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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第3章 ローリーお嬢様の婚活
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第43話 初めての婚活お茶会(2)

「婚活お茶会は、そもそもわたくしの甥っ子のために始めたのがきっかけなんですけど、お相手探しに悩む貴族の方は多いのです。試しに我が家で何度か独身の男女をお招きしてお茶会を開いたら、いつの間にか、内うちにお声がかかることが多くなりましてね。あちこちのお宅で会を開くことになったんですよ」


 夕食は普段、家族が使っているというこじんまりとした食堂に用意された。


 この屋敷の女主人であるグロリアはくつろいだ雰囲気の中で、『婚活お茶会』のきっかけについて話し始めた。


 客人を迎える、フォーマルな大食堂ではなく、家族用の食堂とはいえ、そこは由緒正しいシリュー侯爵家。


 領地の景色を描いた絵が飾られている食堂の中央には、大きな長いテーブルが、存在感たっぷりに置かれていた。


 古い傷も付いているが、その傷ごと磨き抜かれ、歴史を感じさせるものだ。

 テーブルの上には、つやつやに磨き上げられた銀の燭台がいくつも飾られていた。


 テーブルに着いているのは、グロリアのみ。

 オーロラはグロリアの向かいに用意されている席に着き、アスランはオーロラの後ろに少し距離を開けて立った。


 女主人のグロリアは夕食のために着替えを済ませ、昼間の乗馬服からは打って変わって、あざやかなアイリス色のドレスを身にまとっていた。


 開いた胸もとには、白い真珠のチョーカーがかけられている。


(まあ。グロリア様、素敵なドレス姿だわ。貫禄を感じさせる、大人の貴婦人のドレスね)


 オーロラはうっとりとグロリアを見つめる。

 しかし、セイディと同じ黒髪の短髪のせいか、見れば見るほど、あの事件以来会っていないセイディのことを思い出してしまう。


(せめてお手紙を出したいと思ったけれど———)


 オーロラは視線を下げた。


(わたくしは身を隠している最中。今、連絡を取ることはできないわ)


 グロリアは食前酒のワインをオーロラに勧め、自身もさっそく口にした。


「ローリーさん。ただ、最初にこれだけはお伝えしておかなければと思うことがあります。率直に申し上げても構いませんか?」


「はい。グロリア様、もちろんですわ」


 グロリアの言葉に、オーロラはうなづいた。


「明日のお茶会で会う殿方は、けして世間的な意味での優良株だけではないことを、先に申し上げておきます。年齢もさまざま。年配の方は、わたくしくらいのお年の方もいますの。離婚経験者もいますし。まあ、いい方がいたら、わたくしの方が乗り気になってしまうかもしれませんけどね」


 グロリアはそう言って笑った。


「あ、平民の方もいますよ。学者の方であったり、商会を持って活躍されている方ですとか。いろいろな出会いは保証いたしましょう。伴侶探しに大切なのは、どう選ぶか、なのです。わかりますでしょうか———」


 グロリアはじっとオーロラを見つめた。


「夢を壊すのもなんですけれど、完璧なお相手なんて、存在しないのです。お相手に条件を求めるのは、悪いことではありませんわ。そうでなければ、自分と合いそうな方を選ぶことはできませんもの。でも、条件とはつまり、どう妥協するか、ということでもあるのです。何を優先して、何を妥協できるか。そうでもしなければ、お相手は探せません。うちの甥っ子がいい例です。そう聞いたら本人は怒るでしょうが———」


 グロリアはワイングラスをテーブルに戻すと、あごの下で手を組んだ。


「甥っ子はいい子なんですけど、条件が難しくて、おかげでいまだにお相手を見つけられていないの。実は気になるお嬢さんがいたんですけどね、その方はごく若い時に婚約されてしまって。いまだに気になっているみたいですけど、まあ、どうするつもりなのやら。ともかく。あの子の言う条件どおりのお嬢さんなんてこの世界に存在しないのは、自信を持って言えますわ。あなたも明日あの子に会ったら、後でこっそりとご感想を教えてちょうだいね」


 グロリアの甥っ子———つまり、セイディの兄であるダントンのことだ。

 ダントンはシリュー侯爵家の跡取りのはず。

 

(グロリア様、口ではあれこれおっしゃっているけれど、そもそもこの婚活お茶会の始まりはダントン様のためでもあるわけだし、とても気にかけていらっしゃるのがよくわかるわ)


 ダントン様は、どんな方かしら。

 グロリア様やセイディとよく似ていたりするのかしら……。

 オーロラがそんなことを考えていた時だった。


 ドアが開いて、ワゴンに載せた料理が食堂に運ばれてきた。

 おいしそうな匂いが漂い、オーロラとアスランは思わず顔を見合わせた。


(そういえば、お腹がかなり空いているわ)


 オーロラが思わず心の中でアスランに話しかけると、アスランはかなり正確にその言葉を読み取ったらしかった。


 おいしそうな匂いが漂うワゴンを見やって、アスランがオーロラににっこりと笑いかけた。


(よかった。たくさん召し上がれますね)


 オーロラもアスランの言葉を読み取って、思わず顔を赤らめる。


(あらやだ。いつの間にか、わたくしは食いしん坊になってしまったみたい)


 ワゴンを押してきた屋敷の執事が、銀のプレートに載った子羊のもも肉のローストを薄く切って、皿に盛り付ける。


「あら。おいしそうね。わたくし、子羊のもも肉は大好きなのよ。そうね、もう一枚足してちょうだい。ローリーさん、三枚は召し上がるでしょう?」


「え!? あ、まずは二枚でお願いします。食べきれたら後でまたいただきますわ」


「あら。じゃあ、そっちの厚めのを付けてあげてちょうだい。付け合わせもたっぷりとね。じゃがいもとインゲンですのよ。羊にはこれが一番合うの」


 グロリアがてきぱきと指示して、オーロラの前には、山盛りのお皿が置かれた。

 ほかほかと湯気が立っている。


(まあ。ご馳走だわ。頑張って食べましょう)


 オーロラはナイフとフォークを持つ手に気合を込める。

 そんな様子を笑いをこらえながら見ていたグロリアがふと思い出して言った。


「ああそうだわ。アデルにもお手紙を書きますので、一緒に持って帰ってくださいね。久しぶりにアデルにも会いたいから、辺境伯領でもお茶会ができないか、お願いしてみるつもりなのよ。あなたも地元での会があると出席しやすいでしょう? それに、アデルもあなたのお相手候補を直接見たいと思うでしょうからね」


 オーロラはうなづいた。


「素敵なお申し出ですわ。ありがとうございます」


 その時だった。

 食堂のドアがかちゃりと開いて、黒髪の青年が顔をのぞかせた。


「やあ、これはいい匂いですね。ちょうどいい時間に着いた」

「ダントン!?」


 グロリアは驚いたように、濃紺と金の騎士服を着て、さっそうと入ってきた青年を見上げた。


「伯母様、お久しぶりです。王都から大急ぎで駆けつけましたよ」


 青年は体をかがめて、グロリアの頬にキスをする。


「まあ、ダントン。驚くじゃないの。到着は明日かと思っていましたよ」

「伯母様に早く会いたくて。それに、久しぶりに屋敷でゆっくりしたいしね。……あれ?」


 そこで青年は、ようやく食堂にグロリア以外にも人がいることに気がついた。


「伯母様、お客様でしたか。失礼しました。こちらのお嬢さんは———」


 グロリアはため息をついた。


「ローリーさん、ごめんなさいね。このそそっかしいのがわたくしの甥のダントン。シリュー侯爵家の跡取りです。今は王宮騎士団に務めているわ。ダントン、こちらはローリー嬢。デルマス辺境伯ご夫妻が今お世話をしているご令嬢よ。ルドルフの遠縁のお嬢さんですって」


 ダントンはぐるっとテーブルを回ってオーロラの元に来ると、うやうやしくオーロラの右手を取って、手の甲にキスをした。


「大変失礼いたしました。ローリー嬢。私はダントンと申します」

「ダントン様。お会いできて光栄です」


 オーロラは落ち着いて挨拶を返した。

 その様子に、ダントンは満足そうに微笑んだ。


 セイディの兄。


 黒髪に明るい茶色の瞳。

 ちょっと小柄なところまで、セイディとよく似ていた。


(セイディ……あなたのお兄さん)


 執事がいそいそとオーロラの隣にダントンの席を作る。

 ダントンは椅子に座ると、失礼にならない範囲で、じっとオーロラの顔を見つめた。


「ローリー嬢。今まで社交界でお会いしたことはありませんね。驚きました。こんな素敵なお嬢さんがいらしたとは」


 ダントンの言葉に、オーロラの背後にいるアスランがピキ、と凍ったのをオーロラは感じて思わず苦笑してしまう。


(ラン君、社交辞令よ。わかっているでしょう?)


 オーロラがアスランを見上げると、アスランは恥ずかしげに顔を背けてしまった。


「失礼ですが、お年は? 私には妹がいまして。十八歳なんです。もしかしたら、王立学園で一緒だったかと」


「ええ。妹さんとは同い年ですわ。でも、わたくしはずっと地方で育ちまして。王立学園には通いませんでしたの」


「そうでしたか」


 セイディの話が出たところで、グロリアがダントンに声をかけた。


「ダントン、セイディといえば、あの子はどうしているの? 一緒に連れてきてもよかったのに。学園ももう卒業したのでしょう?」


「ええ。でも、セイディは王都を離れたくない、と言っていて」


 ダントンは困ったように言った。


「王都にいれば、何か———情報が入るかもしれないと考えているんです」


 その言葉に、オーロラははっとした。

 一方、グロリアは納得したようにうなづく。


「例の建国祭の件ね。わたくしは用事があって王都に行かなかったけれど、行けばよかったわ。セイディはあのご令嬢と仲がよかったのでしょう? どんなに落胆しているでしょう。そばに付いていてやればよかったと何度も後悔したわ」


「ええ———あれ以来、セイディはすっかり気落ちしてしまった。それも当然なんです。アレックス王子の婚約者だった令嬢は、婚約破棄、国外追放を言い渡されたあの夜会以来、行方不明なのです。何か事件に巻き込まれていなければいいのですが———」


 オーロラは目を伏せ、テーブルの下で両手を固く握りしめた。

 一方、グロリアはダントンに深くうなづく。


「未婚の令嬢、しかも幼い頃から王子の婚約者だった令嬢でしょう。あんな仕打ちは許されるものではありません。しかも、父君のフォレスティ伯爵は、王宮騎士団の一員ではありませんか?」


 ダントンの声は硬かった。


「王宮騎士団の騎士達は、怒りに燃えています。仲間の騎士の一人娘ですからね。独自にオーロラ嬢の行方を探していますが、たとえ見つかっても、王家には知らせないでしょう」


 オーロラは思わず顔を上げた。


「優先されるべきは、オーロラ嬢の身の安全です。国外追放などにはさせません」


「あ……」


 オーロラは思わず両手で口もとを覆った。

 すると、オーロラの顔色が悪いのに、グロリアとダントンが気がついた。


「ローリー嬢。これは失礼いたしました。食事時にこんな話題を。伯母上、この話はここまでにしましょう」


「そうだったわ。ごめんなさいね、ローリーさん。さあ、冷めないうちにお食事をいただきましょう」


 そっとアスランがオーロラの背後に立った。

 水の入ったグラスを置いてくれる。


「お嬢様、どうぞ。落ち着きます」


 オーロラは感謝を込めて見上げた。


「ありがとう」


 オーロラはありがたく水を半分ほど飲み、再びナイフとフォークを手にすると、グロリアご自慢の子羊のもも肉にナイフを入れた。


 それからは社交的な会話で夕食は進み、オーロラは食後、挨拶をして部屋に引き取ることにした。


「ローリー嬢」


 アスランを伴って廊下を歩いていたオーロラに、ダントンが声をかけた。


「ダントン様?」


 オーロラが振り返ると、ダントンはオーロラの前にきちんと立ち、体を屈めて、オーロラの手の甲にキスをした。


「本日はお会いできて、とても嬉しかったです。明日はお茶会でお会いできるのを楽しみにしています」


 ふたたび、すっと体を伸ばしてダントンが言う。


「しばらく滞在されるのでしょう?」


 オーロラは振り返ってアスランを見た。

 しかし、アスランは困ったように微笑むだけで、何も言わない。


「……明日はまたお世話になります。その後は———辺境で伯父上と伯母上が待っておりますので」


 ダントンはじっとオーロラを見つめた。


「ローリー嬢の瞳の色は、とても薄いのですね……緑……いや、薄い青、でしょうか」


 オーロラははっとした。

 さりげなくダントンから視線を外す。


「お話が楽しくて、すっかり遅くなってしまいました。わたくしも、明日お会いできるのを楽しみにしています。それでは……おやすみなさいませ」


 オーロラは腰を落として、完璧なカーテシーを見せると、口角をきゅっと上げた。

 そしてそのまま廊下を歩いて行く。


 用意された部屋に入った時には、思わず安堵のため息がもれた。


「お嬢様、ダントン様の妹さん……セイディ嬢とは仲がよいのですか?」


 アスランがたずねる。


「ええ。子どもの頃から知っているわ。シリュー侯爵は王宮騎士団長だから、子ども同士顔見知りだったの」


「ダントン様もオーロラ嬢のことをご存知で?」


 オーロラはうーん、と首をひねった。


「それがね。そこまで覚えていないの。何度か顔を合わせたとは思うけれど。一緒に遊んだとか、そういうことはないと思うわ。でももちろんセイディのお兄さんだから、気づかないところでご一緒したこともあったのかもしれない。とはいえ、セイディは子どもの頃は病弱で、領地で静養していたのよ。だから、王都で遊んだ時期は短いわ。ダントン様ともそうそうお会いしたとも思えないのだけど。でも、どうして?」


 オーロラがこてりと頭をかしげた。

 その様子に、アスランはあわてた。


「い、いえ。オーロラ嬢の容貌を覚えている様子だったので、ちょっと気になって」


 オーロラはうなづいた。


「そうね。わたくしもそれは思ったわ。明日は念入りにお化粧をするように、エマにお願いしなくちゃ」


 アスランは、心の中で「そういうことではないんだけど」と思ったが、黙っていた。


 明日はいよいよお茶会。

 ダントンだけでなく、他にも多くの男達が『ローリー嬢』に寄ってくるだろう。


(よしっ……! オーロラ嬢をしっかりと守るぞ!!)


 アスランは、改めて気を引き締めたのだった。


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