第32話 辺境生活の始まり(3)
オーロラがロシュグリー城に着いた日。
初めて辺境で過ごした日は、穏やかに過ぎて行った。
オーロラの侍女になったエマが、頃合いよく食事やお茶を運んで来て、話し相手をしてくれる。
オーロラが頼んだ筆記具や本が午後にさっそく届けられた。
昼食にはルドルフご指定の羊のローストをはさんだサンドイッチに目を丸くした。
冷えても柔らかいロースト肉を、新鮮なレタスとトマト、チーズと一緒に、皮がパリッとしたパンにはさんで食べた。
飲み物として出された、軽い発泡性のリンゴ酒も生まれて初めて。
午後はのんびりと窓辺で海を見ながら、本を読んで過ごした。
外出できるようになったら、浜辺を絶対散歩しよう、と思いながら。
そして貝殻を拾うのだ。
お茶の後にはエマが入浴のお手伝いにやって来た。
軽い室内着に着替えて、夕方は窓から夕焼けの景色を楽しむ。
そして夜。
オーロラが軽めの食事をお願いすると、オムレツと野菜、スープといったメニューが部屋に届けられた。
夜はまた風味の違うリンゴ酒がついているのに、オーロラは目を丸くした。
食事が終わると、もう眠い。
(今日は何もしていない……ゆっくり過ごしていたのに。あら、もうだめだわ。目を開けていられない)
エマが様子を見に来た時には、オーロラはすでに眠っていた。
「まあ、オーロラちゃんも疲れていたのね」
エマの後ろから、ひょいとアデルが姿を現す。
アデルは遠慮して、今日はオーロラの世話をエマに任せ、様子を見には来なかったのだ。
「本当におきれいなお嬢様ですね」
エマの母のモリソン夫人が感心したようにつぶやき、背後のルドルフとアスランもオーロラを覗き込もうとした。
「ま! 紳士方は入室禁止。若い淑女の寝室ですわよ?」
アデルがにらむと、男二人は慌ててリビングルームに下がった。
「ふふ。にぎやかでごめんなさいね? オーロラちゃん、ゆっくりおやすみなさい」
アデルは微笑むと、オーロラの額にキスをして、寝室のドアを閉めた。
***
「オーロラちゃん、おはよう! よく眠れたかしら?」
翌朝。
明るい声がしたかと思うと、アデルがオーロラの部屋にやってきた。
「うふふ。朝食を一緒にしようと思って。迷惑じゃないかしら、大丈夫?」
朝のお茶を飲んでいたオーロラは慌てて立ち上がり、カーテシーをする。
「アデル様。もちろんです。どうぞお座りくださいませ。はい、おかげさまで昨夜はぐっすり眠れました」
「あらあら、そんな固くならないで? 気楽にね。これから毎日顔を合わせるのだから」
エマがアデルのためにティーカップを出してきて、ポットからお茶を注いだ。
「今日はね、朝ごはんを食べたら、わたくしの部屋に来てちょうだいな。今後の相談をしましょう」
「はい。よろしくお願いいたします」
アデルは微笑んだ。
「お部屋はどう? 何か不便なことなどはない?」
「不便なことだなんて。本当に素敵なお部屋で、とても気に入っています」
「お嬢様は昨日の午後は窓から海を飽きずに眺めていらっしゃったんですよ」
エマが微笑みながら言うと、アデルはうなづいた。
「まあ! わたくしもそうだったのよ。そうだ!」
アデルがわくわくした表情でエマに言った。
「わたくしね、辺境に来たばかりの頃は窓辺に小さなソファを置いていたの。エマ、まだ倉庫にあると思うから、それを持ってきてくれない? オーロラちゃんが海を見るのが好きなら、ちょうどいいと思うわ」
「それは素敵ですね、奥様」
話をしているうちに、朝食が運ばれてきた。
ふわふわのスクランブルエッグ、ソーセージ。ハッシュドポテト。
ソーセージは、例のデルマス地方特産のリンゴを食べて育った豚から作られたソーセージだ。
コンソメスープにチーズと果物を載せたプレートも用意されていた。
エマが新しくお茶を入れ直す。
「朝は温かいお料理が好きなの。野菜のサラダや冷たいプレートはお昼にしているわ。仕事の合間だから、ささっと食べるの。夜はお肉やお魚をメインにしたお料理ね」
アデルはおいしそうに食べ始めた。
つられてオーロラも食が進む。
素材の風味が濃いせいだろうか、どのお料理も王都で食べるよりおいしく感じられた。
それに、お料理を載せているお皿がまた、繊細な小花模様でとても愛らしい。
オーロラは食事を心から楽しみながら、アデルの話に耳を傾けていた。
「朝食の後は書斎で仕事をすることが多いわね。午前のお茶の時間に休憩したり、ちょっと城内を散歩したりするわ。お昼の後、午後は領地を回ったり、人を訪問したりするの。領内でちょっとした社交もあるのよ。毎日結構やることはあるわ。オーロラちゃんもそのうち忙しくなるかもしれないわね」
オーロラは注意深く聞いていた。
聞くもの見るもの、すべてが珍しくて、まったく飽きることがないのだ。
「さてと。じゃあ、わたくしは部屋に戻るわ。オーロラちゃんはお食事が済んだら、わたくしのサロンにいらしてください。服は化粧着で構わないわ。じゃあ、エマ、後はよろしくね」
「化粧着で!?」
「はい、奥様」
オーロラがびっくりしている間に、アデルは出て行ってしまった。
さすが女主人というか、いつも忙しく、じっとしていることはないようだ。
アデルがさらりと言った一言。
化粧着で、という言葉の謎は、この後すぐ判明することになった。
***
オーロラは緊張しながら、エマと共にアデルのサロンへとやって来た。
化粧着とは言われたものの、エマが気を利かせて大きなショールで上半身を包んでくれたので、居心地の悪さはない。
とはいえ、サロンに足を踏み入れたオーロラは、そこにアデルとモリソン夫人だけではなく、ルドルフとアスランもいるのに、一瞬、目を大きく見開いた。
しかし実際にはすっきりと落ち着いた仕草でお辞儀をし、示された席についた。
「さて! オーロラちゃんも来たので、さっそく始めましょう。大切なことですから」
アデルはオーロラににっこりと微笑み、そしてオーバル形のテーブルに揃った面々を見渡した。
アデルの正面には、大きな体をちんまりと椅子に押し込んで座っているルドルフがいる。
「わたくしの計画を発表いたします」
アデルは一気に続けた。
「オーロラちゃん、『真実の愛』を見つけましょう!」
「はい!?」
「何だと!?」
「伯母上!?」
オーロラとルドルフ、アスランから三者三様の叫びが上がった。
モリソン夫人とエマの母娘も大きく目を見開いている。
その時、ドアがコンコンとノックされた。
エマが慌てて立ち上がると、遠慮がちに家令のワトソン(弟)と執事のスチュワート(兄)の、兄弟コンビが現れた。
「奥様、旦那様、遅くなりまして申し訳ございません。会議には———あれ、皆さん、やけにびっくりしたお顔をなさって。どうかなさったんですか?」
執事のスチュワートがおっとりとした様子で、首をかしげた。




