第61話 露見/真実(2)
「ミレイユ。オーロラ嬢に呪いをかけたのは、なぜなんだ?」
沈黙が訪れた。
豪奢に飾られた謁見の間。
きらびやかな室内に負けないほど、美しく装った、この国の王妃の姿。
「『真実の愛』の呪い。どうしてあなたにそんなことが、できたんだ?」
恐ろしいほどの沈黙の中、ヘンリーはミレイユと見つめ合った。
「オーロラ嬢に『真実の愛』の呪いをかけられていることを、フォレスティ伯爵が教えてくれた。十八年前にその呪いをかけたのはあなただ。そして、アレックスも、コレットも、おのれの欲のために危険にさらしたことを、私は許せない」
ミレイユが顔を上げた。
「あなたに何がわかるのですか!!」
ミレイユが叫んだ。
「あなたは、いつでもあの女を愛していた。あの女がフォレスティ伯爵と結婚して、子どもをもうけてもなお、あの女のことを忘れなかったのだわ! あなたの心を奪ったあの女を、憎まずにいられるでしょうか!?」
「ミレイユ。では、オーロラには、どんな罪があったのというのか? 呪いをかけられるのが当然だったと、あなたは言うのか? オーロラはまだ赤ん坊だったというではないか。それにアレックスと婚約させた後も、あなたは王子妃教育と称して、オーロラにひどく辛く当たっていたように見えたが?」
「あなたが!」
ミレイユの顔には、涙が伝っていた。
もはや、王妃の威厳も何もなく、ミレイユは叫ぶ。
「ヘンリー様!! あなたが————わたくしを愛してくださらなかったから……」
「それは言い訳に過ぎぬ。そなたこそ、私のことを、愛したことがあるのか? 少なくとも————アストリッドは、夫と子を愛していたぞ。心からな。あなたも、アレックスも、コレットも、許されないことをした。このままで済むと思うな」
ミレイユは真っ赤になって何事かを叫ぶと、王座へと駆け上がろうとした。
すぐさま、謁見室に立っていた騎士達がミレイユを取り押さえる。
「たしかに、私はあなたを心から愛していたわけではないかもしれぬ。しかし、私はあなたを正妃として選んだ。あなたを正妃として遇した。あなたも、そもそもの始まりは私が王となる男であるから愛したのであろう。お互いに、王と王妃として共に立つことができると考えたのだが、甘かったようだ」
ヘンリーの声は深く沈んでいた。
「ミレイユ、もはやあなたはオルリオン王国王妃として立つにはふさわしくない。アレックスも廃嫡するしかなかろう。コレットは、知らなかったとはいえ、国民を、臣下を守る立場の者が、このような悪辣な計画の片棒を担いだことは許されない。修道院に送り、奉仕とは何かを学ばせるしかないかもしれない。私こそすべてを失ってしまったわけだ」
「あなたにそんなことはできません!! 後継はどうするの!? アレックスを廃嫡にしたら、誰が王太子になると言うのです!」
「あなたの言うとおりだ。ミレイユ。私は間違ったことをした。そして、間違った選択を繰り返してしまった。でもそれは、二十年以上も前から始まっていたのだ。あの時、私は兄上の追放を父上に進言するのではなかった」
ヘンリーは深々と王座に沈んだ。
(そもそも私が国王として即位したのが間違いだったのかもしれない)
隣の王妃の座は、空席。
これから埋まることもないだろう。
妻を失い、息子を失い、娘を失い。
世継ぎもまた、失ったのだ。
「この国はどうなる?」
その時だった。
ヘンリーの絶望的な問いに、鈴を鳴らすような声で答えた人物がいた。
「それはあなた次第よ」
***
鍛えられた筋肉が、服の上からでもわかる、魔獣のような大男にエスコートされて、優雅に謁見の間に入ってきた貴婦人。
柔らかな金髪を結い上げ、優しげな顔だちをしている。
丸みを帯びた、大きな青い瞳。
ふっくらとしたくちびるはまるで少女のようだった。
「まさか……」
ヘンリーは目を見開いた。
深い青に、上品なグレーのレースで縁取られた上品なドレスをまとった貴婦人が、しかし容赦もなく言い放つ。
「久しぶりね、ヘンリー。元気でいるといいと思っていたけれど、なかなか大変なことになっているじゃないの?」
貴婦人はくるりと振り返って、騎士に拘束されて、床の上に膝をついているミレイユを見た。
「ミレイユ。あなたも、久しぶりね? わたくしのこと、まだ覚えているかしら?」
ミレイユもまた、さらなる衝撃で声も出ないほど。
全身がわなわなと震えている。
「アデル……」
ヘンリーがあえぎながら言った。
「アデル姉上、ルドルフ義兄上」
ヘンリーは深く頭を垂れた。
まるで体から絞り出すようにして、言葉をつむぐ。
「……お久しぶりでございます」
***
「わたくしのこと、覚えている? ミレイユ?」
そう問われて、ミレイユは答えざるを得なかった。
「もちろんでございます……オルリオン王国王女殿下にして、我が夫、ヘンリー国王の王姉殿下。そして辺境伯閣下に嫁ぎ、辺境伯夫人となられた、アデル様でございます」
ミレイユは頭を下げた。
「覚えていていただいて、光栄だわ、王妃殿下。わたくし、あなたのおかげで辺境に嫁ぎ、最愛の夫を得ましたの。もっとも、わたくしを辺境に送ったのが、あなたのご好意だったとは思いませんけれど。まあ、物事はどう転ぶか、本当にわからないものですわね? 何せ『辺境の魔獣』ですのよ? それはそれは恐ろしい男なのは事実ですわ。あなたがもしわたくしに指一本でも出したら、わたくし、あなたの命の保証はいたしませんことよ?」
アデルはころころと笑った。
「『辺境の魔獣』の元に追いやれば、邪魔者が消えると思ったんでしょうけど、あいにくでしたわね。ルドルフ様はこう見えて大変な紳士ですの。わたくし、これ以上ないというほど、愛されておりますのよ? そしてわたくしも全身全霊で愛を捧げておりますの。ルドルフ様は、わたくしの『真実の愛』なのです。辺境では皆が知っておりますわ」
アデルが言うと、ルドルフは顔を赤くして、「おい、照れるじゃないか」とボソリとつぶやいた。
「わたくしが追放されたふりをして、辺境で大人しくしていたのは、辺境から王都の様子を高みの見物をしていたからよ。おかげで、色々なものを見させていただきました」
アデルはばちんと音を立てて、扇をたたんだ。
一転して、優しい笑みは消え、その声はまるで氷のように冷たかった。
「ヘンリー。あなたは過ちを犯した。でも、まだ遅くはない。正しいことをなさい」
ヘンリーは絶望的な表情をして、アデルを見た。
そして妻であるミレイユを。
深呼吸をして覚悟を決めると、ヘンリーはミレイユを問いただした。
「呪いは、本当にあったのか?」
「…………」
「本当のことを言うのだ。あなたには現代でも魔法が存在するドゥセテラ王国の貴族の血が入っていると聞いた。呪いが使えても、おかしくないが……」
ミレイユは無言で、謁見の間の床に視線を落としたままだ
「それでは、オーロラ嬢の呪いを解くまで、あるいは本当のことを言うまで、あなたは王宮の地下に収牢する」
「へ、陛下……!!」
ミレイユの悲鳴が上がった。
すでに騎士によって拘束されているミレイユは、簡単に謁見の間から連れて行かれた。
ミレイユの声が、次第に小さくなり、やがて消えた。
ヘンリーは妻の声に耳を傾けていたが、声が途絶えると、ゆっくりと王座を降りた。
「姉上、私にはもはや妻も後継となる子どももいない。オルリオン王国の今後をどうすれば良いのか。私には、あなたに託する以外に思いつかない。王位を継いではくれまいか」
ヘンリーがそう言ってアデルに頭を下げると、アデルはそっと頭を振った。
「いいえ、ヘンリー。わたくし達には、まだ、未来があるのよ」
アデルは微笑んだ。
「わたくしの弟、あなたの兄。廃嫡されて追放されたルイベルト王子はすでにこの世を去っていますが、ルイベルトと妻のフランチェスカには、忘れ形見がいます。あの二人はミレイユの諫言で父上に追放された後、平民として人生を終えたのよ。でも、二人には男の子が生まれたの。オルリオン王家の血を引く、次の世代の男子よ」
アデルはヘンリーの手を取った。
「まだ遅くない。やり直しましょう」




