第20話 襲われた伯爵令嬢(2)
外は少しずつ暗くなり始めていた。
オーロラは伯爵家の馬車に乗って王宮を出て、慣れた道をフォレスティ伯爵家のタウンハウスへと向かっていた。
馬車も、心なしかいつもよりスピードを出しているように感じられる。
(思ったより遅くなってしまったわ)
王宮を出た先で、いつも通っている道が、なぜか通行止めになっていたのだ。
道路の舗装がひどく破損した箇所があり、馬車には危険だということで、回り道を案内された。
幸い何事もなく出発できたが、たとえ慣れた場所でも油断はできない、とオーロラは気持ちを引き締めた。
(ただでさえ、お父様はいつもわたくしを心配しているのですもの。これ以上心配をかけるわけにはいかないわ)
ミレイユ王妃との約束は午後一時だったのだが、多忙な王妃の予定が押していて、オーロラが王妃と会えたのはもう三時になろうかという頃だった。
『待たせたわね。久しぶりだけれど、いかがお過ごしでしたか?』
ミレイユはまるでたった今お茶会から抜けてきたのかと思うような、華やかなバラ色のデイドレスを軽やかにひるがえして部屋に入ってきた。
『すぐお茶を用意して』
控えている侍女に命じて、ゆったりと豪華なソファに座る。
『とても忙しいの。コレットの縁談がまとまりそうなのよ。とてもいいお話で、オルリオン王国の王女にふさわしいものだわ』
そう言ってお茶をすするミレイユは、赤っぽいブロンドを上品に結い上げ、美しく施された化粧も隙がない。
オーロラはミレイユの機嫌を損ねない程度の返事にとどめ、ただ静かに王妃の話を聞いていた。
『それで、今日お呼びした理由は、アレックスとの結婚式についてお話しするためよ』
ミレイユはかちゃり、と軽い音をたててティーカップを置いた。
無意識にオーロラの肩が揺れる。
『王子妃教育も終了。あなたは成人したし、国王陛下も結婚に賛成なさっているの』
ミレイユはじっとオーロラを見つめた。
『近々、正式な使者がフォレスティ伯爵家に向かうでしょう。そのつもりでいてちょうだい』
『はい。かしこまりました。ミレイユ王妃殿下』
オーロラは深々と頭を下げる。
そうして、ようやくミレイユの元を辞去した際に、オーロラは何か胸騒ぎがするのを感じた。
王宮の長い廊下を歩きながら、オーロラは気づいた。
(結局、大した話もなかったわ。それに———)
ミレイユは一言も、「おめでとう」と言わなかった。
歓迎しているという言葉もなかった。
ミレイユが最後に言ったのは———。
『オーロラ。アレックス王子の婚約者として、自覚を持って過ごしなさい。貴族令嬢としての名誉を汚すことのないように』
ミレイユの言葉に違和感を覚えたことを、オーロラは思い出した。
何だろう。
(どこか、冷たい響きがあったのだわ)
オーロラの心がざわめく。
その瞬間。
馬車ががたん! と大きな音を立てて揺れた。
「きゃあ……っ!」
馬車の右側が大きく傾き、オーロラの体が向かい側の席に投げ出される。
馬の苦しそうないななきが響いた。
ミレイユに禁じられていたため、王宮に行く時にはいっさい、付き添う者はいない。
護衛騎士も、侍女もいないのだ。
オーロラと馬車を御す御者だけ。
オーロラは座席を必死で掴んで、馬車の窓から外を見ようとした。
このまま馬車が横転してしまったら、どうしよう!?
オーロラの心臓が狂ったように打ち始めた。
なんとか馬車の右側ににじり寄り、ドアに手をかけた時、御者の叫び声が響き渡った。
「!?」
「お嬢様!! 外に出てはいけませんっ!! 鍵をかけて!! 誰か、助けてくれっ!! 人を呼んでくれっ!! 王宮に人を———うわぁああっつ!」
「!!」
オーロラは一瞬硬直した。
(そうだ、剣を)
次の瞬間、ばっと振り返って、急いで右手を座席下に突っ込む。
指先が硬いものに触れた。
ほっとしてそれを引き出した時、ばん!! と大きな音がして、馬車のドアが大きく開いた。
「そこまでだ。剣から手を離せ」
オーロラが見たのは、全身黒づくめで、頭からマントを被った男。
目元を除いて、顔すらも布を巻いて隠していた。
次の瞬間、オーロラの視界は真っ暗になった。
***
(痛い)
(背中が痛い)
オーロラは身じろぎをした。
(ここは居心地が悪いわ)
頭の下に、ざらざらとした硬い床の感触が伝わってきた。
もう一度オーロラが体を動かした時、短く叱責する声がした。
「動くな」
その声に、オーロラははっとして目を開けた。
目の前には、黒づくめの男達。
見えるだけで四人いた。
オーロラは両手を後ろで縛られ、口には布を巻かれ、床の上に転がされていたのだった。
男の一人がゆっくりとオーロラに近づいた。
きらりと右手に光るのは、短剣。
男は左手でやすやすとオーロラの上半身を床から引っ張り上げた。
声を上げる間もなく、冷たい刀身がオーロラの喉に当てられた。
「騒げば、殺す」
オーロラのアイスブルーの目が大きく見開かれる。
男の左手が、オーロラのドレスの胸もとに伸びた。
「派手にやれとのご命令だからな」




