第33話 『真実の愛』を探しましょう!
オーロラが辺境伯領に到着した次の日。
アデルのサロンでは、辺境伯夫人による、壮大な計画が明らかにされようとしていた。
「わたくしの計画を発表いたします」
アデルは一気に続けた。
「オーロラちゃん、『真実の愛』を見つけましょう!」
『真実の愛』を、見つける……?
オーロラはアデルを見つめた。
外見だけを見れば、まるでスタイルブックからそのまま現れたかのような、おしゃれで気品のある貴婦人。
そんなアデルはまるで少女のように、力強く決意に満ちた目をキラキラさせ、心なしかぐっと手を握り、決然としてオーロラを見つめている。
「『真実の愛』を、見つける?」
オーロラは繰り返した。
「そうよ。オーロラちゃん。あなたが『真実の愛』ではない相手と結婚すると、その人は死ぬのでしょう? それなら、方法はふたつ。『真実の愛』の呪いを解くか、『真実の愛』を見つけるか、よ」
「た、たしかに、それはそうですが」
「オーロラちゃんは、今まで王子の婚約者だったから、男性と知り合う機会なんてなかったでしょう? 男性と会う機会を作ってあげる。社交界に乗り出すのよ。そうね、辺境伯の遠縁の令嬢ということで、わたくし達が預かることにしたということにしましょう。まあ、はしょって姪っ子ちゃんということでもいいわ。ルドルフ様には姉妹がたくさんいらっしゃいますからね。オーロラちゃんは、ここで行儀見習いをしながら、色々な会に出て、『真実の愛』の相手を探すの」
「でも、アデル様、『真実の愛』なんて、あるのでしょうか? それに、わたくし……母に男性に近づかないように、知らない人と話さないようにと言いつけられていて、男性とお付き合いするなんて考えたことが」
アデルは小首を傾げた。
「ええ。でも、あなたはもう、十八歳の令嬢でしょう? ただ逃げるのではなく、自分の目を信じて、男性と付き合うべきだとわたくしは思うわ。たしかに、自由恋愛なんて、貴族の令嬢っぽくはないけれど、あなたの場合、正直に言って、貴族の令嬢として政略結婚はできないわ。だって———お相手の男性を殺してしまうかもしれないんですもの」
「おい、アデル」
まっすぐな物言いにルドルフの方が慌てて妻をなだめたが、オーロラはうなづいた。
「ええ———たしかに、おっしゃるとおりですわね」
「でも、それをフォレスティ伯爵家に貢献できない、と気に病む必要はないのよ。だって、あなたのお父様は、家のために政略結婚をするより、あなた自身に幸せになってほしいと願っているはずなのだから。だからこそよ。今度こそ、自分の手で『真実の愛』をつかんでみるの」
アデルは優しくオーロラを見つめた。
「ただ待っていても『真実の愛』は見つからないわよ? より多くの男性と出会えば、それだけ『真実の愛』を見つけるのに役立つのではないかしら」
「でも———もし———」
「大丈夫。結婚しなければ、相手に呪いがかからないのだから。相手を見極めて、『真実の愛』だと感じられなければ、その方とのお付き合いは止めればいいの」
「そううまくいくでしょうか? それに、『真実の愛』なんて、小説の世界だけで、実際にあるのでしょうか?」
その時、執事のスチュワートが顔を上げた。
「お嬢様、僭越ではございますが———私は『真実の愛』はあると思っております」
ここまで、スチュワートとワトソンの兄弟、モリソン夫人とエマの母娘は、静かにアデルの話を聞くにとどまっていた。
会議の前に、アデルから簡単にオーロラにかけられた呪いの話は聞いていたのだが、実は半信半疑だったのだ。
しかし、話が進むにつれ、ようやくオーロラが直面している状況が事実であることが明白になってきた。
スチュワートとワトソンは顔を見合わせると、何かを決意するように、お互いうなづいた。
ワトソンが顔を赤くして叫ぶ。
「そうですよ、お嬢様!! お嬢様の父上と、母上を思い出してください。隣国の王女殿下と、オルリオン一の美男と謳われた騎士の結婚! まさに真実の愛なのでは? あの時は王国中がその話題に持ちきりでした。私もよく覚えております。それに、わがデルマス辺境伯閣下と奥様も……」
「あ……!」
「当初は『美女と魔獣』とまで揶揄されましたが、いかがでしょうか! このアツアツぶり! 結婚してから、奥様がご自身の寝室でお休みになったことは一日もありません。いつも夫婦のご寝室で休まれるのです! こんなに仲のいい夫婦がいますか!? 王国広しといえども、このお二人に勝てる方々はいらっしゃいませんよ!」
オーロラははっとして「きゃあ♡ いやあね、ワトソンったら」という様子をしているアデルを見つめた。
「た、たしかに」
一方で、余計なことまで暴露され、『真実の愛』認定を受けたルドルフは、両手で顔を覆った。
もはや何を言うことも許されない、そんな雰囲気が漂っている。
辺境伯は男として、ぐっと言葉を呑み込んだ。
「そこで!」
アデルがばっと立ち上がった。
「計画その一! オーロラちゃんを別人に仕立て上げます!」
「はい!?」
「オーロラちゃんが辺境に無事でいるとわかったら、あの王妃がどんな邪魔をしくさってくるかわからないわ。だから早いとこ名前も、見た目も変えてしまうのよ」
「えええええ!?」
「あなたは今日から、デルマス辺境伯の遠縁の令嬢、『ローリーお嬢様』よ! さっそくこの後、モリソン夫人とエマと一緒に、どんな変装にするか決めるわよ。もう準備はしてあるんだから」
「計画その二!」
「まだあるんですか!?」
アデルの声にオーロラの悲鳴が重なった。
「当たり前じゃない。オーロラちゃん、変装は第一歩にしか過ぎないのよ。本番はここからなんだから」
「……!!」
アデルは自信たっぷりに宣言した。
「『ローリーお嬢様』に変身して、『婚活』を開始します!」
「『婚活』!?」
「何ですか、それは?」
オーロラだけでなく、集まった一同が皆、一様に不思議そうな顔をして、アデルを見つめていた。
「最近、王都では、ご令嬢達の間で、『婚活』というものが流行り始めたそうよ。家の利益優先の政略結婚でもなく、当事者主導の自由恋愛とも少し違う。結婚を目的として、積極的に結婚相手を当事者自ら見つける活動を『婚活』というのです。男性だけに限らず、ご令嬢方も最近は『婚活』をする方が増えているとか。しかも、ご両親も公認の場合もあるそうよ? そして」
今やアデルは新しい文化を辺境伯領に紹介する伝道師と化していた。
一同をぐるりと見回して、自分の説明を理解しているか確認する。
「……そうした結婚相手を探している男女を集めた、『婚活お茶会』というものもあるらしいわ。なんでも出会いを果たしたら、あとはご本人同士でデートをしたりして、相性を確かめるんですって」
アデルはそこで言葉を切って、一同の反応を確かめた。
そしてどうもいまいちだと感じたらしい。
アデルは声をひそめると、さらにたたみかけた。
「あのね、この『婚活お茶会』はね、まだ王都でもやっていないのよ? わたくしのお友達が領地で始めたんですから。彼女と連絡を取って、辺境伯領でも開催することを視野に入れるのよ。こんな貴重なお茶会を我が領地で開催すれば、全国から素敵な殿方がどっちゃりといらっしゃるに違いないわ……」
アデルはふふふ、とちょっと悪い笑みを浮かべると、オーロラの手をぎゅっと握った。
「どう? オーロラちゃん、『真実の愛』を探すのに、ぴったりだと思わない?」
オーロラは次々に飛び出すアデルの計画に、すでに言葉も出ないくらい圧倒されていたのだった。
「そ、そうですね? たしかにそんな機会は貴重ですわ……」
オーロラが言った、その時だった。
「伯母上!」
オーロラの話をさえぎり、アスランがついに立ち上がった。
これまでは静かにアデルの話を聞いていたのだが、さすがにもう口を閉じているのは難しかった。
「ちょっとお伺いしたいのですが、お話を聞いていると、オーロラ嬢がその『婚活』とやらに乗り出すということですか!? お茶会や夜会に出たりして、男性を探すと? その後はデート!? 二人でカフェに行ったり、劇場に行ったりするんですか!? 俺は反対です! とんでもないことです! そんな危険な!! これまで王子の婚約者として箱入りの令嬢だったオーロラ嬢に、いきなり『婚活』をせよとは、いささか乱暴ではありませんかっ!?」
アスランはここではっとして、こほん、と咳をした。
皆、呆気に取られて、アスランを見上げている。
オーロラはもう、びっくりして、アデルとアスランの間で視線をさまよわせていた。
アスランはそんなオーロラを前に、平静を取り戻そうと試みる。
「……オーロラ嬢は男性というものを知らないのです。たとえ変装をするにしたって、オーロラ嬢をそんな下心いっぱいの男どもの中に放り込めますか!? 中には、婚活のふりをして、純真なご令嬢をだまくらかしてやろうという悪い男もいるかもしれないじゃないですか! 貧乏貴族なのに、裕福なふりをする男や、髪がないのに髪があるふりをする男! さらには、二股をかける男や、独身を装う悪質な既婚者がいるかもしれないんですよ!? 俺は断固、断固、断固反対です!!」
「断固を三回言ったぞ。たしかに。それはあり得そうだ。……アスラン、鋭いなあ」
ぼそりとルドルフがつぶやいた。
一方、アデルはだめだめ、と人差し指を振る。
「まあ〜、アスラン。そんなことを言っていたら、『真実の愛』が探せないじゃないの!」
「オーロラ嬢の『真実の愛』なら、俺が立候補———」
「え!?」
オーロラがまじまじとアスランを見つめた。
アデルとルドルフは目を合わせ、エマとモリソン夫人は両手で口もとをおおっていた。
執事のスチュワートと家令のワトソンは、手を取り合って、なぜかわくわくした表情を見せている。
アスランの顔が次第に赤くなり、そして青くなっていった。
「えと。あの。つまり、俺はオーロラ嬢の騎士! としてですね、俺はオーロラ嬢を守る! と決めたので! だから———」
「……アスラン、ならおまえはオーロラ嬢の付き添いになればいいんじゃないか? 騎士はまずい。おまえは見た目が目立ちすぎるからな。まずおまえも変装して、付き添いとしてそばにいれば、ハレンチで図々しく、下心のある悪い輩からオーロラ嬢を守ることもできるだろう」
ルドルフは考え考え言う。
エマはルドルフが言った「ハレンチ」という言葉に「古っ!」と笑いをこらえるのに必死だ。
アスランはなるほど、とうなづいた。
「付き添い? ……ま、まあ、そういうことなら———」
「わかりましたわ。さすがダーリン!」
アデルが叫んだ。
「たしかに、未婚の令嬢には付き添いが必要ね。アスラン、あなた、変装してオーロラちゃんに付き添いなさい。そうね。未婚の老嬢として、シャペロンがいい? それとも、侍女に化ける方がいい?」
「はい!? どうして女装になるんですか!?」
今度はアスランが叫んだ。
「え、でも。誰よりも近く、オーロラちゃんのそばにいられるのよ?」
「む。考えさせてください」
「よし。じゃあ、オーロラちゃん、わたくしの寝室に行きましょう。変装を考えなければ。あと、この本を貸してあげるわ。『真実の愛』を研究しないとね」
そう言ってアデルは一冊の本を差し出した。
「『悪役令嬢と運命の恋〜これは、真実の愛が生んだ、信じられない愛の物語〜』
?」
それは、ローデール王国の有名作家、シンプソン夫人の宮廷恋愛小説のベストセラー本だった。
「そうよ。『真実の愛』を研究するの』
アデルはうっとりとして本を抱きしめた。
「シンプソン夫人は最高よ! 主人公は虐げられる令嬢……これでもかと不幸が襲いかかってくるけれど、最後はかならずハッピーエンドなの———」
一方。
「アデル。アスランもまた変装が必要になったんじゃないのか? そっちはどうするんだ」
ルドルフが声をかける。
「あ! そうでしたわね、ダーリン。じゃあ、先にオーロラちゃんから取り掛かるから、アスランは午後になったら———」
「もしよろしければ、奥様」
すすす、とワトソンが手を上げた。
「よろしければ、アスラン様のお支度は、私達にお任せいただけないでしょうか? 奥様にご満足いただけるように、全力を尽くします」
きらりと光るワトソンの笑顔。
スチュワートもうなづいた。
「「お任せください!」」
こうして、オーロラ・フォレスティ伯爵令嬢の運命は、動き始めた。
そしてアスランの変装も既定事項になったようだった。




