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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第4章 真実の愛

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第56話 略奪婚(1)

 王宮からスピードを上げて遠ざかっていく馬車は、目立たない黒の小型馬車だった。


 すでに街に入ったようで、その姿は見えない。


 馬で併走する護衛騎士の数も最低限だった。

 迅速な移動を優先しているのだろう。


 その黒い馬車の後を追って、もう一台の質素な馬車が走っていった。

 こちらには騎士は付いていないが、ミレイユはすでに王家の『影』を手配していた。


『影』達は黒装束で、黒い馬に乗って質素な馬車を追っていく。

 その数はわからない。


『影』は騎士団の騎士とは違う。

 どこに潜み、どう秘密裏に任務を遂行するのか、命令する側の人間であるミレイユ王妃にも、正確なところはわからないのだ。


 ミレイユ王妃は、窓から離れた。


 ミレイユが考えていたのは、略奪婚。

 この野蛮な響きのある婚姻は、実はいまだに存在している。

 身分差を超えて結婚するには、自由恋愛と思われがちだが、実は歴史的に受け継がれてきた、もうひとつの形が存在していた。


 それが、目当ての女性をさらって、強引に関係を結び、結婚するという『略奪婚』。

 もともとは戦争のような状況の中で行われていたが、やがて、超えられない身分差に悩んだ恋人達の最終手段となり、あるいは男達が自分の意志を達成するための便利で手早い手段となり、細々と存在している。


「やはり、ローリーはオーロラだった」


 ミレイユは口もとを歪めた。



 辺境での婚活お茶会。

 偵察に行かせたイベットから、オーロラではないという報告を受けたものの、ミレイユはローリーがオーロラではないかという予感を感じていた。


 そこで婚約者だったアレックス本人に確認させることを思い立ち、アレックスをコレットのお茶会に送り込んだのだ。


 果たして、ローリーはオーロラだった。


 ミレイユはコレットのお茶会に送り込んでいた侍女からの報告で、アレックスがローリー嬢をオーロラだと糾弾したのを知った。


「ようやく、ここまで来たわ」


 ミレイユは満足げに微笑む。


「まったく、手間がかかったこと」


 イベットの報告は雑なものだった。

 他に使える令嬢がいれば、イベットは使わないのだが、仕方ない。


 しかし、ローリーの容姿、主だった参加者の名前はわかった。

 そんな中、ミレイユが気になったのは、一人の貴族男性で、気味の悪い視線でローリーを追っていたという話だった。


 イベットはその男の名前を知らない。

 有力な貴族以外には興味がないのだ。

 そこでミレイユは王家の『影』を使って、お茶会参加者の男性を一人ずつ調べなければならなかったのである。


「でも、そのおかげであの男を見つけられたのだから、苦労のしがいもあったというもの」


 ミレイユはイベットが気味が悪いと言った男の容姿を思い浮かべる。


 線が細くて、痩せた、暗い表情をした青年。

 軽くウェーブのかかった金色の髪が印象的だった。


 顔だちはむしろ、整っている方である。

 しかし、あの生気のなさ。

 ……もしかして、どこかに病気でも抱えているのではないか?


 ミレイユは鼻を鳴らした。


(そんなことはどうでもいいわ)


 大切なことは、すべてがうまくいった、ということ。


 あの男には、コレットの名前でお茶会の招待状を出してやった。

「辺境のローリー嬢も特別にお招きしています」と書き添えて。

 そうしてのこのこと王宮にやって来た青年を別室に連れ込み、『ローリー嬢』の略奪をけしかけてやったのだ。


 ミレイユはその時のことを思い出して、さも楽しげに笑った。


『略奪婚ですって!? そ、そんな不誠実なことはできません!』


『あら、でも、「真実の愛」を貫くのは容易なことではないのは、おわかりでしょう? ローリー嬢は辺境伯のご親戚と聞きましてよ? 王都新聞にも載ったくらい、今話題のご令嬢ですわ。それに比べて、あなたのお家は———?』


『ノーラン・ヘルメス。ヘルメス男爵家の長男です』

『そうですわ。由緒正しいお家柄ですけれど、最近、社交界ではあまりお見かけしませんわね?』


『そ、それは———。私が病気がちなばかりに、婚約者探しも難航していて———私には妹もいるのですが、病気の治療にお金がかかるため、妹にも不自由をさせてしまって———』


『……略奪婚は、愛によって結ばれる結婚ですのよ? 家と家との関係を超えて、直接ご令嬢に愛を伝える機会なのです。ローリー嬢をさらって、あなたの愛を訴えてごらんなさいな。きっと気持ちが通じますわ。あなたの想いを遂げるのです。ローリー嬢も、あなたの心からの気持ちを知れば、きっと受け入れてくれますわ。そして』


 ミレイユは声を潜めた。


『その後、結婚の手続きをすればよいのです。貴族の略奪婚は、起きてしまえば手の打ちようはありませんわ。女性側の家族は、女性の名誉のためにも結婚に同意するしかないのです』


『それは———それはたしかに。しかし———あの美しいご令嬢に、そんな無体なことを———』


『「真実の愛」、ですわ。「真実の愛」は、どんな障害にも打ち勝つのです』


 ノーランは体を震わせていた。


(……今にも泣き出しそうだわ。なんて弱々しい男なの?)


 ミレイユは内心の軽蔑を隠して、優しい声で言った。


『ご心配なさらないで。微力ですが、わたくしもお助けいたしますわ。何しろ、若いお二人の幸せのためですからね? 無事にあのご令嬢を手に入れるために、腕の立つものを何名か、こっそり送ってあげましょう。そうすれば、無粋な騎士達が令嬢を守ろうとしたところで、すでに遅いというものです』


 ノーランは黙っていた。

 しばらくの沈黙の後、ついにノーランはうなづいた。


『「真実の愛」のためならば。今こそ、勇気を出す時なのかもしれません』


 そう言うと、ノーランはミレイユにお辞儀をして、部屋を出て行った。


「頑張ってちょうだいね」


 ミレイユはつぶやいた。


「オーロラを略奪して、処女を奪わせる。しかし、それは『真実の愛』ではないので、呪いによって、男は死ぬはず。男が死ねば、オーロラを殺人罪で捕えて」


 ミレイユは目を瞬いた。

 口角を上げて、両手で頬をはさみ、ふるふると首を振る。


「……気の毒なオーロラ。あの男が死んだら、オーロラ、あなたは殺人罪で捕らえられ、処刑されるの」


 ミレイユは部屋の壁を見上げた。


「あなたも涙を流してあげなさい」


 そこに掛けられているのは、一枚の小さな肖像画だった。

 昔、ヘンリーの部屋から奪ったものだ。

 ヘンリーはそのことに気づいたが、何も言わなかった。

 それ以来、ミレイユはその肖像画をこの部屋に掛けていた。


 肖像画の中に描かれた、銀色の髪が美しい、その際立った美貌の女性は、アストリッド・ノール・フォレスティ。


 ノール王国の元王女で、オーロラの母である、フォレスティ伯爵夫人だった。


***



「馬車の外に出るな!!」


 怒号のように響き渡ったのは、アスランの声だった。


 続いて剣を打ち合う音が続く。


「あ……」


 オーロラとセイディは馬車の中で見つめ合った。


 一行はシリュー侯爵家のタウンハウスに向かっていた。

 そこでセイディを降ろし、辺境へ向かう。


 まもなくタウンハウスに着く、そんな時にオーロラとセイディを乗せた馬車は何者かに襲われた。


 馬車を守るのはアスランとレオナルドを含む辺境騎士団の騎士三名のみ。

 王宮騎士団の騎士であるダントンとは王宮の門で別れた。


「うおりゃあああああっ!!」


 今まで聞いたことのない、アスランの怒号。

 オーロラは震え、窓の外をうかがった。


 黒装束の剣を持った男達の一団が、辺境騎士団の騎士と戦っている。

 外はうっすらと暗くなり始めており、視界は悪い。

 それでも、異様なほどの数の黒装束がいるのが見えた。


「セイディ……」

「ローリー」


 オーロラとセイディはどちらからともなく、ぎゅっと抱き合った。


(どうしよう、どうしよう)


 オーロラの頭がガンガンと鳴る。


 辺境騎士団の騎士は、けして力不足ではない。

 しかし、あの黒装束達は圧倒的に数が多く、また、その戦い方は騎士のそれとは異なっているように見えた。


(いったい、どこから!? あの男達は何者なの)


 オーロラは必死で頭を働かせて、打開策を見つけようとした。

 しかし、そうしている間にも、事態はどんどん動いていく。


 その時、二人が乗っている馬車がガクンと揺れた。

 オーロラが外を見ると、何者かが御者台を占拠し、馬を動かそうとしている。


「あ……」


 黒装束達はアスラン達に驚くほど注意を払っていない。

 この馬車を奪うこと。

 それが目的なのだ。


「セイディ!」


 オーロラは動きだした馬車の中で叫んだ。

 座席を動かし、小ぶりの剣を取り出し、セイディに握らせる。

 馬車はゆっくりと動き、市街地を離れるように、森に向かって曲線を描いて走り始める。


「行って。こちら側には人はいない。死角になっているうちに逃げるの」


 オーロラは床を外した。

 地面が見える。


「……!! あなたはどうするの!?」


 オーロラとセイディはしっかりと抱き合った。

 オーロラは座席に置いてあった毛布でセイディの体をしっかりと包み、落下時の衝撃に備える。


「狙われているのはわたくしだから」

「オーロラ、あなたはオーロラなんでしょう!?」


 オーロラは微笑むと、そっとセイディを脱出口に押しやった。

 アイスブルーの瞳が、優しくセイディに向けられていた。

 それだけで十分だった。


「やはり、あなただったのね」


 セイディの目に涙が浮かんだ。


 馬車が速度を上げる前に。

 視界がよくない今のうちに。


「頭を打ちつけないようにね。体を丸めるのよ」


 オーロラはささやくと、セイディの手を離した。


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