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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第3章 ローリーお嬢様の婚活

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第41話 辺境伯夫人のお嬢様教育(4)

「夜会でのダンスを練習しましょう」


 アデルがオーロラとアスランを連れてきたのは、城の四階にある海を見渡す広々としたバルコニーだった。


「わぁ……きれい!」


 思わずオーロラが声を上げる。


 すでに外は夕暮れが始まっていた。


 海は深い青に沈み、遠くの水平線にはオレンジ色をした太陽が沈もうとしていた。

 太陽はこの日最後の光を投げかけ、周囲の空を明るく染め上げている。

 一方、その間にも刻々と夜空が広がり、太陽の代わりに、たくさんの星々が空に輝き始めていた。


「ローリー嬢、どうぞお手を」


 アスランがオーロラに手を差し出した。


 室内からは美しいハープの音色が聞こえている。

 海からの絶え間ない波の音が重なり、豪華な音楽となって響いていた。

 オーロラはバルコニーに吊り下げられた無数のランタンの下に立っている。


 アデルはエマとモリソン夫人を連れて、いつの間にか姿を消していた。


「ラン君」


 オーロラがそっとアスランに手を預けた。

 オーロラとアスランの視線が近づいた。

 お互いの顔が、触れ合えるくらいに、近い。


 アスランがこほん、と横を向いて軽く咳をした。


「……今日は疲れたでしょう? いろいろあなたを困らせるようなことをして、すみませんでした」


「いえ、こちらこそ。顔をはたいてしまって、ごめんなさい」


 二人は顔を見合わせて、笑った。

 もちろん、元凶はアデルである。

 彼女が無茶な指示をするので、アスランはそれに振り回されて大変なことになったのだ。


「大変な一日でしたね? 最後くらいは、ゆっくりとダンスを楽しみませんか? ローリー嬢は、ダンスはお好きですか?」


 アスランの質問に、オーロラは顔を輝かせた。


「実はわたくし、ダンスは大好きなんです! お父様も、わたくしのダンスはなかなかのものだとおっしゃって。でも———」


 オーロラの顔が曇った。

 アスランはじっとオーロラの言葉を待った。


「でもわたくし、一度も夜会でダンスを踊ったことは、ないんですの」


 小さな声だった。


 オーロラの婚約者だったアレックス王子は、人前でオーロラを婚約者として扱うことを嫌っていた。


 夜会などに出席する際も、オーロラは放っておいて、別な令嬢と一緒にダンスを踊る。


 オーロラはアレックス王子とダンスを踊ったこともなかったのか———。

 アスランは心がひどく痛むのを感じた。


「ならば———『ラン君』は幸せな男ですね。こうして、ローリーお嬢様の初めてのダンスをご一緒できるわけですから」


 室内から聞こえてくる音楽の曲調が変わり、新しいメロディが始まった。


 アスランは後ろに一歩足を引き、オーロラを抱き寄せて、ダンスを踊り始めた。


***



「まあ、素敵ねえ〜。絵になるわ」

「ローリー嬢は、ダンスが上手いな。実に楽しそうに踊っている」


 アデルの言葉に、ルドルフも同意した。

 アデルは貴婦人には珍しい、にやにや笑いで窓の外を眺めた。


「ふふふふふ。二人とも、あのバルコニーが大食堂から丸見えだってことに、まだ気がついていないみたいねぇ」


 そう、バルコニーの続きには大食堂があり、今日も大勢集まった騎士達や城の使用人達が、初々しく踊るローリーお嬢様と従者のラン君を見つめていたのだった。


 夜の月明かりと無数に飾られたランタンの明かりの下、二人きりでダンスを踊るうら若きお嬢様と従者。

 手を取り合って、ゆっくりと円を描くように踊り、オーロラがターンをする。

 二人向き合っている時も、二人の間には微妙な空間が開いていて、そこがアデルをにやにやさせてしまっているようだ。


「奥様、お疲れ様でした。あの二人はどうでしたか?」


 家令のワトソンがこっそりとアデルに尋ねる。


「一生懸命やっていたわよ。本当、可愛い二人よねえ」


 アデルは目を細めた。


「真面目なのよねえ。ちょっと察しのいい子達なら、ふざけないでください! って怒り出してもおかしくないのに。無茶な指示にも一生懸命やろうとするのよ? 顔を真っ赤にしながら。もう、笑いをこらえるのが大変だったんだから」


「ラン君のエスコートぶりはずいぶんしっかりしてきたようだな」


 ルドルフがうなづく。


「私も途中で見に行けばよかった」


 オーロラとアスランは踊り終えて、アスランがオーロラをバルコニーのベンチに誘導している。


「オーロ、いやローリー嬢は本当に可愛いな。若い娘はたいてい私のことは怖がるものだが。あの娘はしっかりとしている。……養女にでもできればなあ」


「まあ」


 アデルがルドルフの肩をぽんぽんと叩いた。


「ダーリン、お気持ちはわかりますわ。わたくし達には娘がいませんものね? やんちゃな坊ちゃんはいますけど。とはいえ、ローリーちゃんのお父様は本当に娘を愛していますわ。残念ながら養女は難しいでしょう」


「旦那様、若いご令嬢にとって、父親だけでなく、後ろ盾となる男性の存在は心強いものですよ? ローリーお嬢様の後見人となれるように、お世話をして差し上げればいいのでは?」


 執事のスチュワートが柔らかな口調で言った。

 家令のワトソンもうなづく。


「本当に。ああしているご様子を見るに、今まであの方がされてきたご苦労が信じられません」


 アデルとルドルフの視線が合った。


「そうなのよ。しっかりと、お返しをしなければね。わたくし、忘れてはおりませんことよ?」


 騎士達の歓声が上がった。


 アスランに手を取られて大食堂に入ってきたオーロラは、真っ赤になっていた。


「ラン君、まさか、わたくし達のダンス、中から丸見えだったのでは!?」


 アスランもぴたりと足を止めた。

 騎士達の中に、見知った顔もたくさん見える。

 レオナルドがアスランを見て、グッと親指を上げた。


「ローリーお嬢様。恥じらう必要はございません。お嬢様のダンスは、見る者を圧倒させるほどに、完璧でございました!!」


 アスランが叫び、オーロラはもう、これ以上赤くなれないくらいに顔を赤くして、ぺこりと頭を下げた。


「皆様、ご容赦くださいませ。わたくし、恥ずかしい……」


 そんなオーロラの可憐な様子に、騎士達が歓声を上げ、笑ったり、口笛を吹いたり。

 また大騒ぎになったのは、当然のことだった。


***



 オーロラがデルマス辺境領に来て十日ほどが経った。


 最初は不思議に思えた、朝、窓の外から聞こえる波の音で目が覚める暮らし。

 今ではすっかりと慣れて、毎日、窓から海を眺めるのが楽しみになっていた。


 ロシュグリー城は過ごしやすく、城内にも慣れ、城で暮らす人々の顔も見慣れてきた。


 オーロラは、王都での暮らしがかすんでくるほど、辺境での暮らしを楽しんでいた。


 今朝は、いつものように部屋で朝食を取った後、リビングルームのソファで、アデルに渡された一冊の本を読み始めた。


 この日は領地で仕事が忙しいということで、アデルの個人教授はなし。

 その代わりに渡された本だったのだが———。


「ローリーお嬢様、顔が真っ赤になっていますが、大丈夫ですか?」


 オーロラに食後のお茶を運んで来ながら、侍女のエマが心配げに声をかけた。


「そのご本は、奥様が用意されたものですね。たしか———あっ!」


 本のタイトルが目に入ったエマも、顔を赤くした。

 その本は、『令嬢教育最終章・嫁ぐ前にこれだけは知っておきたい、夜の必読書。貴族の閨教育はお伽噺。かつてないほど具体的な本書は、令嬢必見の実用書』。


「これもね、シンプソン夫人の著書なのよ。びっくりしたけど———ラン君にはこれを読んでいるところは見られたくないから、彼が戻ってきたら教えてちょうだいね」


「はい、お嬢様。でもあの……大丈夫ですか? お一人でこんな本をお読みになって。私の母を呼んできましょうか? 後で何か質問なさりたいと思うかもしれませんし」


 オーロラはちょっと考えたが、「大丈夫よ」と言った。


「質問も何も、まず一通り読んでみなくては。そこからなのよ」


 そしてオーロラが再び本を開いた時だった。


「ローリーお嬢様、失礼いたします。あ、エマもちょうどよかった」


 せかせかと当のアスランが部屋に戻ってきてしまった。

 オーロラはあわてて、読んでいた本をソファのクッション下に押し込んだ。


「ラン君、どうかしましたか? 急いでいるようですけど」

「はい。実はお嬢様のご注文品が届きまして、今、騎士達も手伝って運び込んでいるところです。ワトソンとスチュワートだけだと腰を痛めそうですからね」


 当人達が聞いたら怒りそうなことをさらっと言うと、アスランは部屋の中をぐるっと見回した。


「とりあえずここに運んで、それから手分けして衣装部屋に収納しましょうか」

「そうですね。まず注文通りに仕上がっているか、確認もしないといけませんからね」


 エマも立ち上がって、テーブルの上を片付けたりし始めた。


 オーロラはその隙にと、そっとクッションの下に隠した本を持って、寝室へ入った。

 急いで本を枕の下に突っ込む。


(危なかったわ。これでひとまず安心)


 そうほっとした時だった。


「ローリーお嬢様、失礼いたします! お荷物をお運びいたしました!!」


 若手の騎士達がどやどやと荷物を抱えてやって来て、オーロラの部屋は大騒ぎになったのだった。


***



「まぁ〜、それは大忙しだったわね」


 お昼ご飯を一緒に食べよう、というアデルの誘いで、オーロラはアスランとエマを連れて、アデルの部屋を訪れていた。


「わたくしも仕上がりが見たいから、この後、お部屋にお邪魔するわ。衣装部屋に収める前に確認が必要でしょう?」


「お忙しいのにありがとうございます」

「いいのよ。それにね、ほらこれ」


 アデルが上質な封筒をすっとオーロラに差し出した。


「じゃ〜ん! ローリーお嬢様、ついにお茶会デビューですわよ」

「!!」


 オーロラは慌てて封筒を見た。

 差出人は、グロリア・シリュー侯爵令嬢とある。


「グロリア……シリュー侯爵令嬢……?」


 オーロラは首を傾げる。

 シリュー侯爵家は、もちろん覚えがある。


 シリュー侯爵は王宮騎士団団長で、父の上司だ。

 そして、シリュー侯爵は、懐かしい黒髪のセイディの父親。


「グロリアはわたくしの古いお友達の一人でね。歳は同じくらいなんですけど、独身なの。だから、今でも侯爵令嬢。シリュー侯爵は早くに夫人を亡くされているので、姉として侯爵家を守ってきた人なのよ。セイディちゃんとダントン君を育てたのも、グロリアなのよ」


「セイディ……?」

「ええ。セイディの伯母さん、になるわね」

「あ!」


「シリュー侯爵家の領地は近くてね。グロリアは社交的な人だから、領地でもいろいろ会を催すのよ。年頃の姪と甥もいますしね、いいお相手を見つけるという目的もあるみたいよ。だから、ローリーちゃん」


 アデルはぴし! と扇をオーロラに向けた。


「ラン君を連れて、シリュー侯爵家の婚活お茶会に、行ってらっしゃいな」

「!!!」


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