第65話 王太子の誕生(2)
「オーロラちゃん、お話をしましょう」
アスランが王都へ出発したその日。
三人だけの早めの夕食を終えると、アデルがオーロラをサロンに誘った。
食事時には、ついローリーの従者役を務めてくれていたアスランを思い出してしまう。
従者のラン君として、アスランは食事の際もオーロラにつききりでいてくれた。
取ってくれるお肉が大きいだの、枚数が多いだの。
野菜もちゃんと付け合わせて、とお願いしたり。
そんなやりとりさえ、なんて楽しかったことだろう。
アスランを思い出して、オーロラはさびしさを噛みしめる。
アスランはあれこれ自然に心を配り、オーロラを助けてくれていた。
(アスラン様のいないロシュグリー城は、なんだかがらんとしてしまって。からっぽになったみたいだわ———)
しゅんとした様子のオーロラが気になるのだろう、アデルはオーロラの手をとんとんと叩いて、元気づけようとした。
「オーロラちゃん、質問がいっぱいあるのでしょう? 二人だけで話したら、気分も楽になるわよ。 一緒にサロンでお茶をいただきませんこと?」
「はい、アデル様」
「ダーリン! そんなわけで、オーロラちゃんとお話しするから、ワトソンにお茶を持ってきてくれるように言ってくださらない?」
「おう」
ルドルフの返事は短かったが、動きは速かった。
「ワトソン! アデルのサロンに茶を持って行ってくれ! オーロラ嬢も一緒だ。うまい菓子をたくさん付けてやってくれ!」
「はい!! ルドルフ様! かしこまりました!!」
ルドルフの指令にワトソンがきりきりしながらキッチンへ向かうと、モリソン夫人がエマを手招きした。
「わたし達は奥様とお嬢様の寝室を整えましょう。きっと色々あってお疲れですから、いつも以上にお部屋を心地よくしないとね?」
「はい!」
「モリソン夫人! アデルは夫婦の寝室で寝るぞ。毎晩だぞ?」
「はい、かしこまりました」
耳ざとく付け加えるルドルフに苦笑しながら、モリソン夫人はエマを従え、最上階へと向かったのだった。
***
「どれから話せばいいのか」
頬に手を当て、ほおっと息を吐くアデルに、オーロラは意を決して言った。
「あの……もし、差し支えなければ、アスラン様……殿下のことから———」
「そうね。そうすると、まずわたくしのことから話さないとなのよ。実はわたくし、ヘンリーの姉なんです」
「はい!?」
ヘンリー国王陛下の姉……?
つまり、アデル様は、アデル王女殿下!?
オーロラは愕然とした。
「なぜ、わたくし、知らなかったのかしら。ありえないわ」
衝撃のままつぶやくオーロラに、アデルはうなづいた。
「いいえ。知らなくて当然なんですよ、オーロラちゃん」
アデルはオーロラの手を取り、ぽんぽんと元気づけるように撫でた。
「わたくし達姉弟は、少々複雑な状況にあってね。わたくしが長女で第一子、次に第一王子のルイベルト、そして第二王子がヘンリー。ところが、ルイベルトは護衛騎士を務めていた、女騎士のフランチェスカと恋仲になり、父王に叱られて出奔してしまったの。もう二十年以上も前のことよ」
「あ……じゃあ、そのお二人が」
アデルはオーロラにうなづいてみせた。
「そう、ルイベルトとフランチェスカがアスランの両親よ。第一王子の出奔でヘンリーは王太子になり、ミレイユと結婚したのだけれど、ミレイユはわたくしの存在を嫌っていてね、結婚早々に、わたくしを辺境へ送ってしまおうと考えたの」
これもオーロラが生まれる前の話だ。
若かった頃のミレイユ王妃がすでにそんなことを考えていたとは。
オーロラは驚いて目を見開いた。
「ミレイユが父王を言いくるめて、わたくしと辺境伯の婚姻を取りまとめ、わたくしはこのロシュグリー城へ早々に追いやられたわ。わたくしは二度と王都へ来るなと言われたものよ。まあ、時々、こっそりと王都には行きましたけどね? ともあれ、わたくしは『消えた王女』になったの。あなた、王子妃教育を受けても、辺境伯夫人が王女だったなんて、聞いていないでしょう?」
「は……い」
「ミレイユはそうやって、わたくしの存在を消したつもりだった。でも、人生は不思議ね。そうして決められた結婚が、こんなに素晴らしい幸せを運んできてくれるだなんて」
ルドルフのことを話す時、アデルの表情が柔らかくなるのに、オーロラは気がついた。
しっかり者のアデル。
そんなアデルが夫をダーリン呼びするのは、最初こそ驚いたものの、アデルの人柄を知れば、そんな可愛い面があるのも当然だと思われる。
オーロラはアスランのことを想って、痛んでいた心が、少しほぐれたのを感じた。
「ルドルフに出会えたのは、わたくしの人生で最大の幸運だったと思っているのよ。『辺境の魔獣』なんて言われているけれど、わたくしのことを本当に大切にしてくれる、わたくしのことだけを愛してくれる、最高の夫よ。だからわたくし……辺境に追放されたふりして、この地から、王都の様子をずっと見守っていたというわけ」
過去を思い出すアデルの目は、まるで遠くを見つめているかのようで。
アデルはとてもはかなげに見えた。
これは、長い時をかけた物語だ。
オーロラが生まれる前から、始まっていた。
きっと、オーロラの母が生きていたら、オーロラに話してくれたに違いない、物語。
今、アデルはアストリッドの代わりに、オーロラに話をしてくれている。
「だからね、ルイベルトの死に際に、二人の間に子どもが生まれていたことを知った時、ともかく辺境で匿おうと思ったわ。ミレイユの望みはわかっていたの。ヘンリーを国王に。そして息子のアレックスを王太子に。ルイベルトの子どもは、将来、邪魔者になる。だからミレイユが何かする前に、わたくし達はアスランを秘密裏に引き取ったのよ」
アデルは次にオーロラが生まれた頃のことを話してくれた。
アスランを引き取って間もない頃、人を介して、アストリッドに女の子が生まれたことを知ったこと。
ルドルフがこっそりとアデルをフォレスティ伯爵邸に連れて行ってくれたこと。
アデルが赤ちゃんの誕生を記念して、自分とお揃いの銀のブレスレットをアストリッドに贈ったこと———。
アデルは優しい手つきで、オーロラが左手に着けている銀のブレスレットに触れた。
オーロラが母から譲られたブレスレットが、その時のブレスレットなのだ。
「アストリッドとわたくしは、一番の親友同士だったの。アストリッドの娘は、わたくしの娘も同じよ。これからは、お父様だけではなく、助けが必要な時には、いつでもわたくしとルドルフを頼りなさい。わたくし、アストリッドの代わりを喜んで務める」
「アデル様———」
オーロラは「ありがとうございます」と言いたかった。
しかし、胸がいっぱいになって、言葉にならない。
アデルはそんなオーロラをそっと抱きしめてくれた。
この優しい時間を、壊したくない。
オーロラはそう思った。
しかし、このことは、聞かなければならない。
オーロラは心を決めて、アデルに話しかけた。
「アデル様……でも、その、わたくしにかけられている呪いについては———」
オーロラがそう言うと、アデルは辛そうな表情になった。
「……ヘンリーがすでにミレイユを尋問して、呪いのことについても情報を得ています。それによると、ミレイユは、ドゥセテラの貴族の末裔だった祖母から、呪いについて書いた日記帳を受け継いだそうなの。それを見て、呪いをかけたと。なので、ミレイユにはそれ以上のことはできないのよ。呪いを解くことはできない。ミレイユはそう答え、実際に、そのとおりらしいわ」
———呪いは、解けない。
オーロラは言葉を失った。
同時に、オーロラには、腑に落ちるものがあった。
「『真実の愛』の呪い。ミレイユ様は、『真実の愛』なんて信じていなかったんですね? だから……呪いをかけた」
ミレイユには確信があったのだ。
この呪いは解けない、と。
アストリッドの娘を、一生苦しめることができる、と。
オーロラは、一生、『真実の愛』の呪いと共に、生きていかなければならない。
オーロラはどんな顔をすればいいのか、わからなかった。
アスラン。
彼がオーロラの『真実の愛』だったらいいな、と思った。
しかしアスランがオルリオン王家の最後の希望、未来の王太子、つまりいずれは国王として立つ存在であることを思えば、オーロラの答えはひとつ。
アスランの身を危険にすることは、できない。
アスランと結婚する未来はないだろう。
アスランは彼にふさわしい女性を選ぶだろう。
ならば、誰も傷つけることのないように。
「……わたくし、一生、結婚はいたしませんわ」
オーロラはふわりと笑った。
「何か、わたくしにできることを、探します。たとえば……」
オーロラは言った。
「あの婚活お茶会のように。お相手を探している令嬢達のために働くのも、いいかもしれません。ひとりでも多くの女性達に、出会いのチャンスがあれば、家のために泣く女性が減るかもしれませんから」
「オーロラちゃん!!」
アデルはオーロラを抱きしめた。
「あなたが言いたいことは、よくわかる。あなたがしたいことは、わたくしも応援するわ。でもね、いいこと? まだ希望を捨てては、いけないわ」
アデルは、泣いていた。
自分のために、泣いてくれる人がいる。
オーロラは呪いを解くすべがない、という絶望の中、それでも、少しでも、自分を癒してくれる存在を感じ取っていた。
「アデル様、ありがとうございます」
オーロラはようやく、アデルにお礼の言葉を言うことができた。
オーロラは心を込めて、もう一度言った。
「ありがとうございます」




