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呪われた伯爵令嬢は、婚約破棄にもひるまない  作者: 櫻井金貨
第1章 笑わない伯爵令嬢
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第1話 『真実の愛』の呪い

「美しいよ、オーロラ」


 それは感極まった新郎の言葉だった。


 天井のステンドグラスから射し込む光がまるでスポットライトのように、令嬢のすらりとした立ち姿に降り注いでいる。


「この日をずっと待っていた」


 最高級のレースで作られた、純白の長いベールが、新郎の手で上げられる。

 ふわり、と輝いたのは、まるで月の光を溶かし込んだかのような、美しい銀色の髪。


 新郎を迎えたのは、ちょっといたずらっぽい表情を浮かべた、オーロラの微笑みだった。

 まるで北国の湖のような、印象的なアイスブルーの瞳が新郎の姿を映し出している。


「『真実の愛』は、あったね」


 優しくささやき、夫はオーロラの唇に優しいキスを落とした。


 まるですべてが祝福されているような。

 これ以上ないほど光があふれる聖堂の中。

 二人は永遠の愛を誓った。



「ご結婚おめでとうございます!!」

「新国王陛下、王妃殿下、おめでとうございます!!」


 二人が聖堂を出ると、人々の歓声に包まれた。


 真っ白な鳩が空を飛び交い、オーロラはふと、雲ひとつない青空を見上げる。

 思い出すのは、青空のような瞳の色をした、ひとりの貴婦人の姿だ。


 その美しい人は、オーロラによく似た顔だちに、銀色の髪と澄んだ青色の瞳を持っていた。


(お母様。きっと、天国から、わたくしのことを見守っていてくださる)


 そんなオーロラの想いを感じ取ったのか、夫はそっとオーロラの指先を口もとに寄せて、キスをした。


「私達の大切な人は、ずっと見守っていてくれているよ。だから安心して。さあ、行こう」


 純白の馬で揃えられた純白の馬車が待っている。

 二人は馬車に乗り込み、聖堂から王宮までのパレードに出発した。


 自然な微笑みを浮かべて、沿道に集まった大勢の人々に手を振り続ける王妃。

 王妃を守るように彼女の背中に寄り添い、同じように手を振る若き国王。


 この日、オーロラ・フォレスティ伯爵令嬢は、『真実の愛』を手に入れた。


***



「生まれたばかりの美しい赤ん坊に祝福を与えるために来た」


 ミレイユは赤々と燃える暖炉の炎の前で、炎と同じ赤味を帯びたブロンドを揺らしながら宣言した。


 雨に濡れた外出用のマントから水がしたたり、床に落ちていく。

 それでも胸に抱いた銀色の髪の赤ん坊を離さない。


 すでに夜半を過ぎ、屋敷の中は静まりかえっていた。

 しかし、この歓迎されない訪問者が立ち去る気配はなかった。


「ミレイユ王妃殿下、お願いでございます。どうぞ娘を離してください」


 ミレイユの前には、背が高く、銀色の髪を背中に流した女性が立っている。

 上質な白のガウンをまとった彼女は、こんな時でも、美しく、気品に満ちていた。


「娘に危険が迫っているというのに、お上品だこと。娘を返せと叫んだりはしないのね」


 ミレイユは憎しみに満ちた目を銀髪の女性に向ける。


「王妃殿下、わたくしは状況を十分理解しております」


「そうかしら。アストリッド王女殿下、いえ、元王女殿下。今となっては……フォレスティ伯爵夫人、でしたわね?」


 ミレイユはおくるみに包まれた赤ん坊を両手で高々と掲げた。


 まさか、このまま床に落とす気では!?


 さすがに、アストリッドの表情も変わった。

 その様子を、ミレイユは嬉しそうに眺めている。


「わたくしを屋敷の中に入れた時点で、あなたはもう失敗したの。ノール王国のお美しい元王女殿下。あなたの、負け」


 ミレイユは言った。

 その赤く塗られた唇から、呪詛(スペル)の言葉が流れ出す。


『アストリッド・フォレスティの娘、オーロラ・フォレスティよ。おまえに「真実の愛」の呪いを与える。おまえが「真実の愛」以外で結ばれた時、呪われるがいい。呪いよ、その時は———相手の男を殺せ』


 窓の外で雷鳴がとどろき、一瞬、稲光が昼間のように部屋の中を照らした。

 アストリッドの左手首に巻かれた細い鎖が、きらりと光る。


 ミレイユは腕の中の赤ん坊を、きつく抱いたまま、一歩、また一歩とアストリッドに近づく。


「アストリッド、おまえが呪いのことを誰かに話せば、この子どもは死ぬ。たとえ夫であろうと、話せば死ぬ」


 ミレイユは赤ん坊をアストリッドの腕に押しつけた。


「ご き げ ん よ う」


 そう言い捨て、ミレイユはくるりとアストリッドに背中を向けると、そのままホールを横切り、玄関を出た。

 轟音(ごうおん)のように響き降りしきる雷雨の中、屋敷を離れる馬車の音がかすかに聞こえた。


 入れ替わりに、茶器の乗ったワゴンを押して、一人の侍女がサロンに入ってきた。


「奥様、お客様はもう、お帰りに……?」


 侍女の言葉はそこで途切れた。


 アストリッドにお茶を入れるように命じられたのだが、すでに台所の火は落とされている時間だった。

 火をおこし、湯を沸かすのに時間がかかり、侍女はようやくサロンに戻ってきたのだ。


 しかし、侍女は部屋の様子を見るなり、さっと顔色を変えた。


「きゃああああっ! 大丈夫ですか、奥様! 奥様、お気をたしかに、奥様———っ!!!」


 侍女が必死で叫ぶ、「誰か来て!!」という声に、屋敷のあちこちからバタンバタンとドアが開く音がして、急いで部屋に駆けつける足音が続いたのだった。


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