいらしてくださいませ」

「王妃様、わたくし達もお話をお伺いしたいです!」


 結婚式から一年後。

 オーロラは二十歳になった。


 アスラン国王の若き妃であるオーロラは、王宮の中庭で、詰めかけた令嬢達の間で引っ張りだこになっていた。


 動きやすいようにと、スカート丈の短めのドレスを身につけているが、オーロラが着ていれば、どんなドレスも素敵に見える。

 オーロラが好んで持ち歩くステッキも、今や王都の令嬢の間で大流行だ。


 オーロラがくるくると会場を動き回ると、長い銀色の髪がキラキラと輝く。

 令嬢達はその美しさにも「ほうっ」とため息をつくのだった。


 一方、そんな令嬢達を遠巻きにするようにして、殿方達は女性の邪魔をしないように、静かな会話を楽しんでいた。


「噂には聞いていましたが、王妃様の人気は凄まじいですね」

「特に、婚活お茶会でお相手を探している令嬢達の間では、もう女神様のような扱いと聞きましたが、まさに」


 中庭には、おしゃれなブルーグレーのストライプ柄のドレスを着こなした辺境伯夫人、アデルの姿もあった。


「オーロラちゃん、ちょっとこちらへ来て、皆さんのお話を伺ってくださらない? 皆、あなたのお話を聞きたいと言っているのよ」


「はい、アデル様。ただいま」


 オーロラはそう返事をしたが、テーブルを見て思案する。


 アデルのいるテーブルはもう令嬢達でいっぱいだ。

 さらに、オーロラが来ると聞いて、令嬢達が数人、すでに移動してきている。


 その時、紳士達が率先して動いた。


「王妃殿下、あちらのテーブルと椅子を動かしましょう。そうすれば、皆さん一緒にお話ができますよ」


「まあ、ありがとう。助かりますわ。あ、でもどうぞ、殿方もご一緒なさって? 何しろ、ご令嬢達が皆さんと知り合うためのお茶会ですから」


「ありがとうございます。ではご一緒させていただきます」


 今やオルリオン王国で流行の枠を超えた定番となりつつある、『婚活お茶会』は、地方から始まり、ついに王都でも定期的に開催されるようになってきた。


 どのお茶会でも積極的に手伝いをしてきたオーロラだったが、今度の会は特別である。


 何しろ、オーロラ自身が主催者となり、王宮の中庭で開催する、初めての婚活お茶会だったからだ。


 若く美しい、国民から愛されるオーロラ王妃自らが開催する、婚活お茶会。


 全国から参加希望者が殺到し、すでに定期的に開催する方向で検討が始まっていた。


 オーロラがアスラン王太子の婚約者だった一年間で、王太子妃教育を担当したアデルは、オーロラが結婚後も、しばしば王都にやって来ては、オーロラを助けてさまざまな行事を手伝ってくれていた。


 そしてシリュー侯爵家令嬢のセイディも。

 セイディはオーロラ王妃の若く有能な女官として、王妃が手がけるさまざまな事業に、すでに欠かせない存在となっている。


「どうぞ、王妃様が今度開催される、『令嬢セミナー』のご案内書です。あ、『婚活セミナー』のご案内はこちらですわ。理不尽な政略結婚の犠牲とならないように、令嬢自身も実践的な知識を得ることを、王妃様は奨励されていますわ。ぜひどうぞ」


 セイディはパンフレットを片手に、各テーブルを回っていた。


 お茶会のテーブルには、王妃の好きなひまわりのお花が飾られていて、とても華やかだった。

 どのテーブルでも、楽しそうなおしゃべりが始まっている。


 セイディの後ろで一生懸命、パンフレットを抱えてついて回っている少女は、アリアナ。


 ヘルメス男爵令息ノーランの義妹である。

 オーロラに略奪婚を試みたノーランは、今は平民として働くために、地方で会計の勉強をしていた。


 男爵位はすでに返上されており、当時十二歳だったアリアナは孤児院に行くところだったのを、オーロラが侍女として引き取ったのだった。


「セイディ様、そういえば、お兄様はその……まだお相手は」


 王宮騎士団長を務めるシリュー侯爵の令息で、自らも騎士団の騎士。

 セイディの兄である、整った容姿のダントンは令嬢人気も高い。


 しかも現在は、国民にも大人気の若き国王夫妻の護衛騎士を務めるとあれば、令嬢達が殺到するのも無理はない。


 セイディがお茶会に顔を出せば、こうして兄のことを尋ねられるのも、見慣れた光景になった。


 セイディは微笑みながらうなづく。


「ええ。兄はまだ『真実の愛』を探しているところですの。でもあいにく、本日は勤務中のためにお茶会は不参加ですわ。でもほら、国王陛下、王妃殿下の護衛騎士ですから、本日もあそこで———」


 セイディが入り口近くを指すと、令嬢達は「きゃーっ!」と叫んだ。

「ダントン様よ」「勤務中のお姿も素敵」と大騒ぎだ。


(……このぶんだと、お兄様にお相手ができるのも、時間の問題かもしれないわ)


 セイディはくすりと笑った。


 今日のお茶会には、スミス商会のセレーナ嬢も参加していた。

 理知的な雰囲気のセレーナ嬢には男性ファンも多いが、まだ特定の男性とデートしたという話は聞かない。


(セレーナ嬢は意外と奥ゆかしいのよね。一度、我が家でのお茶会にお招きしようかしら———)


 優しいセイディが、忙しい兄のためにそんなことを考えていた時だった。


「セイディ様、セイディ様」


 可愛らしい声で、アリアナがセイディの背中をつんつんと突いた。


「アリアナ? どうしたの?」


 セイディが不思議そうに振り向いた時だった。


 小柄なセイディが思いっきり見上げないといけないくらい背が高い、一人の男性が目の前に立っていた。


 目にもあざやかな、ロイヤルブルーの騎士服姿。

 金髪碧眼の、華やかな容姿をした男である。


「セイディ嬢」


 男は深々と騎士の礼をした。


「……お初にお目にかかります。辺境騎士団の騎士で、レオナルドと申します。あの、アデル様が、セイディ様も少しは座ってお茶を飲んではとおっしゃっていますので」


「え?」


「このパンフレットは、私がアリアナ嬢と一緒に配っておきましょう。さ、セイディ嬢はこちらに」


「!?」


 セイディは戸惑っている間に、レオナルドによって速やかにオーロラとアデルのテーブルへと誘導されてしまった。


 レオナルドがアリアナと一緒に別のテーブルに向かうと、イケメン騎士の登場に、令嬢達はどっと盛り上がった。


「まあ、セイディ様! 見ましたわよ? レオナルド様と親しげにお話をされて……うらやましいですわ」


「ええ。辺境騎士団のレオナルド様は、ダントン様に負けないほどの見目麗しさ。実力もピカイチと聞きますもの」


「セイディ様も武家のお家ですもの。悔しいですけれど、とてもお似合いでしてよ」


「!??」


 セイディが顔を赤くして戸惑う様子を、オーロラとアデルはにっこりと微笑んで見守っていた———。


 そして、婚活お茶会もたけなわ。

 そんな場で王妃であるオーロラに向けられる質問といえば———。


「王妃様、『真実の愛』と出会う方法はあるんでしょうか?」

「王妃様、どうしたら『真実の愛』と確信できるのでしょう?」


 何しろ、オーロラはアレックス王子との婚約、そして婚約破棄されるという困難に見舞われるも、辺境伯領でひそかに保護されていたアスラン王子と運命の出会いを果たし、オルリオン王国王妃となった女性。


 令嬢達の間では、オーロラは『真実の愛』と出会い、結婚した稀なる女性、という認識だ。


 皆、目を輝かせて、オーロラの答えを待っていた。


「わたくし、『真実の愛』は育むもの、だと思っておりますの」


 オーロラは令嬢一人ひとりに優しい視線を向けながら言った。


「出会いはさまざまですわ。そこで『真実の愛』だとわかればいいですけれど。むしろ、出会ってから二人で築き上げる時間の中で、見えてくるものではないかと思いますの。わたくしが初めて陛下と出会った時も、陛下を見て『真実の愛』だわ、なんて思ったりはいたしませんでしたわ」


 そう言って、オーロラはいたずらっぽい笑顔を見せた。


「でも、陛下はいつも誠実で。いつもわたくしが困った時には、そばにいてくださったのです。そしてわたくし、思ったのですわ。この方が、わたくしの『真実の愛』だったらいいのに———って。それが、答えとなりましたの」


 令嬢達は再び、「きゃーっ!!」と叫んだ。


「ですから、皆様。どうぞ遠慮なさらずに、積極的に殿方に話しかけてみてくださいませ? お話してみなければ、その方が『真実の愛』かどうかなんて、わかりませんわ。だって、わたくし、婚活お茶会で思ったのです。完璧な人なんていないんだわ、って。いろいろな方がいらっしゃいますのよ? お話ししないなんて、もったいないですわ」


 女性達はオーロラの言葉に「同感ですわ!」と盛り上がる。

 うん、うん、とうなづく。女性達。共感の嵐だ。

 率直な人柄のオーロラ王妃は、女性の絶大な支持を得ている。


 そして。


「ローリー」


 お茶会会場の入り口から、背の高い黒髪の男性が遠慮がちに声をかけた。

 騎士らしくしっかりと鍛えた体、あざやかな青の瞳と黒い髪が印象的なこの男性は、もちろん、アスラン国王だ。


 国王の登場に、会場はまた「きゃー!!」と盛り上がる。


「陛下はいつもオーロラ様をお迎えにいらっしゃいますよね!?」

「リアル『真実の愛』……」

「わ、わたくしも頑張りますわ!」


 一人の令嬢がうっとりとして言った。


「陛下、王妃殿下を『ローリー』ってお呼びになるんですよね……」

「素敵ですわね、いったい、どんな由来があるのかしら」


 アスランはそっとオーロラに近寄ると、彼女の手を取って、キスをした。


 アデルが明るい声で声をかける。


「さあさあ、王妃様にはプライベートなお時間を差し上げましょう。皆様、これからのお時間では、気になる殿方に話しかけてみてはいかが?」


 そう言われて、令嬢達は顔を赤くしながら、行儀よく女性達の話が終わるのを待っていた男性達の元へと散らばっていく。


 令嬢達の表情は明るい。

 なぜなら、彼女達は『真実の愛』を信じているから。


 オーロラ王妃の白金の髪が、銀色に変わった謎。

 その時、二人はお互いの愛を確信したとされている。

 髪色が変わった謎こそが、『真実の愛』の証明だと、信じられていた。


「アスラン国王陛下」


 オーロラが銀の髪を揺らして、アスランのもとにやって来た。

 にっこりと微笑んで言う。


「陛下、たまには令嬢達とご一緒に、お茶を召し上がりませんか?」


 オーロラの視線の先に、可愛らしいひまわりのお花を飾ったテーブルがある。

 オーロラのお気に入りの花だ。

 ひまわりのお花は、辺境で過ごした二人の大切な日々を象徴するもの。


 アスランも微笑んだ。


「ローリー。あなたが望むなら」


 若き国王夫妻は、手を取り合って、お茶会のテーブルに戻ってくる。

 令嬢達の「きゃー!!」という歓声が、ふたたび響いた。



 王妃の愛称はローリー。

 国王だけが呼ぶ、特別な愛称だ。

 いつのまにか有名になってしまった話だが、その名前の由来は誰も知らない。


 その名前には王と妃、二人だけのラブストーリーが秘められている———。




***おまけ***



「ローリー、お茶会の後には健康診断があるのを、忘れないで? もうお医者様が待機しているからね」


 オーロラが参加者達を見送って、手を振っていると、隣に立つアスランがそっとささやいた。


「ノールの伯父上も、念のために健康診断を欠かさないように、とおっしゃっていたでしょう?」


 オーロラ王妃の伯父に当たる、ノール王国のジグムンド国王は、姪っ子夫婦への連絡を欠かさない。


 妹アストリッドの急死を今も悔やむジグムンドは、アストリッドの娘であるオーロラの健康を何よりも大事に考えていた。


 オーロラが健康診断を伸ばし伸ばしにでもしようものなら、ノール王国から医師団を派遣しかねない勢いなのだ。


「大丈夫ですわ、アスラン様。ちゃんと覚えておりますもの」


 王宮での婚活お茶会の後、きちんと健康診断に臨んだオーロラは、アスランを狂喜乱舞させる知らせをもたらす事になるのだった———。


☆☆☆完結です☆☆☆


長い物語ですが、最後までお読みいただき、ありがとうございました!

心から感謝です♡

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