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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第3章 ローリーお嬢様の婚活

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第47話 婚活お茶会@辺境伯領(1)

 デルマス辺境伯領、ロシュグリー城。

 朝七時。


 城の最上階である五階。

 とある部屋の前に、地味な茶色の上着に揃いのトラウザーズ姿の青年が立っていた。


「ランさん、大丈夫ですか? 準備は万端ですね?」


 青年の後ろに控える侍女のエマは、そっと声をかけた。

 振り返った青年は、長めの黒髪を首の後ろで束ね、地味なメガネをかけている。


「はい……! 予習はばっちりです。では」


 コンコン。


「ローリーお嬢様、おはようございます。ランでございます」


 ドアを叩いて待つと、やがて、意外に低い声で返事があった。


「ラン君、おはよう。どうぞ入ってください」

「失礼いたします」


 返事を確認して部屋に入ったアスランだったが、そこにオーロラの姿を見つけて、「うおっ!!」と叫び声を上げた。


「ランさん、どうしたんですか!?」


 慌ててエマもやってくる。

 そしてやはりエマも「きゃっ!!」と悲鳴を上げた。


 目の前には、すでにローリーのウィッグを被り、化粧着を着たオーロラが、オースティン商会の商品である刀を仕込んだステッキを振りかぶり、勇ましくもアスランに向けていたのだ。


「ロ、ローリーお嬢様!! 一体何をなさっているんですか!」


「エマ、構いません。お嬢様、不審者に備える発想はご立派でしたが、いささか構えが遅すぎます。私が入室した時には、剣先が私を指していませんと」

「まあ。残念だわ」


 悲鳴混じりのエマを軽く制してアスランが言うと、オーロラは本当に残念そうにステッキを下ろした。


「ランさんまで、何を言っているんですか! お嬢様、騎士のまね事のお時間ではございませんよ。今日は奥様とソレトの町へお茶会の打ち合わせに行かれるのでしょう? お茶と果物をお持ちしましたので、どうぞ召し上がってください。これから朝食を食べて、お着替えをしないといけませんからね」


「はっ。そうだったわ、エマ。ラン君、じゃあ、お稽古はまた後で」

「かしこまりました」


 アスランは笑いをこらえながらテーブルの上にお茶の支度を整える。


「ステッキは持っていくわ。いつも持ち歩けば、手にもなじむでしょうから」

「ご立派なお心掛けでございます」


 アスランはにっこりと笑って、熱いお茶をカップに注いだ。


「朝食はいつものものがよろしいですか? それとも、何かご注文がありましたらお伺いします」


 オーロラは大事なステッキをエマに取り上げられ、これ以上彼女のご機嫌を損ねないようにと、そろそろとテーブルに着いた。


「いつものでいいわ。今日も楽しみです」

「それではキッチンに行ってきますね」


 アスランは朝日の差す明るいリビングルームで、お茶を楽しむオーロラの様子を、目を細めて眺めた。


 今日もいいお天気で、大きく開いた窓からは、青々とした海が見えている。

 絶えることのない波の音が、部屋にも聞こえていた。


***



 アスランはデルマス辺境領での暮らしを、ロシュグリー城での生活を、気に入っていた。


 幼い頃から暮らし、今では自分の故郷だと思えるようにまでなった辺境暮らし。

 しかし、オーロラがロシュグリー城にやってきてからはまたちょっと違うのだ。


 毎日が楽しい。

 朝が来るのが待ち遠しい。

 ロシュグリー城での日々は、アスランにとって、まさに輝いているように感じられた。


 アスランは軽々と石造りの廊下を早足で歩き、城のキッチンがある二階まで、飛ぶように階段を降りる。


「おはようございます! ローリーお嬢様の朝食を取りに来ました!」

「おはよう、ランさん」


 キッチンで働く召使い達が笑顔で挨拶を返してくれる。

 すでに準備のできた朝食を、慎重に料理運搬用のリフトに載せた。

 再び五階に戻って、滑車を使って引き上げるのだ。


 食事時間を決めてしまい、キッチンのスタッフに定刻で料理を上げてもらえば簡単なのだが、オーロラと朝の挨拶を交わして、その日の朝食メニューを確認する。

 そんなひと手間を大切に思うアスランだった。


 今日はオーロラはアデルと共にソレトの町へ出かける。

 従者の自分も連れて行ってもらえるだろう。

 アデルはオーロラを可愛がっているし、ソレトの町では、オーロラもいろいろと楽しめるに違いない。


 そう考えるだけで、アスランは幸せな気分になるのだ。


(これは重症だな)


 アスランは苦笑する。


 自分がオーロラを特別に気に入っているのはわかっていた。

 それでも、オーロラはアレックス王子の婚約者だったから、この気持ちを伝えることはないだろうと思っていたのだ。


 しかし今は。

 自分のオーロラへの想いがとても確かなもので、とても深いものであるのは、アスランも自覚している。


 なのにその想いを伝えないのは———。


(あんなことがあって、オーロラ嬢もまだ心が傷ついているはず)


 オーロラが王宮からの帰り道に襲われ、誘拐された事件。

 その事件はオーロラ本人はもちろん、アスランの心にも重くのしかかっていた。


 しかし、アスランは、いつか———遠くない未来に、自分の気持ちをオーロラに伝えるだろう。

 なぜなら。


(もう、誰にも、オーロラ嬢を譲りはしない)


 オーロラを愛し、オーロラを守るのは、自分なのだ。

 アスランは固く心に誓っている。


 五階に戻ったアスランは、料理運搬用のリフトのドアを開き、慎重に滑車を固定すると、台車に載せたオーロラの朝食を引き上げた。


『おいしい!』


 今日もオーロラは驚いてそう声を上げるだろう。

 そして嬉しそうに朝食を食べてくれる。


 アスランはいそいそと食事をワゴンに載せ、『ローリーお嬢様』の部屋へと向かった。


***



「会場は決まりね」


 アデルが嬉しそうに言った。


 ここはソレトの町。

 オーロラが初めてロシュグリー城に向かった際、城に到着前日に一泊した町だ。


 ルドルフの大好きな羊のローストが名物の宿屋『白かもめ亭』に、アデルとオーロラは再びやって来た。


「そうね、グロリアのお茶会よりも招待する方々を増やそうと思うの」


 アデルは宿屋の広々としたホールに立ちながら言った。

 ここでは結婚式なども開かれるという。


 宿屋と言っても、辺境伯夫妻が利用する宿屋である。

 代々受け継がれた由緒ある建物に、しっかりしたおかみさんに教育された使用人達が忙しく働く宿屋だ。


 部屋数もあるし、厩舎も十分な広さを備えている。

 客人を招いての催しもたしかに立派にできそうだ、とオーロラは思った。


「その代わり、もっとゆるやかな感じで、パーティのように自然に会話を楽しんでいただこうかと思っているわ」


 アデルが思案げに言う。

 彼女の頭の中には、具体的なイメージがもうできているようだ。


 オーロラもアデルと一緒に立ちながら、辺境伯領での婚活お茶会をイメージしてみる。


 会場をロシュグリー城にしないのは、安全面の理由からだとアデルは言った。

 ロシュグリー城は城砦なのだと。

 国境線を守る防衛の要であるために、城への入場はかなり制限されているとのことだった。


 要は、城の内部は重要な機密情報なのだ。


「だからね、婚活お茶会は外に場所を借りて、心おきなくやろうと思うのよ。参加したいという方も増えていますしね」


「辺境伯領は国の防衛に大きな役割を果たされていると王宮での地理の授業で学びました」


 オーロラは言った。


 王子妃教育の中で、礼儀作法や社交術、貴族家について学ぶ時間はなぜかほとんどなかったが、熱心な教授達により、地理と歴史はばっちり教わっている。


 授業で学んだものを実際に目にする喜び。

 同時に、授業では学ばなかったものを発見する楽しさ。


(それに、ルドルフ様やアデル様、そして辺境伯領の人々……実際に辺境を支える人々を間近に見ることができる……なんて素晴らしいんでしょう)


 オーロラは目を輝かせながら言った。


 「辺境伯領はとても魅力的ですわ! たしかに、王都からは遠いですけれど、この地にお越しいただくことで、王都にはないものをたくさん見ていただけると思います。それに、『白かもめ亭』はお部屋が清潔ですし、お料理もおいしいです! きっと皆さん気に入られると思いますわ」


 そこでオーロラはふと思いついた。


「……遠方から来られる方も多いでしょうし、お茶菓子だけでなく、少ししっかりしたものもお出しできるといいかもしれませんね」


「そうよね。羊のローストも本当においしいし。辺境の名物を味わっていただくのもいいわよねえ」


 アデルもうなづく。

 アデル自身も羊のローストが気に入っているのだ。


 アデルはおかみさんに向き直って言った。


「早急に人数を決めて、日取りをご相談しましょう」

「ありがとうございます、奥様。精一杯、やらせていただきますわ」


 話は決まった。

 おかみさんとの話もまとまり、あとは具体的に詰めていくだけだ。


 婚活お茶会への参加希望者のリストは、すでにグロリアから届いていた。


 アデルとオーロラはそこから招待客のリストを作り、日取りを決め、招待状を手配する。

 当日のメニューと進行、会場の装飾などを決め、準備を進めるのだ。


 宿屋には、参加者からの宿泊の予約も入るだろう。


「さあ、忙しくなるわよ」


 アデルがそう言いつつも嬉しそうな顔を見せた。


「でも、その前に、お昼ご飯をいただきましょう! ローリーちゃん、ラン君、エマ、ささ、ついていらっしゃいな」


 オーロラの記憶にもある宿屋の食堂に四人は入っていった。

 アデルの護衛騎士であるマシューは、食堂の前で待機している。


 一方、食堂の中では、突然の領主夫人の登場にも、ソレトの人々は驚かなかった。


「奥様、ごきげんよう」

「奥様、お久しぶりです」


 あちこちから挨拶の言葉がかけられる。

 アデルも気さくに手を振って、顔なじみの人々と言葉を交わしていた。


「さあ、お嬢様、こちらへどうぞ」


 おかみさんがオーロラを大きな丸テーブルに案内した。

 すでに四人の席が作られている。


「たくさん召し上がってくださいね」


 オーロラが席に着くと、アスランがかいがいしく食事の世話をしようとする。


「ローリーお嬢様、たくさん召し上がってくださいね。まずはお飲み物を」


 アスランがオーロラの好きな、レモン水をグラスに注いでいると、アデルがやってきた。


「ローリーちゃん、お料理がどんどん来るわよ〜。たくさん食べてちょうだいね!」


 誰もが同じことを言う。

 オーロラは目を丸くし、さすがに笑い出した。

 おかみさん、アスラン、アデルを順番に見上げる。


「ありがとうございます。はい、ありがたくいただきますわ」


 おっとりとした、オーロラの微笑み。

 王都にいた頃からは考えられない。


 自然で、ほんわかとした微笑みに、一同は見惚れた。

 そんな中、若い給仕係の女性が明るい声で言った。


「はい! 名物の羊のローストでございます! たっぷりとした付け合わせと一緒に、お楽しみください!」


 次々に料理が運ばれてくる。

 楽しい食事の時間が始まった。


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