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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第3章 ローリーお嬢様の婚活

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第45話 初めての婚活お茶会(4)

「お住まいはどちらですか?」


 オーロラにそう問われて、フランクという名前の男性は率直に答えた。


「領地にいることが多いです。実は私は子爵家の次男で。兄は王都のタウンハウスで過ごしていまして、私は領地の方に。場所はですね……シリュー侯爵家の領地と王都の真ん中、くらいでしょうか」


 ちなみに私は三十二歳です、とフランクが言うので、オーロラも正直に「わたくしは十八歳です」と付け足した。


 するとフランクは面白そうにくすくすと笑った。


「失礼。ローリー嬢はとてもお美しくて、ちょっと近寄り難いかなと思っていまして。お話しするのに勇気がいったのですが、なかなか気さくな方で正直驚きました」


「まあ。そうでしたか?」


 オーロラは少しけげんそうに首をかしげた。


(何か変なことを言ってしまったかしら。あとでラン君に確認しなくちゃ)


 オーロラは静かに壁際に控えているアスランを見た。

 アスランは落ち着いていて、特に変わった様子はない。


 「そんなわけで、結婚したら家は出ることになります。貯金をしているので、できれば王都に小さな家を買って、仕事を探したいと思っているのです。計算が得意なので、たとえば王宮での文官のような……。地味ですが、堅実な仕事ですね。そうした暮らしができる女性を探しています」


「さようでございましたの」


 オーロラは相槌を打った。


「わたくしは……」


 つい、『真実の愛』を探しています、と言いそうになったが、さすがにそれは流行小説の読みすぎでは、と言われるかもと思い、オーロラは慌てて言葉を呑み込んだ。


「わたくしは……ええと、亡くなった母と父は、とても愛し合っておりましたの。ですから、わたくしもいつか、そんなお相手と巡り会えたら、と思っていますわ」


 チリンチリン、と軽やかなガラスのベルが鳴った。

 顔を上げると、グロリアが右手に持ったベルを振っていた。


「はい、皆様、十分経ちましたよ? さ、殿方はどうぞお席を移動してくださいませ」


 フランクは立ち上がった。


「ローリー嬢、今日はお会いできて光栄でした」


 そっとオーロラの手を取って、軽くキスをした。


 そうして立ち上がったフランクを見れば、座っていると、こざっぱりと整った顔だちに目が行くが、かなり小柄なことに気がついた。


 オーロラと並んで立ったら、オーロラの方が背が高くなるかもしれない。

 オーロラはぼんやりとそんなことを思った。

 しかし婚活お茶会はまだ始まったばかりだ。


「初めまして。ランディと申します」


 さわやかな声が、頭上から降ってきた。

 オーロラが顔を上げると、二人目の男性が立っていた。

 そしてあっという間に三人目の男性の番がきて。


「初めまして。ローリーと申します」

「初めまして。私はエドガーと申します」


 また同じような会話が始まった。


 男性達と話し始めて、オーロラが思ったことは、十分間というのは、結構時間があるな、ということだった。


 隣に座った男性、エドガーはまるでお人形のような、くるくる巻いた金髪が印象的な男性だった。


 顔だちもどこか少年ぽい。

 そんな印象のせいか、同い年くらいの青年に見えた。

 そんな少年っぽい青年が、さらりと言った。


「私は父が王都で武器を扱う商会を営んでおりまして、その仕事を手伝っております。王都在住です」


 エドガーが丁寧にお辞儀をした。


「おかげさまで手広く商売をさせていただいており、父は男爵位を賜りましたが、元々は平民です」


「そうだったのですか」


 オーロラは相槌を打ちながらも、驚いて青年を見つめた。

 たしかに、扱う商品によって貴賤があるわけではないのだが、率直に語られた『武器を扱う商会』という言葉に、エドガーと隣り合った令嬢なんて、ぎょっとして思わず振り返っていた。


 しかし、エドガーはそんな令嬢の様子に気を悪くする様子もなく、にこにこと微笑んでいた。


「ご察しのとおり、なかなか婚約者探しが難航しておりまして。機会は多ければいいかと、今回初参加してみたところなんです。とはいえ、正直まだ婚約者探しに必死になる年齢でもないもので……でももちろん、配偶者の大切さはよく理解しているつもりです」


 そう言うエドガーは正直な性格なのだろう。

 もしかしたら、今は令嬢とのデートよりも、家業に集中したいと思っているのかもしれない、とオーロラは感じた。


「どんな女性がいいと思っていらっしゃるのですか?」


 オーロラが小首をかしげながら言うと、エドガーは微笑んだ。


「実は、まったく頭に浮かばないのです。公私を共にするわけですから、お互いに相性がいいことは大事だと思います。でも、商会を手伝ってほしいかと言えば、そう言うわけでもなく、じゃあ、家のことはそっちのけで社交三昧の夫人がいいかといえば、それも困りますしね」


「わかりますわ。わたくしも、具体的にどんな殿方が、と訊かれたら、返事に困ると思います」


 オーロラがそう答えた時だった。


「失礼ですが」

「!?」


 オーロラの背後から、壁際にいたはずのアスランの声がした。


「エドガー様。失礼ではございますが、商会の名前を教えていただけないでしょうか?」


「あ、エドガー様。失礼いたしました。この者はわたくしの従者で、ランと申します。ラン君、急にどうしたの?」


 オーロラは困惑してアスランをエドガーに紹介した。

 するとエドガーは慌てて手を上げた。


「ローリー嬢、お気になさらず。大丈夫です。こちらこそ最初から名乗るべきでした。失礼をお詫びいたします。オーウェンです。王都のオーウェン商会と申します」


 商会の名前を聞いたアスランは、満足げにうなづいた。


「オーウェン商会。噂は聞いております。しっかりした商品を揃えておられると」

「当会をご存知ですか! これはお褒めいただき、ありがとうございます」


「……これもご縁かと思い、実はお願いしたいものがあるのですが、お茶会の後、お時間を少々いただいてもよろしいでしょうか?」


「ラン君!?」


 婚活お茶会で、まさかの従者ラン君の乱入に、オーロラは目を丸くした。


「このお嬢様に持たせるのに何かいいものがないかと。緊急用に、女性でも使えるような短剣だったりとか、せめて、ロープを切れるようなものはないでしょうか?」


 今度こそ、オーロラの驚く顔は本物だ。

 しかしエドガーはオーロラをじっと見ると、真面目にうなづいた。


「承知いたしました。いくつか、ご提案ができると思います。では、お茶会の後お話を」

「ありがとうございます」


 これで話はまとまったらしい。

 二人の青年は深々とお辞儀をした。


「ラン君たら! こんなところでお買い物の相談!?」


 オーロラが叫ぶと、アスランは顔を赤くして、そそくさと壁際にまた戻ってしまった。


「もう……」


 すると、そんな様子を見守っていたエドガーが微笑みながら言った。


「ローリー嬢の従者は、とても頼りになりますね。ぜひ、最適なお品を提案できればと思っています」


「え、あ、ありがとうございます」


 アスランを褒められて、オーロラはついお礼を言った。


「はい、皆様、移動のお時間ですわよ」


 グロリアの声が、会場に明るく響き渡った。


***



 たった十分間、されど十分間。

 次々と参加者とお話をしていくのは、なかなか気力も体力も必要だった。


 誰もが真剣。

 いい加減にあしらおう、なんて人は誰もいなかった。


 ようやく全員と話し終え、グロリアが「この後のお時間では、自由に歓談をお楽しみください」と言った時には、オーロラは思わずほっとため息をついた。


「お疲れのようですね? 大丈夫ですか?」


 そっとオーロラに話しかけてきたのは、グロリアの甥である、ダントンだった。


「ダントン様。失礼いたしました。ふふ、初めてのせいか、ちょっと緊張していたようです」


 ダントンが優しくオーロラの手を取った。


「少し休憩しましょう。あちらのテーブルでお話ししませんか?」

「はい」


 ダントンはオーロラをエスコートして、部屋の隅に置かれたテーブルと椅子へと誘導していく。

 アスランもさりげなく移動して、オーロラが視界に入る位置で、また壁際に立った。


「何かお飲み物をお持ちしましょう。お茶がよろしいですか? それとも、冷たいものがよいでしょうか?」

「あ……それでは、何か冷たいものを」

「承知しました。少々お待ちください」


 ダントンが席を立つと、アスランが慌ててやってきた。


「私が取ってまいります」

「いや、いいんですよ。私の方が近いですからね」


 そう言うと、ダントンは手際よく細いフルートグラスに入った飲みものを持って戻ってきた。


「どうぞ。バラで香りをつけたレモン水です」

「まあ。ありがとうございます」


 オーロラはさっそくグラスを手にとって飲んでみる。


「おいしいです」

「それはよかった」


 ダントンは小さなテーブルでオーロラと向き合って座ると、どこか懐かしげにオーロラを見つめた。


「ローリー嬢の今日のドレス姿は、とても素敵でした。皆さん、華やかな色合いで装われている中、白のドレスは、潔いというか、とても印象的でした。何より、よくお似合いです」


「ありがとうございます。伯母様があれこれ気をつけてくださって。ドレスも選んでくださったのです」


 ダントンはそっと首をかしげた。


「そのネックレスはカメオですね。彫ってあるのは……どなたかの?」


 オーロラはうなづいた。


 そっと指先で、繊細に彫られた母の横顔に触れる。


「はい。これは母の肖像をもとにしたものです」

「そうですか。とても美しいですね」

「ありがとうございます」


 ダントンはそっとテーブルの上に載せられたオーロラの指先に触れた。


「ローリー嬢。最後にひとつだけお聞きしても?」

「はい」


「どうして、このお茶会に参加されたのですか?」

「わたくしは……」


 オーロラは一旦そこで言葉を切って、自分の考えをまとめた。


「わたくしは、自分で結婚相手を決める、と宣言してまいりましたの。婚約者候補はいたのですが、わたくし、その方とは無理だと思いました」


「どうしてそう思われたのですか?」


 オーロラはアレックス王子を思い出した。


「わたくしは、その方と一緒にいると、思ったことも言えず、笑うこともできませんでした。ただ黙って、その方の言葉に従うだけ。もう無理だと思ったのです」


『笑わない伯爵令嬢』。

 当時呼ばれていたあだ名がよみがえる。


 それはけしてオーロラが望んでいたものではなかった。


 でも、アレックスを守るために。

 そしてオーロラ自身を守るために必要だった仮面のようなもの。


 ダントンは静かにオーロラを見つめていた。

 そこに、労りが見えたのは、気のせいだろうか?


「……ローリー嬢。残念ながら、私は明日には王都に戻らなければなりません。あなたとお会いできると知っていたら、もう少し長くいる予定にしたのですが」


 ダントンは微かに笑った。


「父は王宮騎士団長なのです。私も騎士団に勤めていますが、なかなか、休みの取れない勤務でして」

「ご立派なお仕事だと思いますわ」


 オーロラも微笑んだ。


「また、この会に参加されますか? またお会いできると嬉しいです」

「はい。参加しようと思っています」


「それはよかった」


 ダントンは言った。


「私には妹がいまして。セイディと言います。彼女ももしかしたら、参加したがるかもしれませんね。ローリー嬢」


 ダントンはそっとオーロラに触れる指先に力を込めた。

 周囲を軽くうかがい、声を落とす。


「どうぞ、周辺に気をつけてください。安全に過ごされますように。もっとも、あの従者がついていれば———大概は安心だと思います」


「え……」


「彼は騎士でしょう。ローリー嬢、彼の言うことはちゃんと聞いてくださいね」


 最後、くすりと笑って、ダントンは立ち上がった。

 別れ際にオーロラの手にキスをする。


「お会いできて光栄でした、ローリー嬢」


 ダントンはゆっくりと会場を横切り、退出していったのだった。


 会場では、本日のお茶会の参加者達が、それぞれ別れの挨拶を交わしていた。

 主催者であるグロリアの前には、長い列ができている。

 オーロラもまた、その列に並んだ。


 グロリアとの挨拶が済むと、参加者達はそれぞれに帰宅の途につく。


 そんな時に、数人の令嬢達が小走りにオーロラのもとにやって来た。


「ローリー嬢!」


 小柄な令嬢が声をかけてきた。


「今日はご一緒できて嬉しゅうございましたわ。わたくし、パーシー子爵家のシルヴィと申します。またどこかでご一緒できるかと思いますが———実は、ご連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか? もしよければ、お手紙でのやりとりなどをさせていただいても……?」


「あ! わたくしも同じことを思っておりましたのよ? わたくし、ハミルトン伯爵家のメーガンと申します。……ええと。今日出会った男性についてご相談したいこともありますし、お手紙で情報交換などをさせていただけたら嬉しいですわ」


「ローリー嬢、わたくしも仲間に入れてくださいませ? スミス商会のセレーナと申します。商家ですし、社交界にはなかなかお友達と呼べる方がいないのです。婚約者を探している同士、いろいろお話しできたら嬉しいですわ」


「ええ! さようでございますわ。婚約者候補を決めるのは簡単にはいきませんが、女性同士の連帯で、難局を乗り切りましょう!」


 令嬢達は楽しそうに盛り上がっていた。

 意外な展開に、オーロラは目を丸くする。


(それって、お友達になりましょう、ということよね?)


 オーロラは嬉しかった。

 今まで、こんなに気軽に令嬢達から声をかけてもらったことなどなかった。


「もちろんですわ。わたくしもお便りいたしますね? ええと、わたくしは伯父の辺境伯閣下のもとでお世話になっておりますので、デルマス辺境伯領のロシュグリー城宛に送ってくださいませ」


「わかりました。お手紙、書きますわね」

「楽しみにしております」

「ぜひまたお会いいたしましょう」


 令嬢達はそうしてお互いに手を振り合いながら別れた。


「……王都とは、王立学園の令嬢達とはまったく違うわ。女性同士はライバルだからと意地悪されるかもと思ったのに」


 オーロラが思わず呟くと、アスランがやってきて声をかけた。


「ローリーお嬢様、お茶会は楽しかったですか?」


 オーロラはにっこりと笑って言った。


「ええ。とっても、楽しかったです!」


 それは、心からの笑みだった。


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