第44話 初めての婚活お茶会(3)
「まあ! ローリーお嬢様、素敵ですわ!」
「本当に! 清楚で上品で。とてもお似合いです!!」
ここはシリュー侯爵家の屋敷。
オーロラに用意された客室の中から聞こえる歓声に、アスランははっとしてドアにぴたりと張り付いた。
しかし重厚なドアは遮音も素晴らしく、急に小声になった女性達の会話は、一切聞こえなかった。
(くっ……! 無念。たとえ従者でも、さすがにお嬢様の着替え中は部屋には入れない。もっとも、スチュワートくらい年をとっていて面の皮が厚ければ、平気なんだろうが)
アスランはいらっとしたついでに、スチュワート本人が聞いたら「ちょっと!」と怒り出しそうなことを考えた。
お茶会当日。
朝食を済ませたオーロラは侍女のエマに拉致された。
アスランはオーロラの部屋から締め出されたので詳細はわからないが、あれこれ顔や体のお手入れがあるらしい。
さすがにアスランでも女性の身支度に時間がかかることは承知している。
しかし、日頃はフットワークも軽く、「ラン君、お散歩に行きましょう!」と気軽に声をかけてくるオーロラに、ついついそんなことも忘れてしまっていた。
(そういえば、エマが後から「お嬢様、お靴が!」「日除けの傘をお持ちくださいませ!」なんて叫んでいるな)
しかし、アスランの苦悩は長く続かなかった。
不意にドアが開くと、エマが出てきたのだ。
「ランさん、お願いがあるのですが、グロリア様に昨日お願いしたお花を受け取りに行ってくださいませんか? 庭師の方がお庭で摘んで、玄関に置いておいてくださることになっています」
「わかった」
何にしろ、用事があることはありがたい。
アスランにとってじっと黙って待っていることほど苦痛なことはなかった。
アスランは大喜びで屋敷の玄関へと向かった。
***
「まあ……なんておきれいな方でしょう!」
「どちらのご令嬢ですの?」
「今までお見かけしたことがありませんわ……あんな美しい方を見逃すなんて、ありえないくらいですけれど」
シリュー侯爵邸での婚活お茶会。
会場には、一階にある庭に面した大きなサロンが用意されていた。
オーロラが従者役のアスランを連れてお茶会会場に入ると、一斉に令嬢達が振り返って、ざわめき始めた。
一方、男性達は不躾にならないように節度を守りつつも、明らかに興味津々の様子でオーロラに視線を注いでいる。
そんな値踏みの視線にオーロラはたじろぎ、ちらりとアスランを見た。
(今までは注目されることなんてなかったから、そもそも値踏みの対象ですらなかったわ。こんなにあからさまなものなのね)
「ローリーお嬢様」
アスランは優しく声をかけると、オーロラの前に立って、一瞬、人々の視線からオーロラをさえぎった。
「……大丈夫です。どこにも、文句のつけようはありませんからね。お嬢様は素晴らしいです」
そう言って、そっとオーロラの肩に飾られた白い花の位置を微調整した。
今朝、エマに言われて取りに行った花だ。
その花がオーロラのドレスを飾るものだとは知らなかったアスランである。
(本当に俺も無骨な男だ)
アスランは苦笑すると、わざと気軽にぽんぽんとオーロラの腕をたたいた。
「私も従者デビューですから、緊張しますね! お互い頑張りましょう。意地悪なご令嬢にからまれた時には、お嬢様が助けてくださいね?」
「まあ」
アスランの言葉を聞いて、オーロラは笑い出した。
最近、オーロラは、こんなふうによく笑うようになった。
口角を上げるだけの社交的な笑みではなく、目も細め、ほおも赤くなるような、本当の笑みだ。
それが何よりアスランにとっては、嬉しかった。
オーロラはうなづいて、一歩足を進める。
オーロラのほっそりとした体に流れるような白一色のドレスがひるがえった。
そんな様子に、また令嬢達から「ほうっ」というため息にも似た声がもれた。
ハイウエストのシンプルなドレスは、初夏の休日や、気持ちのいい田舎の風景を思い起こさせる。
過剰な装飾もなく、ピンクとブルーの小さなお花の刺繍と、肩に飾った白の生花がオーロラを飾る。
華やかな色合いで、どっしりと膨らんだドレスの令嬢達の中にあって、一種清廉なオーロラの美しさが際立った。
背が高く、ボリュームを出してまとめたブルネットの髪も重くなりすぎていない。
そしてオーロラのスクエアに開いた胸もとで温かな光をたたえているのは———。
「そのカメオ、素敵です」
オーロラはアスランを振り返って、微笑んだ。
そう、オーロラの胸もとにかけられているのは、アデルからの贈り物。
淡いピンクのオーバル型に、繊細に女性の横顔が掘り込まれているカメオだった。
女性の横顔は、ピンクからブルー、グリーンと色合いが変化する、オパールが素材として使われていた。
『これは特注品よ。あなたのお母様の肖像を元に彫らせたの。素材はね、オーロラ色になるように、オパールを選びました』
『!!』
思いもかけなかったアデルからの贈り物は、オーロラの心を打った。
自分の名前にちなんだ宝石に、母の肖像が彫り込まれたものだ。
母娘の特別な絆を象徴しているかのようで、見た瞬間から、オーロラの宝物になった。
オーロラは自然にうれしげな笑顔になると言った。
「ありがとう、ラン君」
そう言ったオーロラの声に、力強さが戻っていた。
視線を投げかけてくる男性達には軽く会釈をし、オーロラは奥のテーブルに集まっておしゃべりに興じている令嬢達に視線を定めた。
お茶会といえば、令嬢達が主役である。
彼女達は驚くほどの情報通だ。
話をするなら、まず、令嬢達から。
(お母様がついていてくださる)
たおやかに口角を上げると、オーロラは堂々と、そして優雅に歩き始めた。
***
「こんにちは。ご一緒してもよろしいですか?」
オーロラが声をかけると、令嬢達は一斉におしゃべりを止めた。
しかし、すぐに丸顔の令嬢がにっこりと笑って、「もちろんです! どうぞお座りください」と言いながら、席を詰めてくれる。
他の令嬢達もうなづき、オーロラに席を勧めた。
オーロラが一人ひとりに声をかけて椅子を動かさなければ、席を動こうとしなかった、王女のお茶会での令嬢達を思い出すと、オーロラにとっては衝撃でさえある。
「ありがとう」
内心の衝撃を隠して、軽やかにお礼を言ってオーロラが座ると、令嬢達は自己紹介を始めた。
令嬢達は全員で六人。
近隣の領地から来ている令嬢がほとんどだったが、一人だけ、裕福な商家の令嬢がおり、彼女は王都からわざわざ来たと言った。
「王都ではなかなかお相手は探せませんわ。皆さん、やはりお家柄の釣り合いを一番に考える方が多くて。その点、グロリア様の会はもっと柔軟な考えの方も多く、王都からでも参加の価値はありますわ」
他の令嬢達もうなづく。
「まじめな方が多いですわよね?」
「ええ。真剣にお相手を探している方が多いと感じます。ローリー嬢もきっとよい出会いに恵まれると思いますわ。何度か続けて参加されると、顔見知りの方も増えて、お話がしやすくなるますわよ」
オーロラはうなづいた。
令嬢達は参加している男性を柔軟な考えの方、と評したが、彼女達自身も王立学園の令嬢達と比べてオープンな印象を受けた。
「家同士の取り決めによる政略結婚も、そろそろ難しくなったのではないかしら」
一人の令嬢が言った。
「ええ。別居したり、結局離婚する方もいますしね。家同士の契約だからとお相手の好き勝手を我慢しても、結局立ちゆかなることもある、ということですわね」
オーロラは令嬢達の率直な会話に耳を傾けていた。
その時だった。
「あ。グロリア様がお越しになりましたわ」
令嬢達は立ち上がった。
男性達も入り口に移動している。
「皆様、ようこそお越しくださいました」
グロリアの本日の装いは、青。
光沢のある青いドレスを堂々と着こなし、グロリアは微笑んだ。
グロリアに続いて、甥であるダントンも入ってくる。
「まあ、ダントン様よ」
「本日も素敵ね」
令嬢達の間から、小さな歓声が上がる。
(まあ。やはりダントン様はとても注目の的なのね)
オーロラは納得する。
「さあ、皆様、どうぞこちらのテーブルにいらしてください。お席は決められたお席へどうぞ。ダントン、皆さんをご案内して」
「はい」
ダントンは令嬢達を一人ずつ、決められた席に案内する。
「ローリー嬢」
最後に、ダントンはオーロラに手を差し出した。
「こちらにどうぞ」
テーブルの両端には、グロリアとダントンが座り、女性達は席をひとつ開けて座った。
開いている席に男性が座り、『婚活お茶会』はスタートした。
***
「まず、お一人ずつ自己紹介をしましょう。それから、お隣の人とお話ください。十分経ったら合図をしますので、男性は席をひとつ移動してくださいね。女性はそのままで結構です。次の男性が移動してきますから、その方とまた十分間の会話をお楽しみください」
オーロラは目を丸くした。
(すごいわ。時間は短く決められているけれど、全員とお話する機会が作られているのね。よくできているわ)
「全員とお話をした後は、自由に歓談できるお時間を用意していますので、気になる方とは、そこでじっくりとお話ください。それでは、どうぞ」
ダントンとオーロラの席はテーブルの角を挟んで隣だったが、彼は移動しないようだった。
代わりにオーロラの向かいに座った男性が、にこやかに話しかけてきた。
オーロラが周囲を見ると、皆、慣れているのか、気軽に話し始めている。
オーロラは覚悟を決めた。
(『真実の愛』を見つけると決意したわ。よし、頑張りましょう!)
オーロラもまっすぐに男性を見た。
きゅっとオーロラの口角が上がる。
男性の顔が赤くなった。
オーロラはまっすぐに男性を見つめて微笑んだ。
「初めまして。ローリーと申します。お会いできて光栄です」




