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第16話 王女のお茶会(2)

「コレット王女殿下、アレックス王子殿下、ご機嫌いかがですか」

「本日もご一緒できて光栄ですわ」


 貴族の子弟が通う、王立学園の正面玄関にひときわ立派な馬車が停まった。

 王家の紋章が施された馬車からは、アレックス王子、続いてグランヴィル筆頭公爵家令嬢カリナ、そしてコレット王女が降り立つ。


「ご機嫌よう、皆さん」


 コレットが出迎えた女生徒達にほがらかに声をかけた。


「王女殿下、今日のドレスも素敵ですわ」

「本当、最近はますます輝いていらっしゃる」

「……ご機嫌よう、コレット王女殿下」


 クルーガー公爵家令嬢ソニア。

 カリフ侯爵家令嬢イベット。

 そしてシリュー侯爵家令嬢セイディ。


 いずれも選りすぐりの家柄の令嬢達だ。


 しかし、アレックスはカリナの手を取りながらも、周囲を見渡して一瞬眉をひそめた。


 最近、朝のこの時間にオーロラを見かけないからだ。

 アレックスの視線に、ソニアが敏感に反応して小声で言った。

 一方、イベットの方は周囲にお構いなしで大声だ。


「……あの方、最近はギリギリの時間に登校されるんですのよ」

「今さらですけど、人の規範になるという意識がないんですわ!」


 令嬢達はコレット王女を中心に、おしゃべりしながら教室へと移動していく。

 一同の最後尾を歩くセイディはふと、後ろを振り返った。


 正面玄関に地味な馬車が停まり、まさに今話題に上がっているオーロラが降りたところだった。


 白金の髪を背中で引っ詰め、王妃から贈られる不恰好なドレスを着たオーロラ。

 オーロラは前方にコレット王女とアレックス王子、彼らを囲む一団があると気づくと、すばやく方向を変えて、中庭に向かった。


 おそらく庭伝いに教室に入るのだろう。

 明らかに、オーロラは王女と王子を避けている。


「それも当然よ」


 セイディは思わず独り言を言ってしまい、周囲を注意深く見回した。

 大丈夫。誰もいない。


「ときどき、あの方達が、トラブルの元にしか見えない時がありますもの」


 令嬢達は、にぎやかにおしゃべりしながら、のろのろ歩いている。


 すぐに姿が見えなくなったオーロラを、セイディは胸の痛みとともに見送った。


***



「皆さん、これをご覧くださいな。珍しい異国の香水ですのよ?」


 コレット王女の一声に、集まった令嬢達はわっ、と歓声を上げた。


 一同にはすでに、高価な外国製の紅茶が振る舞われていた。

 王女らしい、出し惜しみのないもてなしに、感嘆の声が沸き上がる。


 コレットはその反応に気をよくし、赤や緑のガラスで彩られた、複雑な形の小さな瓶を自慢げに振ってみせた。


「きれいでしょう? まだ他にもあるのよ」


 ある日の午後。

 王宮の一角にあるコレット王女のサロンに、仲のよい令嬢達が集まっていた。

 学園でのとりまきの令嬢達である。


 クルーガー公爵家令嬢ソニア。

 カリフ侯爵家令嬢イベット。

 そしてシリュー侯爵家令嬢のセイディだ。


 家柄も、身分も申し分ない少女達は、揃ってまっ白なドレスを身に付けていた。

 コレットが「お茶会のドレスコードは、白よ」と言ったからだ。


 おまけに、会場となっているコレットのサロンもまた、ピンクで統一されていた室内装飾が、すべてまっ白に変更されていた。


 まっ白なラウンドテーブルに着いた四人の白いドレスを着た令嬢達の姿は愛らしくて、まるでお伽噺の世界のようだった。


「オーロラ。そのお盆を持ってきてちょうだい」


 コレットが突然部屋の隅に控えていたオーロラに命令した。

 王子妃教育のために王宮に来ていたオーロラは、ついさっき、突然コレットに呼ばれたのだ。


 当然、白のドレスなどは着ていない。

 白一色のサロンの中で、オーロラは一人、いつもの体に合わないグレーのドレスを着ていた。


「はい、殿下」


 オーロラは返事をして、コレットの細い指先が示したまっ白なお盆を取りに行く。

 壁際の小さなテーブルの上に、お盆は置かれていた。

 その上には、大小さまざまな色と形をした香水瓶がキラキラと輝いている。


 コレットの侍女は部屋に控えているが、命令があるまで動くことはない。

 まるで侍女のように用事を言いつけられるオーロラを、令嬢達は笑いをこらえながら見守っていた。


「ふふ……今日は一段とあのお召し物が素敵に見えますわね?」

「ま。イベット嬢ったら。お気の毒ですわよ?」

「まあ。ふふふ」

「ほほほ」


 セイディ・シリュー侯爵令嬢だけが、オーロラから視線を外して、黙ってうつむいていた。


 オーロラが無事にコレットの前に白のお盆を置いた時、サロンのドアが開いた。


「やあ、これはこれは。楽しそうな会を開催しているんですね。姉上、カリナも仲間に入れてあげてくれませんか?」


 オーロラの肩が揺れた。


 その声の主は、アレックス王子。

 グランヴィル筆頭公爵家令嬢のカリナを伴ってやって来たのは明らかだった。


「もちろん、構わなくてよ」


 コレットが王女の寛容さを見せるように返した。

 ちらり、とオーロラを見上げる。


「アレックス、あなたもお茶の一杯くらい、飲んでいきなさいな。オーロラ」


 コレットが言った。


「急いで椅子をふたつ、持ってきてちょうだい。アレックスとカリナ嬢の席を作るの。二人の席は隣同士よ。お茶もすぐ用意して」


 くすくす笑いが大きくなった。


 椅子をふたつ。アレックスとカリナのために。

 つまり、オーロラの席はない、ということなのだ。

 そして召使いのように、アレックスとカリナの席を作れとコレットは命令している。


「かしこまりました」


 オーロラは感情の混じらない平坦な声で返すと、壁際に用意されていた予備の椅子を取りに行く。


 一脚ずつ椅子を運んで来るとコレットがさらに指示を出す。


「二人の席はわたくしの向かいにしてちょうだい。続きの席にするのを忘れないで」


 そこにはセイディが座っている。

 セイディはすぐ立ち上がってくれたが、後の二人は知らんぷりだ。

 さらに他の席もずらさなければ、二人ぶんの席はできないだろう。


 オーロラは着席している令嬢達に立ち上がるように頼み、全員の椅子をずらした。

 最後にアレックスとカリナの席を作ると、再び壁際に戻った。


 侍女の一人が用意したお茶をオーロラに渡してくれる。

 オーロラは礼を言うと、アレックスとカリナの前にお茶を置いたのだった。


(これでいいかしら)


 オーロラはほっとしながら、壁際の椅子に座る。


 白のラウンドテーブルでは、コレットがさっそく、香水瓶を広げてあれこれ自慢げに説明しているところだった。


「ふふ。今日の記念に、皆さんにおひとつずつ、お好きな香水をお持ち帰りいただこうと思っておりますのよ。さ、遠慮なく試してごらんになって?」


「まあ、コレット様!」

「大変光栄でございますわ」

「さすが、王女殿下。こんな珍しいものをご用意くださるなんて」


 わっと盛り上がったが、公爵令嬢のソニアがそつなく言った。


「カリナ様、どうぞお先に」


 イベットは慌てて香水瓶から手を引っ込める。

 すべての香水瓶がカリナの前に集められ、令嬢達は彼女が選ぶのを待った。


 カリナの次はソニア、それからイベット。

 無言のルールで身分が上の令嬢達から香水瓶を選び、最後にセイディは一番小さな香水瓶を選んだ。


 お盆に残ったのは、赤いガラスで作られた、一際大きな香水瓶だった。

 赤いフサの付いたスプレーが取り付けられている。


「ふふ。これは、そうね。オーロラにあげようかしら。何しろ、大切な弟の婚約者ですからね。特別な香水をお贈りしなければ」


 コレットの口調に、一瞬、その場が静まり返った。


「セイディ」


 コレットはセイディ・シリュー侯爵令嬢を指名した。


「この香水をあなたからオーロラに渡してあげてちょうだい。お気の毒に、オーロラったら、あんな隅っこにいるものだから」

「あ……」


 セイディはかすかに震えながら立ち上がった。


 コレットは満足そうな表情をして、赤い香水瓶を見つめている。

 アレックスと並んで座っているカリナが扇を広げ、口もとを覆った。


 セイディは悪い予感に襲われて、立ち尽くした。


「セイディ? 聞こえましたわよね?」


 コレットの念押しに、セイディは諦めたようにして香水瓶を持ち上げた。

 ゆっくりとサロンを横切って、サロンの入り口脇に控えているオーロラの前までやって来る。


 オーロラはあわてて立ち上がった。


「オ、オーロラ様……」


 小声でささやいたセイディの声も震えている。

 もう悪い予感しかしないのだろう。

 それは、オーロラも同じだった。


 コレットはオーロラに悪意しか持っていない。

 そんな彼女が、オーロラにプレゼントをするなんて、あまりにもおかしい。


 セイディの明るい茶色の瞳には涙が浮かんでいた。

 ちょうど、初めて二人が顔を合わせたあの時のように。

 あの時も、セイディは泣きそうな顔をしていたのだ。


 泣きそうな顔をしていながら、セイディは婚約者であるオーロラではなく、カリナをエスコートするアレックスの態度に疑問を投げかけた。


 今もセイディは手にしている香水瓶を固く握りしめ、オーロラに渡すまい、としているかのようだった。


 しかし、セイディがコレットの命令に背けば、今度はセイディがトラブルに陥るのは目に見えている。


「……セイディ嬢、大丈夫です。さ、その香水瓶をわたくしにください」


 オーロラが小声でささやいた。


「あ! いけません、オーロラ様!」


「セイディ嬢、いいんですのよ。あなたがその香水瓶をわたくしに渡さなければ、コレット殿下はあなたを責めるでしょう。わたくしの方は、正直————王女様の嫌がらせなど、どうでもいいんですの。興味がまったくないというか」


「え!?」


「王子殿下ともうまくいきませんわ。わたくし、殿下にも本当のことを申し上げようかと思っているのです。どうぞお気になさらないで。ご事情は理解しておりますわ」


 いつも黙って嫌がらせを受けているオーロラの、あまりにも率直な言いように、セイディは目を丸くした。


 オーロラがうなづくと、セイディはそれでもためらいがちにそっと香水瓶を差し出した。


 オーロラはそれを受け取る。


「それでいいのです。心配しないで」

「オーロラ様……」


 オーロラは香水瓶を持ち、コレットの方に向かおうとすると、コレットは鋭く制止した。


「こちらに来ないで!」

「……王女殿下にお礼を」

「構わないから、そこで、試してごらんなさい」


 オーロラはため息をついた。

 セイディは不安そうにオーロラを振り返りながら席に戻る。


「その丸いところを押すのよ。そうすると、香水が出るから、少し付けてごらんなさいな」


 コレットは優しい声で促した。


 オーロラは言われたとおりに指先で押した。

 しゅ、という音がして、香水瓶から香水が噴霧される。


 次の瞬間、サロン中に、令嬢達の悲鳴が響き渡った。


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