第59話 略奪婚(4)
「オーロラ!!」
オーロラとアリアナがヘルメス男爵邸の正面玄関のドアを開けたとたん、無数の明かりに取り囲まれた。
夜の闇の中、まぶしい明かりに照らされて、オーロラは何も見ることができない。
思わず両手で目を覆うと、もう一度、はっきりとした声で名前を呼ばれた。
「オーロラ!!」
暗闇の中から、自分を呼ぶ人の声が近づいてくる。
「オーロラか!? 本当にオーロラなんだな? ケガはないか? ひどい待遇を受けたんじゃ———」
動転した声が聞こえ。
次の瞬間、オーロラは抱きしめられていた。
その手の感覚には、覚えがあった。
いつの間にか、誰よりも近くて。
いつもそばにいてくれた人。
いつの間にか、大切な、大切な存在になった人。
彼が『真実の愛』だったらいいな、と想った人。
オーロラは言った。
「アスラン」
オーロラは両手を伸ばして、自分もアスランの首にしっかりと腕を掛け、思いきり抱きついたのだった。
しっかりと自分の体を支えてくれるアスランの腕に、心地よい安心感で満たされる。
しかし、そんな時間は長く続かない。
アスランは見慣れたメガネの従者姿ではなかった。
ロイヤルブルーの辺境騎士団の騎士服を着て、剣を携え、両腕には実戦用のプロテクターを付けている。
後ろで軽く結んだ黒髪はくしゃりと風に揺れ、メガネをかけていないアスランの、あざやかな青い瞳がまっすぐにオーロラを見つめていた。
そんなアスランの様子に、オーロラは現実に戻った。
「そうだわ、アリアナは!?」
オーロラはようやくランタンの明るさに慣れた目で、周囲を見回した。
「オーロラ嬢……」
かすかな声がして、一人の騎士に拘束されているアリアナの小さな姿が見えた。
オーロラはアスランの手をつかんで、アリアナのところに連れて行く。
「アスラン、この子の名前は、アリアナ。ヘルメス男爵令息ノーランの妹さんです。この子が、閉じ込められていたわたくしの世話をしてくれていたのよ。アリアナ、あなたは聞かれる質問に正直に答えられるかしら?」
オーロラにそう言われて、アリアナはうなづいた。
「ノーランはどこにいるの?」
「お兄様は二階の自分の部屋で寝ていると思います。昼間から気分が悪いと言って、休んでいます」
「ヘルメス男爵はどこに?」
「お父様も二階の部屋だと思います。ご病気なのです」
アスランがうなづいた。
「わかった。誰か、アリアナ嬢を安全なところへ」
アスランの言葉に、オーロラがほっとした時だった。
「オーロラ!」
「オーロラちゃん!! よかった……本当に心配したのよ……」
辺境伯ルドルフ、そして夫人のアデルの声がした。
なぜ王都にいるんだろう?
オーロラは不思議に思った。
さらにもう一人、懐かしい気配が近づいてくる。
「オーロラ……!!」
次にオーロラを抱きしめたのは、父であるフォレスティ伯爵だった。
「お父様!?」
婚約破棄騒動からずっと会っていなかった父の声に、オーロラは飛び上がった。
まるで子どものように、父にかじりつくように抱きついた。
父はそんなオーロラの様子に、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
しかし、その声は厳しいものだった。
「では、アスラン殿。打ち合わせどおり、ノーラン男爵とそのご子息には私から会いに行き、話をつけます」
「はい。お願いします。フォレスティ伯爵」
アスランの声も緊張をはらんだものだった。
「アスラン殿。あなたには娘をお願いします。今は、安全のために辺境へ」
「承知しました」
「アスラン殿、伯爵は大丈夫ですよ。私も同行しますので」
そう柔らかく言った声は、暗くて顔は見えないが、シリュー侯爵本人ではないだろうか。
でも、今はそれどころではない。
(わたくしを辺境へ、とお父様がおっしゃった!?)
オーロラが顔を上げた。
暗がりの中で、必死に父の表情を探る。
「お父様!? どういうことですか? わたくしを辺境へ———?」
「オーロラ」
フォレスティ伯爵は慰めるようにオーロラの額にキスをした。
「不安だろうが、もう少し、我慢をしておくれ。すべて、カタをつける。もうオーロラは隠れる必要はない。すべてが済んだら、おまえを迎えに行こう」
「お父様!」
「オーロラちゃん、心配しないで。わたくし達に任せてちょうだい」
「アデル様!? アデル様も辺境に戻るのではないのですか?」
アデルはそっと頭を振った。
「いいえ。わたくしには、しなければならないことがあるの。あとでお話をしましょう。いいわね? 辺境騎士団を連れて来ているわ。あなたは無事に辺境に帰るの。それが今のあなたの仕事」
「アデル様!!」
「アスラン」
アデルが落ち着いた声でアスランに呼びかけた。
「……あなたは王宮に来なくていいの? わたくしが話す場に、あなたがいてもいのよ? その間、オーロラちゃんはフォレスティ伯爵とシリュー侯爵に預かってもらっていてもいいんだから」
「いいえ、伯母上。今、最優先なのはオーロラの安全です。さ、オーロラ」
アスランはオーロラを抱き上げて、あっという間に馬の背中に乗せた。
自分もすぐにその後ろに飛び乗る。
「途中までは馬で行きます。しっかりつかまっていて」
「アスラン!? でも、お父様———アデル様———」
「もう少しの辛抱だよ、オーロラ」
最後、オーロラの耳に届いたのは、父の言葉だった。
夜の闇の中に馬のひづめの音が響き渡る。
ヘルメス男爵邸に騎士達が突入する音。
馬車が走り出す音が交錯し、やがて、辺りは静寂に包まれた。




