第60話 露見/真実(1)
「大変申し訳ございませんでした。すべては私が行ったことです」
取調室の中で、痩せた金髪の男が頭を垂れた。
椅子に座り、手足を固定された姿。
熱があるのか、赤い顔をして、部屋着で寝ていたところを拘束され、王宮騎士団の本部に連れて来られた。
取調室の中には、騎士団の騎士が数人付き、男の様子をうかがっている。
「……略奪婚自体は違法ではありません。しかし私は自分の欲に溺れて、つい判断を誤ってしまいました。知らなかったこととはいえ、フォレスティ伯爵令嬢には大変な苦痛を与えてしまい、心からお詫びをするとともに、どんな処罰でも受ける覚悟でおります」
金髪の男———ノーラン・ヘルメス男爵令息はそう言って、さらに深く頭を下げた。
「オーロラ嬢に承諾いただいた後は、勝手ながら、フォレスティ伯爵閣下にも正式に結婚の申し込みをするつもりでした」
部屋に同席しているフォレスティ伯爵の表情が凍った。
その表情は『私の大事な娘に何を寝ぼけたことを』と言っているように見えた。
長年、王家の横暴を愛娘オーロラに許さざるを得なかった男である。
フォレスティ伯爵に忍耐力はもう残っていない。
ここでタガが外れるのも、時間の問題。
我慢強く温厚な男ほど、いざという時が恐ろしいのだ。
フォレスティ伯爵の隣に立っているダントンは、気の毒そうな表情でノーランを見た。
フォレスティ伯爵は穏やかな性格で、普段は物静かな男だ。
その生来の美貌もあって、お飾りの騎士だろうと思う者も少なくない。
しかし、本当にそれだけの男なら、この生え抜きばかりが集まった王宮騎士団で、騎士団長に次ぐ存在として恐れられはしない。
かつてノール王国のアストリッド王女が惚れ込んだように、スイッチの入ったフォレスティ伯爵の剣の腕は、凄まじいものがあるのだ。
それは騎士団の人間なら、誰でも知っている。
フォレスティを敵に回すな。
それは、王宮騎士団に入った者がすぐに学習すべき事柄のひとつだ。
「私がすべての罪を引き受けます。ですからどうぞ、病床の父、ヘルメス男爵と、異母妹のアリアナはどうぞ、無関係ですのでお慈悲を———」
その時、ダダン!! と凄まじい音がして、ノーランの目の前のテーブルが壁に吹っ飛んだ。
「!??」
ノーランが椅子の上で目を白黒させている。
フォレスティ伯爵が、剣をつかんで、ノーランの胸に突きつけていた。
二人の間にはテーブルがあったはずなのだが。
どうもフォレスティ伯爵は、足でテーブルを蹴り倒したらしい。
「……お言葉ですが、ご子息。屋敷の中で起こったことの全責任を取るのが当主であるヘルメス男爵の役目。異母妹のアリアナ嬢はあなたの言いつけに従って、オーロラの監禁に手を貸し、あのくっそ狭い部屋に閉じ込めるのに一役担ったのではありませんかな? 異母妹が大切であれば、そもそも未成年の少女を悪事に加担させることのないようにするのが、思慮深い兄の行為なのではありませんかね!?」
フォレスティ伯爵は剣でぐいぐいとノーランの薄い胸を押している。
不幸中の幸い、剣はまだ鞘に入ったままだ。
「フォレスティ、ちょっとそんなことをしたら、この胸の薄い男はケガをしてしまうよ」
王宮騎士団長であるシリュー侯爵が、のんびりと声をかける。
「正直、こんな男が令嬢一人誘拐できるとは思えないんだけどね? 王宮を出たオーロラ嬢の馬車には、辺境騎士団の騎士が付き添っていたんだから。辺境騎士団の実力はねえ……あはは、恐ろしいことに、王宮騎士団の騎士を上回るかもしれないんだよ? まさか君がその騎士を倒したわけじゃないんでしょう?」
「それは———」
「誰なの、君に入れ知恵をした悪い奴は」
「…………」
「オーロラ嬢は王宮を出た後に襲われた。恐ろしく手練の騎士達に。少なくとも二十人はいたと聞いている。君も王宮にいたんでしょう? そしてオーロラ嬢の馬車を追った。どうして、オーロラ嬢の馬車だとわかったの? どうして王宮にいたの?」
「…………」
「オーロラ嬢はコレット王女のお茶会に招かれていた。馬車を襲った騎士達は、ただの騎士ではない。王家の『影』だったと私は考えている」
「…………」
「答えたくないなら、答えなくてもいいよ? でも、君は自分で思っている以上に、悪いことに巻き込まれている。もし、知っている情報を白状しなかったり、虚偽の証言をしたら」
シリュー侯爵はじっとノーランを見た。
「国家反逆罪に問われる」
「な!!」
ノーランは絶句した。
しかしシリュー侯爵は顎の下で手を組み、穏やかに続けた。
「君が巻き込まれているのは、そんな事件なんだよ。ただの略奪婚ではない、ということだ」
「あ……」
ノーランの顔は、今や真っ青だった。
全身が震え、ついに耐えきれずに体を倒し、頭を抱える。
「お、恐れ多くも、ミレイユ王妃殿下です! 王妃殿下がお優しくもお声をかけてくださったのです。わ、私の『真実の愛』に力を貸してくれると———略奪婚という方法があると———そうすれば、私のような男でも、ローリー嬢を手に入れることができるかもしれないと———」
ついに号泣して顔を伏せてしまったノーランの頭上で、シリュー侯爵とフォレスティ伯爵が視線を合わせた。
そして二人の視線は、取調室の壁へと動く。
そこには小さな隠し窓が開いていて、ヘンリー国王の青い瞳が、驚愕の色を浮かべ、取調室での一部始終を目撃していたのだった。
***
それからは大変な混乱が待っていた。
ヘルメス男爵家には即座に王宮騎士団が送られ、屋敷は封鎖。
ヘルメス男爵とアリアナは謹慎となり、使用人もすべて屋敷からの出入りを禁じられた。
王宮には緘口令が敷かれた。
膨大な数の召使い、使用人達は勤務を中止し、宿舎での待機に。
すべての行事、社交的な催しは中止。
王宮を訪れていた貴族は帰宅を命じられた。
事件に関わったアレックス王子、コレット王女は即座に謹慎処分。
自室に閉じ込められ、部屋の前には騎士が見張りに立った。
カリフ侯爵令嬢イベットには召喚状が送られ、数時間後には父であるカリフ侯爵に付き添われて出頭した。
そして、ミレイユ王妃は———。
まるで外国からの客人ででもあるかのように、オルリオン王国王宮、国王謁見の間に呼び出されていた。
一段高くなった王座には、オルリオン王国国王、ヘンリーが座っている。
まるで孔雀のようなエメラルドグリーンの華やかなドレスを身につけ、ミレイユは優雅にカーテシーをした。
「お呼びでございますか、陛下?」
赤っぽいブロンドの髪を優雅に結い上げ、茶色の瞳は恐れることもなく、まっすぐに夫である国王を見つめている。
「ミレイユ。率直に言おう。あなたには国を揺るがす、重大な嫌疑がかかっている」
ミレイユは扇をぽん、とはたき、目を瞬かせた。
「わたくしに、でございますか?」
「最初に言っておくが、下手に繕わず、正直に話すことがあなたのためであるし、時間の無駄にもならないだろう」
「わたくしはいつも、陛下の最善となるように努力しておりますわ。もちろん、どんな質問にも答える所存でございます」
ヘンリーはうなづいた。
「では尋ねる。ヘルメス男爵令息ノーランに略奪婚をそそのかしたのは、なぜだ?」
ああ、とミレイユはうなづき、話し始めた。
「……最近流行りの、婚活お茶会というものの話を聞いたのですわ。身分の差を超えた出会いがあるのだとか。まあ面白いと思っている時に、ノーラン殿が王都新聞にも載った、噂のローリー嬢を真剣に愛していると聞いたのですわ。それで助けて差し上げたいと思いましたの」
ミレイユは微笑んだ。
「わたくし、恋に悩む若い人達の味方ですのよ? ご自分の身分を気にしていたノーラン殿に略奪婚を教えたのですわ。略奪婚は、違法ではありません。それに、受け入れるも、受け入れないも、令嬢次第。最悪、嫌ならローリー嬢も拒否されるだろうと思い、おすすめしたのですわ。でも、それが問題であったなら———」
ミレイユは眉を下げた。
「わたくし、軽率でしたわ。申し訳ございませんでした」
ヘンリーはじっと、悪気のない表情をしている妻を見つめた。
「そのローリー嬢が、オーロラ嬢だとは、知っていたのか?」
すると、ミレイユは大きく目を見開いた。
「オーロラ? え、まさか。オーロラ・フォレスティ伯爵令嬢だったのですか? もちろん、存じませんでしたわ。とても驚きました。あの夜会から、行方不明でしたもの———でも、その。もしそれが本当だとしたら、もう婚活ができるくらい、元気になられてよかったですわ。何せ、一度はアレックスの婚約者でしたものね。わたくしも、オーロラの無事を祈っていたのです。わたくしはオーロラのことをまるで本当の娘のように———」
「ミレイユ」
ヘンリーはミレイユの言葉をさえぎった。
「略奪婚は、違法ではないと言ったな。では、もしヘルメス男爵令息がオーロラ嬢と結婚したことで死んでいたら、それは誰の責任になったんだろう?」
ヘンリーは淡々と言葉を続けていた。
一方、ミレイユは予想外の言葉に、口を開いて、呆然としていた。
「その時は、オーロラ嬢が殺人の罪を被ることになるのかね? そしてヘルメス男爵令息は? なぜ彼は命を失わなければならなかったんだろうね?」
「あ……」
ミレイユは頭を振った。
「わたくしには、何をおっしゃっているのか、わかりませんわ。一体、何のお話をされていますの?」
「ミレイユ」
ヘンリーは妻に問いかけた。
それはどこか、悲しげにも聞こえた。
「ヘルメス男爵令息が死ぬだろうとわかって、オーロラ嬢との結婚を勧めたのは悪辣だよ。オーロラ嬢を陥れるためのものと考えざるをえない」
「陛下!」
ミレイユが悲鳴を上げた。
「誤解ですわ! 何を根拠にそんなでたらめを!」
「同じことはアレックスにも言える。あなたはどうして、アレックスをオーロラ嬢の婚約者にできたんだ。私達の子どもじゃないか。アレックスがもしかして死ぬかもしれないとは、考えられなかったのか?」
「陛下、いったい、何を言って———」
「複数の証人がいる。残念なことだが、あなたがオーロラ嬢に呪いをかけていたとするなら、すべてのつじつまが合う」
ミレイユは叫んだ。
「陛下! 誤解ですわ!! オーロラですね!? オーロラがそんなくだらないことを。わたくし、わかっておりますわ。王子妃教育で何年も一緒に過ごしたのですもの。あの娘には、恐ろしい虚言癖があるのです。わたくし、何度もその癖を直そうと努力したのでございますが———」
「ミレイユ」
ヘンリーが妻の弁明を制した。
「証言したのは、オーロラではない。しかし、信頼に足る人物なのだよ。残念なことに」
ヘンリーは悲しげに妻に尋ねた。
「ミレイユ。オーロラ嬢に呪いをかけたのは、なぜなんだ?」




