第22話 婚約破棄(1)
「アレックス王子殿下、ご卒業おめでとうございます!!」
「ご卒業おめでとうございます!」
「ありがとう、皆さん」
華やかに着飾った令嬢達に囲まれ、アレックスはにこやかな表情で礼を言った。
「アレックス王子殿下、最後に一度、思い出のためにわたくしと踊っていただけませんか……?」
ある令嬢が思いきってダンスを申し込むと、女生徒達がきゃー! と叫んだ。
しかし、慌てて隣の令嬢がこっそりと耳打ちをする。
「お気をつけあそばせ。王子殿下のお隣には、カリナ様がいらっしゃいますわよ……?」
誰もが認めるグランヴィル筆頭公爵家令嬢のカリナは、卒業式の今日も、堂々とアレックス王子の隣に立っていた。
アレックスの腕に手を預け、冷たい視線で、令嬢を見つめている。
カリナはコレット王女が在学中は、控えめな態度をしていたのだが、王女とその取り巻きの卒業後は、かなり堂々と振る舞うようになっていた。
そもそもカリナは筆頭公爵家の令嬢である。
カリナの機嫌を損ないたい令嬢はいない。
アレックスに踊りを申し込んだ令嬢は即座に青くなり、慌てて人混みの中に消えていった。
カリナは軽く口角を上げると、アレックスの腕をさらに深く絡め取った。
ダンスの音楽が始まり、アレックスとカリナはホールの中央で、ごく自然に手を取って踊り始めた。
カリナのドレスは、赤。
華やかな赤のドレスに、アレックスの瞳の色を思い出させる、ブラウンガーネットのネックレスとお揃いのイヤリングを着けている。
この日、貴族の子弟が集まる王立学園では、大ホールを華やかに生花で飾りつけ、高等部三年生の卒業式が行われた。
厳粛な式典では、国王陛下の祝辞も与えられた。
答辞を読み上げたのはアレックス王子。
今年の卒業式では、彼が主役に違いなかった。
「…………」
どう見てもお互いの色であつらえた、お揃いの装いをしたアレックスとカリナ。
仲睦まじく踊る二人の様子を、ホールの片隅でひっそりと見つめていたのは、黒髪をした、小柄な令嬢だった。
肩先で切りそろえた髪が、ちょっとお小姓のようで独特の愛らしさがあった。
セイディ・シリュー侯爵令嬢。
父は王宮騎士団団長を務める、誠実な人物だった。
セイディはまた、オーロラの唯一の友人と言える存在でもある。
(アレックス王子殿下の婚約者は、オーロラだわ。なのに、誰もがオーロラのことなどまるでそもそも存在しないかのように振る舞っている)
セイディの表情は一切変わらない。
しかし、いつも明るい茶色の瞳は冷たさを帯びて、誇らしげに踊るアレックスとカリナを見つめていた。
(あの事件は大きかった)
セイディの目が踊る二人を悲しげに追う。
先月、オーロラが暴漢に襲われた事件だ。
危ないところでオーロラを助けてくれた人物が現れ、オーロラは無事にフォレスティ伯爵邸に送り届けられたにも関わらず、即座に王都では『オーロラが襲われた』という噂が広まってしまった。
しかも、当然のごとく———。
『アレックス王子の婚約者である、オーロラ・フォレスティ伯爵令嬢は暴漢に襲われ、純潔を失い、名誉を汚された』
そんな、未婚の令嬢にとっては最悪の話になっていたのだ。
セイディはしきりに瞬きをした。
(そんなの大嘘だわ!! 一体、誰がそんなことを———)
その後、即座にオーロラは王子の婚約者にふさわしくない、という論調が生まれ、まるで彗星のようにグランヴィル筆頭公爵家令嬢のカリナが新しい婚約者候補として浮き上がった。
もともと、伯爵令嬢であるオーロラは王子妃候補として歓迎されていない。
この事件はもう決定的だった。
(事件以来、オーロラは学園に来るのを一切止めてしまった。王宮にも行っていないと聞くわ。療養中だという話だけれど、もう我慢できない———)
セイディはきゅっと唇を噛みしめた。
(王立学園の卒業式? オーロラもいないのに。時間の無駄よ)
ドレスの裾を持ち上げると、するりと人の間を抜け、ホールを出る。
セイディはぱっと小走りに廊下を走り始めた。
***
「シリュー侯爵令嬢、ようこそお越しくださいました」
フォレスティ伯爵邸に着いたセイディは家令の出迎えを受け、すぐにリンネ夫人によりオーロラの元に案内された。
リンネ夫人はセイディが着ていた、すっきりとしたデザインの青みがかった紫のドレスに目を留めた。
「セイディ様、この度はご卒業おめでとうございます」
リンネ夫人は深々と頭を下げる。
「リンネ夫人、ありがとうございます。……わたくしもオーロラ様に卒業のお祝いを申し上げにまいりましたの」
セイディが言うと、リンネ夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。オーロラお嬢様もとても喜ぶと思います。どうぞごゆっくりなさってくださいね。すぐに侍女のアリスがお茶をお持ちいたします」
「ありがとう」
コツコツ、とリンネ夫人はドアを叩いた。
「オーロラお嬢様、シリュー侯爵令嬢がいらっしゃいました」
リンネ夫人がドアを開けると、明るい中庭に面したテラスに立っていたオーロラが振り返った。
すっかり長くなり、腰に届くほどになった白金の髪がさらりと光にきらめく。
「セイディ!」
オーロラは嬉しそうに叫ぶと、ゆっくりとテラスを横切り、サロンに入った。
その元気そうな様子に、ようやくセイディの表情も明るくなる。
「オーロラ。わたくし達、無事に学園を卒業したのよ。卒業おめでとう」
オーロラとセイディ、二人の少女は一瞬、お互いに見つめ合うと、ぎゅっと抱きしめあったのだった。




