第64話 王太子の誕生(1)
「オーロラ嬢、取調べの結果が出た。俺達の帰城まで待たせて済まなかったな。しかし、手紙ではなく、直接あなたに伝えたかったのだ」
デルマス辺境伯領、ロシュグリー城に当主ルドルフと夫人であるアデルが帰還したのは、王都で二人と別れてから、三週間ほど経った頃だった。
旅の時間を差し引けば、すべてを明らかにするには、けして長すぎる時間ではなかったはずだ。
迅速に取り調べを行い、その結果を持ってきてくれたルドルフとアデルに、オーロラは心からの感謝を伝えた。
「あなたのお父様である、フォレスティ伯爵は最後まであなたを迎えに来ると言っていたわ。でも……王都でも伯爵の助けが必要な状況なの。ごめんなさいね。でも、伯爵からあなたへのお手紙を預かってきましたよ」
久しぶりに全員でアデルの書斎に集まっていた。
執事のスチュワートが「よく無事にお帰りに」と感激のあまりハンカチで目もとをぬぐう中、アデルは厚い封筒をオーロラに渡した。
オーロラは封を切り、父の長い手紙をゆっくりと読み始めた。
その手紙は、オーロラへの心からの謝罪で始まっていた。
読み続けるうちに、オーロラの目から涙があふれてくる。
モリソン夫人がエマとスチュワート、ワトソン兄弟に目配せして、部屋を出た。
書斎に残ったのは、ルドルフとアデル、そしてオーロラとアスランの四人だけだった。
「これまで苦労をかけた、とわたくしをねぎらってくださいました」
手紙を読み終えると、オーロラが言った。
「そしてここまでよくやったと。誇りに思うと書いてくださいました。堂々と、オーロラ・フォレスティとして王都に帰るようにと。そして、お父様は辺境に来れないので、代わりに王宮騎士団から数名、わたくしを迎えに来てくださるそうです。あ、それから……最後に、王都に戻ったら、国王陛下がわたくしに会いたいと言ってくださっているそうです」
オーロラがハンカチで涙を拭き、手紙をそっと封筒に戻した。
「ルドルフ様、アデル様、アスラン様」
オーロラは深々と頭を下げた。
「わたくしをかくまってくださって、本当にありがとうございました。また、この度の事件に際しては、皆様のお力があってのこと。おかげさまで、無事に王都へ戻れることが決まりました。皆様のご恩は、一生忘れません」
そう言って、オーロラはまた頭を下げたのだった。
その時だった。
急に城の内外が騒がしくなった。
不思議に思ってオーロラとアスランが顔を上げると、珍しく慌てた顔をした家令のワトソンが再び書斎にやって来た。
「ルドルフ様! アデル様! アスラン様! 大変でございます。王都から王宮騎士団の方々がお迎えに来られました」
「お迎え?」
アスランが不思議そうにオーロラを見る。
「オーロラ嬢のお迎えか? もう?」
続いて、きびきびとした足音が響き、礼儀正しいノックの音とともに、ドアが開いた。
オーロラは思わず声を上げそうになる。
そこに立っていたのは、王宮騎士団長のシリュー侯爵と、オーロラの父、フォレスティ伯爵だった。
父は迎えに来れないと言っていたのに……?
オーロラは頭をかしげた。
しかし、入室するなり二人は最敬礼をすると、なぜかアスランの前に向き直った。
「アスラン王子殿下。ヘンリー国王陛下からお迎えの命を受け、参上いたしました。喜ばしくも、立太子の礼の準備が進んでおります。王都へお帰りくださいますよう、お願いいたします」
***
アスラン王子殿下———?
アスランが、王子。
そして、立太子の礼、ということは、まもなく正式に王太子となる。
オーロラはあまりにも衝撃を受けたので、その後のことは、あまりよく覚えていない。
アデルがオーロラを心配して、ずっと付き添ってくれていたこととか、ルドルフが「なんだ、迎えが早すぎるぞ!」とぼやいていたこととか。
アスランとの別れの挨拶も、礼儀にかなった、ごく差し障りのないもので。
オーロラはきちんと礼儀正しく挨拶できたことには自信がある。
ただ、アスランは終始、物言いたげな様子で———。
しかし、シリュー侯爵とフォレスティ伯爵は、その日のうちに、アスランを伴って王都へと戻ってしまったのだった。
せめて、一泊はして体を休めてはどうか、というルドルフに、シリュー侯爵は固辞した。
「辺境伯閣下、なにせ、国王陛下が一日も早く……との仰せで。アスラン王子殿下のお帰りをまだかまだかとお待ちなのでございます。どうぞ陛下のご心中をお察しください」
そこまで言われては仕方ない。
王家は万が一の時のために、辺境伯領に替え用の馬を預けている。
一行が食事を供されている間に、速やかに馬の交換が行われ、出立の用意は整った。
去り際に、アデルと並んで見送りに立つオーロラに、シリュー侯爵が眉を下げて言った。
「すまなかったね、オーロラ嬢。フォレスティはあなたの迎えに来たがっていたのだが、王命とあれば仕方がない。あなたの迎えには、ダントンを寄越す予定だ。あなたと面識があるからね。道中、気を遣わないですむだろう。王都では、セイディも今か今かとあなたの帰還を待ちかねている。気をつけて王都まで戻っておいで」
「はい、閣下。お心遣いいただきまして、本当にありがとうございます。お父様、お顔を見れて、本当に嬉しかったですわ。それにお手紙もありがとうございました」
オーロラはさらさらと自然に、この場にふさわしい言葉が出てくる自分に、内心驚いた。
心の中では、「どうして!?」「何があったの!?」とオーロラの気持ちは嵐のように揺れているというのに。
「オーロラ……本当にすまない。王都で、ゆっくりと話そう。いいね?」
「はい。お父様」
オーロラはにこにこと嬉しそうな笑顔でうなづいた。
「…………オーロラ……!」
そこで、フォレスティ伯爵はようやく、ぎゅっと愛娘を抱きしめた。
***
アスランは、辺境騎士団のロイヤルブルーの騎士服を着て現れた。
普段のように馬に乗ろうとして、「殿下、いけません」とシリュー侯爵にあっさりと却下され、豪華な馬車に押し込まれてしまった。
「オーロラ!」
馬車の窓が大きく開いた。
窓から叫ぶアスランに、オーロラはつい淑女らしさを忘れて、駆け寄った。
その足の速さに、騎士達がおお! とどよめく。
それくらい速かった。
アスランが窓から両手を出し、オーロラも両手を差し出す。
つかの間、二人はしっかりと手を握り合った。
「オーロラ。王都で話そう。いいね、忘れないで。あなたの護衛騎士は、俺一人しかいないってこと。俺は何があっても、辺境の騎士だ。辺境の騎士は、約束をけしてたがえない」
オーロラはうなづいた。
「はい、アスラン殿下」
「……アスラン」
アスランが眉をしかめていた。
「俺は、いつでも、オーロラ嬢にとってはただの『アスラン』だから」
アスランがそう言った時に、そっとオーロラの体が持ち上げられた。
ルドルフがオーロラを抱き上げたのだ。
「オーロラ嬢。残念だが、出発の時間だ。アスラン。王都で会おう。オーロラ嬢のことは心配するな。アデルがあれやこれやともう気を回しているからな」
アスランは笑った。
アスランとオーロラの目の高さが同じだ。
ルドルフの腕の中で、オーロラも笑った。
ルドルフに抱き上げられたおかげで、アスランの顔もよく見える。
ルドルフはオーロラを抱いたままで安全な距離まで後退した。
「出発!」
シリュー侯爵の声が響き、一行は王都に向かって出発した。
フォレスティ伯爵は馬上から何度も何度も振り返って、ぶんぶんと凄まじい勢いでオーロラに手を振り続けていた。
そんな姿も見えなくなって。
オーロラは王都の方角に向かって祈った。
道中無事でありますように、と———。




