第37話 皆で一緒に夕食を
「ダーリン、ローリーちゃんが来ましたよ」
「え?」
ほがらかにデルマス辺境伯ルドルフに話しかけるのは、夫人であるアデルだ。
金髪を豊かに結い上げ、柔らかな青い瞳を細めて言う。
「まあ〜、しばらく見ない間に、大きくなったこと!」
「おい、アデル。ローリーって?」
大食堂のドアから現れたのは、若い男性従者を従えた、一人の令嬢だった。
食事をしていた人々が一斉に振り返り、令嬢に視線を注いだ。
艶やかなブルネットの巻き毛。
整った顔立ちに、グリーン系のアイカラーを施した淡い色の瞳が神秘的だ。
口角の上がった淡い赤の唇がちょっと勝ち気そうな印象に見える。
バーガンディ色のドレスは胸もとが四角く上品に開き、ドレスと同じ色のリボンチョーカーを巻いている。
「どこのご令嬢だ?」
「お客人では?」
「いや、奥様のご様子だと、ご親族っぽくないか……?」
「あんな可愛い親戚のお嬢様なんていたかなあ」
城主であるルドルフの方針で、この大食堂では家令のワトソンと執事のスチュワート、家政婦長のモリソン夫人はもちろん、城で働く大勢の騎士も一緒に食事を取る。
今や食堂の中は、ざわめく騎士達の声でいっぱいだった。
そんな中を、従者を従えた令嬢は落ち着いてゆっくりと城主夫妻のテーブルへと進んで行った。
「若いご令嬢に男性従者というのも珍しいな?」
「王都では見た目のいい若い男性を従者にするのが流行っているらしいですよ」
「ふーん。イケメンをアクセサリーにする、結構、勝ち気そうなお嬢様ってことか?」
「イケメンね?」
「たしかに背は高いし、妙に姿勢がいいなあ。顔はメガネでよくわからんけど」
「どこかで見たような気もする……」
「はぁ? メガネ従者を?」
ざわざわする食堂内だったが、令嬢はすまし顔でテーブルの間を進み、ついにルドルフとアデルの座るテーブルまでやって来た。
「ルドルフ伯父様! アデル伯母様!! お久しぶりでございます!」
令嬢の意外にもちょっと低めの声が、大食堂に響いた。
また騎士達がざわめき、給仕中の召使い達もまた、ぴたりと動きを止めて、上座に注目した。
(ルドルフ伯父様、アデル伯母様って言ったぞ!?)
(やはりご親族!)
(この度胸の良さは、やはり領主様の……?)
(いやいや奥様だって、度胸は負けてないぞ?)
(うーん、ご器量から言ったら、当然奥様だろう?)
(おまえ、それはさすがに失礼じゃ)
かなり抑えた声だったが、騎士達のざわめきは上座のテーブルにも届いた。
「ダーリン、予想どおり、皆ローリーお嬢様に釘づけですわよ。さ、お任せいたします」
アデルがにっこりとオーロラを見ながら小声でルドルフにささやく。
ルドルフは返事代わりに、まるで雷のような大声を上げた。
「おおう! ローリーじゃないか! なんだしばらく見ない間に、ずいぶん令嬢らしくなったな!?」
若干、棒読み調だったが、皆ルドルフの方にはあまり注意を払っていない。
ルドルフがいかつい顔に笑顔を浮かべると、オーロラは一瞬びくりとしたが、口角をきゅっと上げて両手を胸の前で組み合わせた。
人々の注目はローリーと呼ばれた令嬢に集中した。
「伯父様! いきなり嫌ですわ。まるでわたくしが令嬢らしくなかったように聞こえるではありませんか」
「そうか!? それは悪かったな。はははは、ローリー、いくつになったんだっけ?」
「ふふ。もう十八歳になりましたわ」
「まあ、ローリーちゃんったら、もうどこから見ても立派な令嬢ですよ。ささ、いろいろお話を聞かせてくださいな。ここにお座りなさい」
「はい! ありがとうございます、伯母様」
アデルが絶妙なタイミングで会話を引き取る。
アスランはさっと示された椅子を引き、オーロラを座らせた。
「ねえ、ローリーちゃん。こちらは?」
「はい、従者のラン君です。お父様にわがまま言って、従者にしてもらったんですの。元は騎士なんですのよ」
その瞬間、騎士でいっぱいの大食堂がざわめいた。
(元は騎士の従者だと!?)
(俺にもチャンスが!?)
(従者のラン君!)
ざわめきとともに騎士達の会話が聞こえてくるが、オーロラは口角を上げたまま、にこやかにアデルと会話を続けていた。
アデルはのんびりと「まあ。男の子を従者だなんて、若い子はいいわねえ。わたくしもダーリンにお願いしようかしら」なんて言っている。
ルドルフはそれを聞いて、真顔になった。
「アデル、男の従者が欲しいなら、スチュワートかワトソンにしろ。それ以外は却下」
それを聞いて、アスランの頬がぴくり、とするが、なんとかこらえた。
大食堂での食事は、『城に住む者は皆家族』の方針のもと、大きなテーブルごとに共有する大皿料理がどどんと並ぶ。
各自の前には、大きな空のお皿とグラス、カトラリーが置かれている。
飲み物も各種用意されていて、それぞれが好きなものを飲むスタイルだ。
オーロラは初めて見る食事風景に目を丸くしていた。
(まあ。なんと豪快な。さすが、『辺境の魔獣』こと辺境伯閣下のお城だわ。この経験を糧にしなければ)
そんなことを思っているオーロラは、思わずぐっと手を握りしめているが、それが不安そうなしぐさに見えたのだろう、アスランが声をかけた。
「……ローリーお嬢様、大丈夫ですか? えっと、飲み物や食べ物は私がお取りいたしますので、ご安心ください」
「ローリーちゃん、びっくりしたでしょう? わたくしも最初は目を丸くしたものよ。ワイルドねえって。五階にはわたくし達だけの私的な食堂もあるんだけど、慣れるとこの賑わいがね、なんとも楽しくって。もちろんダーリンはこっちの大食堂の方が好きだから———たくさん食べられますからね———わたくしもこっちに来ることの方が多いのよ。上で食事をするのは忙しいか、体調がよくない時くらいかしら」
「まあ、そうでしたの」
オーロラはそう答えながらも、目の前に並ぶ豪快な料理に視線は釘づけだった。
(まああ。あれはパンね? 大皿くらいの大きさがあるわ。それにあのパイ。まるで小山のようですけれど。隣にある白い山はクリームですわね。そして———)
オーロラはテーブルの中央、ルドルフの目の前に置かれているメインディッシュを見た。
(子豚の丸焼きだわ。子豚そのものの形をしているわ。そしてお口にリンゴをくわえているわ。隣のお皿は———なんて大きなお魚かしら! お魚も、そのままの形をしているわ。頭も尾ひれも付いてます)
オーロラがあまりにもじっとして無言でいるので、不安になったアデルは、そっとアスランを見た。
口の動きだけで伝える。
(ちょっと、アスラン。オーロラちゃん、大丈夫かしら!?)
アスランもたしかに心配になり、そっとオーロラに近づく。
「……ローリーお嬢様、大丈夫ですか? えと、まず、お飲み物をお取りしましょう。お水と、まずは軽いリンゴ酒などはいかがでしょうか?」
「あっ! ごめんなさい。つい、見とれてしまって。ええ、それでお願いするわ」
「かしこまりました」
アスランがオーロラのグラスに、ガラスのジャーに入った水を注ぐ。
次に細いガラス瓶を取って、発泡する金色の液体を別のグラスに注いだ。
「わあ、きれいな色ね」
「はい。こちらは少し甘みがあって、しかも軽いので飲みやすいですよ。お食事は———少しずつお取りしましょうか?」
「ありがとう。そうしてください」
オーロラとアスランがそんな会話を交わしていた時だった。
それまでワインを飲んでいたルドルフが突如、すっと小さなナイフを懐から取り出した。
「!?」
オーロラは驚いて、思わず持っていたグラスを取り落としそうになる。
「これはよく焼き上がっている。うまそうだな。アデル、二切れくらい行くか?」
「ダーリン、まずは一切れくださいな。添えてある野菜も忘れないでね」
「おう」
ルドルフは大きな手でナイフを器用に動かし、子豚の丸焼きをあっという間に解体していく。
完璧な形をしていた子豚は、あっという間に大皿の上に、部位ごとの小山に変貌した。
「ラン、この方が取りやすかろう。ローリーにちゃんと肉を食わせろよ? 魚は王都では塩漬けのものしか食べられないだろう。今朝釣りたての魚に、ハーブで風味をつけてあって食べやすいから、怖がらずに食べてごらん」
最後の一言はオーロラに向けられたものだった。
オーロラは慌てて「ありがとうございます、伯父様」と言った。
「ラン君、じゃあ、子豚とお魚は両方ください。わたくしもお野菜を付けてほしいわ」
「はい、お嬢様」
アスランも自分のナイフを出し、手際よくオーロラの皿に料理を盛り付けていった。
(まあ、びっくりしたわ。男性は料理を切り分けるマイナイフを持っているのね)
隣では、子豚のお腹のあたりのお肉をアデルに取り分けようとしたルドルフがアデルに叱られていた。
「ダーリン、脂身の少ないところを選んでくださいな」
「おう」
「……微笑ましいわ」
「え」
「ん?」
オーロラは顔を赤くした。
大きな手にナイフを握って、かいがいしくアデルのために食べ物を皿に取り分けるルドルフの姿が、あまりにも可愛らしくて。
一人ごとがつい出てしまったらしい。
「あ、あら、なんでもございませんわ!」
アデルとルドルフが不思議そうにオーロラを見る中、アスランがタイミングよくオーロラの前に皿を置いた。
「ローリーお嬢様、さ、どうぞお召し上がりください!」
オーロラの注文どおり、子豚と魚だけでなく、副菜の野菜もちゃんと皿に載っている。
子豚は飴のような艶やかな茶色をした皮も一緒だった。
パリッとして、香ばしい香りが立ち込める。
皮の下には、湯気がほかほかと上がっている白いお肉が付いている。
お魚の方は、淡いピンク色の皮とほっくりとした白い切り身。
その上にぱらぱらと散っているのはハーブのようだ。
さわやかな香りのするソースがかかっていた。
オーロラはフォークを取り上げると、一口、ぱくりと子豚の肉を食べてみた。
「……おいしい」
オーロラは思わず言った。
次におそるおそる茶色い皮も口にしてみる。
「甘い!!」
オーロラはアデルを見た。
アデルが優しくうなづいた。
「案外、食べやすいでしょう?」
「はい……臭みがないです。柔らかいし、脂っこくもなくて。びっくりしました」
アスランが食べやすい大きさに切ったパンを小皿に載せて持ってきた。
「お嬢様、パンもご一緒にどうぞ」
「ありがとう。ラン君、子豚、すごくおいしいわ」
アスランの表情がぱっと明るくなった。
「よかったです! お代わりも取ってきますからね、おっしゃってください」
「ふふ、まだ大丈夫よ。まずはこのお皿を完食してからね」
オーロラがそう言った時だった。
大食堂で、一斉に拍手が上がった。
何があったんだろう。
オーロラが驚いて周囲を見渡すと、騎士達が立ち上がって、皆でオーロラに向かって拍手していたのだった。
「ローリーお嬢様、辺境伯領へようこそ!」
「たくさん召し上がってくださいね!」
「キッチンの連中も大喜びですよ! お嬢様が子豚の丸焼きをおいしいって言ったって」
「どうぞゆっくり滞在してください!」
「騎士の訓練にも見学にいらしてくださいね〜」
「俺達、見た目ほどは怖くないっす」
最後の一声に、騎士達はどっと笑い、もう一度全員で拍手して、ふたたび食事に戻った。
オーロラはあっけに取られていた。
(か、歓迎してくれた……! 今まで会ったことのない、どこの令嬢だともわからないわたくしを)
「あ……」
オーロラは思わず立ち上がった。
「あ、ありがとうございますっ! 皆さん、声をかけてくださって、嬉しかったです!」
そう言ってオーロラは深々と頭を下げた。
おお〜、というどよめきが広がり、再度、拍手が大食堂を満たす。
アデルとルドルフはその様子を、目を細めて見つめていた。
アスランは、オーロラの後ろで、一緒に拍手をしていた。
この日。
デルマス辺境伯領のロシュグリー城で、初めて城の人々と一緒に大食堂で取った夕食。
オーロラにとって、忘れられない出来事になったのだった。
その夜遅く、まるで『ローリーお嬢様大歓迎会』と化したかのような大食堂から自室に戻ったオーロラは、そっと窓際のドレッサーに座った。
そこには、エマがきちんと手紙を書くための一式を揃えてくれていた。
真新しい紙を一枚取る。
真新しいペンにインクを浸し、オーロラは書き始めた。
『大好きなお父様。
わたくしは元気でやっています。毎日が楽しいです。どうぞ心配なさらないでください
A・F』
最後に自分の名前をイニシャルで入れて、オーロラは紙を真新しい封筒に収めた。
宛先には一言、『フォレスティ伯爵家』とだけ記した。
封はしない。
王都に発送する前に、城の家令が中身を確認するだろうからだ。
オーロラは封筒をわかりやすいようにダイニングテーブルの上に置いて、寝室に向かった。
(お父様、おやすみなさい。リンネ夫人、アリス、おやすみなさい。あなた方がとても懐かしいわ)
数分後、『ローリーお嬢様』の部屋から、明かりが消えた。
☆☆☆
第2章『婚約破棄』はこのエピソードで終わり、次話から第3章『ローリーお嬢様の婚活』が始まります。
どうぞ引き続きお楽しみいただけましたら幸いです♡




