第51話 婚活お茶会@辺境伯領(5)
「まさか———イベット嬢!?」
セイディは呆然として言った。
オーロラもまた、驚いていたが、なんとか驚きを隠した。
セイディの言うとおり、それはかつてコレット王女のとりまきだった、カリフ侯爵令嬢のイベットだった。
(なぜ、辺境伯領に!?)
イベットは王立学園時代と変わらず、華やかなドレスを身につけ、周囲を見下すように眺めながらやってきた。
まるでチューリップのような、派手派手しい朱色のドレスである。
とても婚活お茶会に参加するような令嬢には見えない。
そして実際、予想どおりと言うべきか、アデルとグロリアが出迎えると、イベットはため息をつき、失礼な振る舞いを始めた。
「……最近このお茶会が話題だそうね? 様子を見に来ただけですの。わたくし、こんなところでお相手が見つかるとは思っていませんので」
お茶会の主催者であるアデルとグロリアに対し、あまりにも無礼。
明らかに目上の貴婦人、しかも、辺境伯家と王宮騎士団長を務めるシリュー侯爵家に対しても、あまりにもひどい態度だった。
(イベット嬢! なぜこんな振る舞いを)
オーロラの表情が青くなった。
「あの方は、カリフ侯爵家のイベット嬢です。コレット王女殿下のとりまきの中で、独身なのは、彼女だけですのよ」
セイディがオーロラにささやいた。
その時だった。
「まあ、セイディじゃないの?」
イベットがセイディに気がついた。
主催者への挨拶もそこそこに、セイディに向かってやってくる。
会場の中央を堂々と突っ切ってくるのだが、たっぷりとした朱色のドレスがはためいて、まるで巨大な怪鳥のようである。
「あなたがこんなところにいるとはね。まあ、あなたのお相手探しなんて、王都ではもう無理でしょうからねえ。わかるわあ。苦労してるのね?」
品のあるドレスを身につけたオーロラとセイディと並ぶと、さらにイベットの態度が荒々しく見える。
失礼な女だな、そんな空気が会場に漂うが、当のイベットはまったく気づく様子がなかった。
イベットはそこで、セイディの隣にいるオーロラに気づく。
「まあ。これは」
じろじろとオーロラを見上げる。
「ふん。この女が、噂の主というわけ? なんだ、ただの田舎娘じゃないの。社交界で見かけたこともないわ。しかもブルネットの髪? デビュタントでもないのに、真っ白のドレス? 悪趣味だわ。王妃様も心配しすぎね」
最後の方はぶつぶつと口の中で消えていったが、それでわかった。
イベットはミレイユ王妃に命じられて、最近話題のお茶会の様子を探りに来たのだ。
(王妃殿下はまだわたくしのことを探しているの———? まだ、諦めていないなんて)
オーロラは背中がぞくりとするのを感じた。
「ローリー様」
セイディの表情が険しくなって、オーロラをかばうように、一歩前に出る。
「イベット嬢、わたくしが王都のお茶会に行かない理由は、ご存知のはずですわ。わたくし、今でもオーロラ嬢に起こったことを、許していませんの」
「!!!」
オーロラは驚いてセイディの腕をつかんだ。
はっきりとオーロラの名前を口にし、まっすぐにイベットを見つめるセイディ。
オーロラよりも背の低い、小柄なセイディが。
オーロラをかばって、イベットの前に立っている。
「このお茶会は、純粋に素敵なお相手を探すためのもの。気持ちのよい会話を楽しむ場ですわ。あなたは何も理解していません」
「セイディ様」
オーロラは心配してセイディを呼ぶが、小柄なセイディはオーロラの前に立って、てこでも動くまいと足を踏ん張っていた。
そんなセイディを、イベットはにらみつけている。
会場がざわめいた。
紳士方が何人か、心配そうな様子で席を立ち、三人のもとに向かおうとしている。
その時だった。
「セイディ、ローリー嬢」
さわやかな声がすると、ダントンが現れた。
王宮騎士団の濃紺と金もあざやかな騎士服姿。
ダントンは自然な動きで、妹とイベットの間に立った。
ダントンの登場に、お茶会会場の令嬢達の視線が一気に集まった。
イベットも、王宮騎士団長の息子であるシリュー侯爵家令息は知っているようだった。
じっとダントンがイベットを見ると、イベットは真っ赤になり慌てた。
しかしダントンの表情は氷のように冷たかった。
「ダントン様!? まさか……あなたまで婚活お茶会にいらっしゃるなんて」
「たしか、イベット嬢でしたね? 妹が何か失礼なことをしたなら、お許しください。さあ、セイディおいで。ローリー嬢も。私達はこれで失礼します、歓談の途中でしてね。皆さん、とてもいい方ばかりで、会話が弾んでいるんですよ」
そう言うと、ダントンはセイディの手を取って引き寄せる。
「ラン殿。ローリー嬢を」
ダントンはアスランに声をかけると、アスランは無言のまま、恐ろしい目つきでイベットをにらみつけ、イベットを青ざめさせた。
たかが従者なのに、メガネの奥の整った顔だちと、恐ろしい殺気。
イベットの足は震え始めた。
それからアスランはイベットをいっさい見ることなく、まるで何もなかったかのように、オーロラを優しくエスコートしていく。
人々のざわめきが大きくなった。
ついにイベットはくるりと振り返ると、足音も荒々しく会場を後にしたのだった。
アスランがそっと、オーロラに顔を寄せてささやいた。
「お嬢様、イベット嬢が本当に帰るのか、馬車に乗るのを確認してきます。お嬢様は会場から動かないように」
「わかったわ」
オーロラはうなづいて、丸テーブルに向かった。
テーブルに戻ると、令嬢達がわっと丸テーブルに集まってきて、一斉に声をかけた。
「セイディ様、とてもかっこよかったですわ!」
「あの気迫。さすが、シリュー侯爵家のご令嬢ですこと!」
「それにダントン様、さすがですわ。ますますときめいてしまいます……」
「一体、あの方は何だったのでしょう? ローリー嬢、大丈夫でしたか?」
「ローリー嬢の評判を聞いて、スパイに来たんですわよ、きっと!」
「あのご令嬢には失礼ですが、白いドレス姿のローリー嬢の方が何倍も素敵に見えましてよ」
「ええまったくですわ。何ですの、あのチューリップみたいな毒々しいお色のドレスは」
メーガンと並んで座っていたオーウェン商会のエドガーも心配げな表情でオーロラとセイディを見ている。
セイディはオーロラと並んで座りながら、悲しげな表情でオーロラの瞳を見つめた。
「……あの方とは、王立学園でご一緒しましたわ」
セイディが言った。
「でも、卒業後はお会いしたことはありませんの。どうして婚活お茶会に来られたのか、さっぱりわかりませんわ」
エドガーがふう、とため息をついた。
「正直、王都ではあのようなご令嬢はけして珍しくはありません」
静かに隣に座るメーガンを見る。
「おかげで、婚活お茶会に出席されているご令嬢の良さが際立ちました」
メーガンの頬が赤くなった。
「今日、わざわざ辺境伯領まで来てよかったと思っています。メーガン嬢、王都に戻ってから、お手紙をお出ししてもよろしいでしょうか?」
きゃー! という令嬢達の歓声がわく。
メーガンは赤い顔を扇で隠しながら、小さな声で、「お待ちしておりますわ」と言うのが精一杯だった。
一方、アデルとグロリアは深刻な顔をして話し合っていた。
「あれはカリフ侯爵家のイベット嬢でしょう。招待されていないのに、なぜわざわざ辺境伯領まで現れたのかしら」
グロリアの問いに、アデルは険しい表情で首を振る。
「アデル、あの子はコレット王女の取り巻きだったわ。注意して見ていた方がよさそうね」
「ええ、グロリア」
「王都で少し調べるように、ダントンに言うわ」
「ありがとう」
アデルとグロリアは見つめ合った。
「アデル。いつでも連絡してちょうだい。力になるわ」
アデルもうなづく。
「わかっているわ。グロリア。頼りにしているわ」
アデルは立ち上がると、お茶会会場の中央に進む。
華やかなアデルがにっこりと微笑むと、会場の雰囲気が一気に変わった。
「それでは皆様、お手もとのカードに、気になる方のお名前をお書きください。箱を回しますので、カードを箱に入れてくださいね。お互いに一致した方のお名前を、この後発表いたします」
きゃー! おー! という歓声が上がり、令嬢達、令息達はそれぞれ小さなカードを大切に握りしめ、意中の相手の名前を書き始めた。
「ローリー嬢」
オーロラの背後から、小さな声がした。
オーロラが振り返ると、そこに立っていたのは、痩せた、青白い顔の青年。
柔らかな金色の髪がウェーブを作り、青い瞳。
そこまで痩せて、顔色が悪くなければ、たいそうきれいな青年だろう。
同じテーブルに集まっているメーガン、シルヴィ、セレーナの視線が青年に集まる。
セイディの視線は不安げにオーロラと青年の間を往復した。
青年は震える声で言った。
「ローリー嬢、私はヘルメス男爵家のノーランと申します。カードには、あなたのお名前を書きます……私の気持ちです。もし、あなたも少しでも私にご好意があれば……ノーランです。ノーラン・ヘルメス」
そう言うと、ノーランは深々と頭を下げ、去っていった。
「ローリー様、大丈夫ですか……?」
「わざわざ名前を書くことを言わなくてもいいのに……少し怖かったですわね」
令嬢達の気遣いに、オーロラは軽く頭を振った。
「大丈夫ですわ。それに、わたくし、何を書くかは決めていますから」
令嬢達がまあ、よかったわ、お気になさらないでね? と口々に言い交わし、それぞれが手早くカードに名前を記入する。
セイディが気遣わしげにオーロラにささやく。
「ローリー様、従者の方が戻るまでわたくしが一緒におりますね」
オーロラは微笑んだ。
「ありがとうございます、セイディ様」
オーロラはセイディと一緒にカードを箱に入れ、結果を待っている時に、アスランが戻ってきたのだった。
***
「……まぁ、疲れたのね。寝ちゃったわ」
アデルが馬車の中で揺られながら目を閉じているオーロラを見てささやいた。
オーロラの傍らには、アスランが贈ったステッキがきちんと座席に立てかけて置かれている。
アデルの隣には、アスランの姿があった。
例の、突然イベットがお茶会に押しかけた件で、アデルとアスランは警戒していたのだ。
アスランは自分も馬車に同乗することを願い出た。
そんな中、オーロラは目を閉じ、壁に頭をもたせかけて眠っていた。
「アスラン、大丈夫よ。あまり心配しすぎないでちょうだい。わたくしも王都の様子は探るし、あなたもシリュー侯爵家の人達が信頼できるのは知っているでしょう? グロリアも調べてくれるわ」
「はい。それもそうなのですが———」
はっきりしないアスランの様子に、アデルは気づいた。
「ああ……。安心なさいな。オーロラちゃんは、カードを白紙で出したのよ」
「え?」
アスランは驚いてアデルを見つめた。
「本当よ。オーロラちゃんは、誰の名前も書かなかったの。ローリーちゃんの名前を書いた殿方はたくさんいたけどね。うふふふふふ」
「……!!」
実は、カップルが成立したのは、ハミルトン伯爵家のメーガンとオーウェン商会のエドガーを始め、数組いた。
しかし、オーロラはカップル成立しなかったのだ。
ダントンもカップル成立しなかったので、どういうことかとアスランはやきもきしていたのだが———。
「そうでしたか!」
アスランが明るい声でそう言うと、アデルは笑い出した。
「嫌だわ、アスラン! なんてわかりやすいの!?」
「伯母様、しーっ!! オーロラ嬢が起きてしまいます!!」
「そうね、ごめんごめん。でもね、アスラン。ダントンも白紙だったのよね〜。わたくし、てっきりスミス商会のセレーナ嬢とカップル成立するかと思ったのだけれど」
「伯母上、そんな大事なことをバラしちゃダメじゃないですか!? 個人情報ですよ、個人情報!!」
「あらぁ。だって、とっても楽しかったんですもの〜。マッチングのカード、次のお茶会でも絶対配ることにするわ」
「伯母上〜!!」
そんなほのぼのとしたやり取りの後。
一週間ほどが経った頃だった。
ロシュグリー城に、コレット王女からのお茶会の招待状が届いた。
☆☆☆
第3章『ローリーお嬢様の婚活』はこのエピソードで終わり、次話から第4章『真実の愛』が始まります。物語もいよいよ佳境。
どうぞ引き続きお楽しみいただけましたら幸いです♡




