第52話 王女の危険なお茶会@王都(1)
『「真実の愛」はここで見つかる? 「婚活お茶会」、ついに辺境伯領でも開催!』
ばさり、とお茶菓子が並んだテーブルに、王都新聞が投げ出された。
「まあ、お母様、心配することありませんわ。イベットが言っていましたけれど、本当に大したことないそうです。参加しているのは、下位の貴族令嬢や裕福な平民。辺境伯家のローリー嬢はここに書かれているほど可愛くもなかったそうですから。デビュタント気取りで、白いドレスを着ていたそうですわ」
コレット王女はテーブルの向かいに座る母、ミレイユ王妃を見つつ、やる気のなさそうな様子でピンク色のマカロンに手を伸ばした。
「……ああ、セイディがいたそうです。でもあの子、侯爵家の令嬢とはいえ、華やかなところのない、地味な子だから。婚約者もろくに決まらないのでしょう。婚活お茶会で自由恋愛にすがるしかないのですわ」
「コレット」
コレットはアレックスの一歳歳上で、十九歳。
とある大公国の公子殿下との縁談が、ほぼ決まりかけて流れてからは、生来のだらしなさが目立ってきたように、ミレイユは思った。
(本当に悔しいわ。小国とはいえ、公子殿下。将来は大公妃も夢ではないというのに)
コレットが子どもの頃はそれこそあらゆることに気を配って、令嬢達より際立って見えるように、ミレイユはコレットの身なりを整えてやっていた。
何しろ、オルリオン王国のただ一人の王女である。
一通りの宝石類を揃えるのはもちろん、季節ごと、そして行事ごとにドレスも新調した。
化粧品や小物にも最高級のものを揃えてやり、取り巻きの令嬢達も、高位の貴族令嬢に厳選した。
しかし、縁談が流れてからというもの。
ミレイユは、ソファにだらりと体を預けて座っているコレットの姿を見つめた。
ここまで手をかけて育てたのに、王女としてもっとも大切な品位というものが育たなかったのは、どういうことなのか?
高価な外国産の布地を惜しげもなく使ったドレスを着ていても、だらしない姿勢では台無し。
おまけに、その色ときたら、まるで絵の具で染めたような、あざやかな空色のドレスなのだ。
(コレットったら、いつの間にこんなドレスを作ったのかしら。あなたの髪はブロンドとはいえ、かなり赤味が強い色味なのだから、こんな色は似合わないって、どうしてわからないの?)
(ああ、あなたにはセンス抜群の、最高の侍女も付けてあげているのに……!)
ミレイユがいらだちを隠した声で言った。
「コレット。辺境へお茶会の招待状は出したんでしょうね?」
そう言われて、コレットはしぶしぶうなづいた。
「ええ。さっそく出しましたわ。お母様のおっしゃるとおりに、準備もしています。アレックスにも声をかけましたわ。でも、どうしてそんなにローリー嬢を気になさるんですの? ただの田舎令嬢ではありませんか」
ミレイユは押し黙った。
問題だらけだ。
コレットの言う、『ただの田舎令嬢』が王都で評判になってはいけないのだ。
お茶会の様子を探りに行かせたイベットの話も聞いたが、ローリーは背の高い、ブルネットの美しい令嬢のようだった。
王都新聞によれば、その立居振る舞いも賞賛されており、ローリー嬢の人柄でお茶会はたいそう盛り上がったということだ。
さぞかし、ローリー嬢はいったい何者なのだろうと王都でも評判になっていることだろう。
何しろ、王都新聞に大きく記事が出たのだ。
(未婚の女性の華は、コレット、あなたじゃなければいけないのよ? それがどうしてわからないの)
(あなたの取り巻きだった令嬢達も、次々に結婚してしまったわ。残ったのは、王女であるあなたと、あのイベットなのよ?)
またひとつ、今度はミントグリーンのマカロンをつまみ、足先からハイヒールを放り出して、ソファに寝そべっているコレット。
考えたくはないのだが、コレットとイベットは似ているところがある。
イベットは家柄は申し分ないのだが、少々発言に問題があり……その振る舞いにもだらしないところがあり……言ってしまえば、賢さが足りない。
(いいえ! とんでもないことだわ。コレットは立派な王女よ。イベットと比べるなんて、愚かなことよ。わたくしとしたことが。でも———)
最近では、コレットが社交界で話題になることなどほぼない。
あれほどうまくまとまりかけていた大公国の公子殿下との縁談も立ち消えた。
しかも、国王であるヘンリーが先方に抗議することもなく、あっさりと話は無かったことになったのだ。
ヘンリーは一人娘が可愛くないのか。
屈辱以外の何ものでもない。
国内の有力貴族の令息も、なかなか難しい。
それこそ、シリュー侯爵家令息、ダントンならと思うが、あろうことか、妹のセイディと一緒に辺境の婚活お茶会に出席していたという。
(こうなったら、もっと対象を広げて、国内外で検討し直さなければならない。コレット、あなたがもう少し努力をしてくれれば。このままでは頭が痛くなるばかり)
こんな状況では、突如良い評判を持って登場した辺境の美しい令嬢なんて、邪魔者でしかない。
ミレイユはぎゅっと唇を固く結んだ。
(しかも、妙な予感がするのよ。オーロラの行方はいまだにわからないまま。フォレスティ伯爵からもいっさい、情報はない。もしオーロラが辺境でかくまわれているとしたら———?)
(あの小賢しいアデル・デルマス辺境伯夫人が何かを企んでいるとしたら———?)
ミレイユはコレットをじっと見つめた。
コレットはなんと、次はカップケーキを食べようと手を伸ばしている。
ドレスがすでにお菓子のくずだらけになっているのに、この娘は気がついているのだろうか!?
最近、少々、その、胴回りがふっくらとしてきたような気が———。
(……いいわ。少なくとも、ローリーとかいう令嬢から、辺境の情報を聞き出してみようじゃないの。王女からの招待状。断ることはできないのだから)
ミレイユはぱちん、と音を立てて扇を閉じた。
気持ちを切り替えて、優しい声でコレットに話しかけた。
「ねえコレット。新しいドレスを作っていいわよ? 辺境の田舎令嬢に見せつけておやりなさい。お茶会の招待状への返事が来たら、すぐお母様に教えてちょうだいね。いいこと? それから、アレックスにもお茶会に出るように念押ししておくのよ? あの子はお父様からカリナとの婚約の許可が出ないから、憂鬱なのでしょ。すごい美人の令嬢が来るからとでも言っておきなさい。興味をそそられて、出席すると言うはずだから」
そう言われて、コレットの表情が意地悪そうに歪んだ。
「すごい美人の令嬢ですって? お母様もお人が悪いわ。実際は田舎令嬢だってわかったら、アレックスも怒りますわよ。でも、いい案ですわね? それに、新しいドレス、ありがとうございます。大好きなお母様のためですもの。我慢して田舎令嬢のお相手をいたしますわ」
コレットはたっぷりとシュガーフロスティングのかかったピンクのカップケーキをつまみ上げ、にっこりと笑ってみせた。




