第三話 枷
水面に反射した陽光が眩しく、目を細める。
噎せ返る程の濃い磯の薫りに思わずウッと手で鼻を覆った。
接岸を告げる汽笛の音に呼応する様に、船内も俄に騒騒しくなってきた。
横に目をやると湊が気分良さそうに伸びをしながら、
「ようやっと到着かぁ。ほれ、ハチよ。彼処に見えるのが件の門だ。」
指の差す方に目をやると、湾の奥遥か彼方にあってもその大きさが理解出来る程の巨大な半球状の建造物が存在していた。
「彼処まで大きいなんて。まるで山だ。」
そう思わずそう呟く程、異様な光景であった。
「まぁこの大陸には多少の丘はあっても山みたいなのは存在しないからな。あれの頂点がこの大陸で一番の標高らしいぜ。感心してる所悪いんだが、入国の手続きを済ませようか。」
気付くと下船する列がもう出来上がっている。
慌てて並びながらも、いよいよとなった新大陸にハチは不安で胸の奥が重くなっていくのであった。
―――この二週間ばかりの船旅ではやはりと言うべきか様々な事柄が起こった。
特に喧嘩等はもはや日常風景の様になっており、船乗り達も運ぶのみが仕事であるかの様相で我関せずを貫いた。
流石に騒動がエスカレートし何人か海に投げ込まれた時には小銃を取り出して沈静化を図っていたのだが、その様相を見て自分の場違い感に頭が痛くなったものである。
(果たして故郷の妹の元に帰る事が出来るんだろうか?いや、帰れたとして、殺人犯が帰った所で迷惑になるだけじゃないか?優しい妹は受入れてくれるだろう。でもあの国では犯罪者に居場所は無いんじゃないか?)
ここ最近は常にそんな思考に囚われていた。
片田舎に住んでいた凡庸な少年にはとっては、この生活はあまりにも刺激が強くある種の現実逃避だったのだろう。
そんな事を考えている内にも、遂に列が自分の番となり個々に一室に案内をされる事となった。
『ウィーン』と、甲高い機械の駆動音と共に頭から足先までをスキャナーの光が通り過ぎる。
「ハイ、コチラへどうぞー。」
係の人の気怠げな声に促されるまま立たされる。
目の前にはタブレットを忙しなく動かしながら、如何にも面倒だと言わんばかりの様子をした妙齢の女性が座っている。
「では幾つか質問させて頂きますね。全てハイで応えてくれて大丈夫ですから。本名は袴田 一樹さん、年齢は16歳、国籍は日本出身、犯罪はー、へぇ殺人ねぇ若いのに。事件の調書は、うーん何々児童虐待の末ねぇ。妹さんと近隣から複数の嘆願書有り。ではではえー、殺意は有りましたか?いつか殺してやろうとか?」
「いえ、妹の悲鳴が聴こえて、気付いた時には、、、」
思わずそう応えていた。
女性がタブレットからチラと目線をコチラに向けきて、それについ狼狽えて視線を下げる。
「んー激情型かな?では特技や趣味をお伺いしますねぇ。仕事の斡旋等にも繋がりますからー。」
どこか居心地の悪さを感じながらも応えていくと、
「では少々お待ち下さい。AIが読み込みますのでね。
―――あ、出ました。袴田さん、貴方は橙色みたいです。」
と要領の得ない回答が返ってくる。
すると女性側の後方から自律ロボットがトレイを運んで来て、其れを受け取った女性は続けて言った。
「では利き腕と反対の手を机に載せて下さいね。」
素直に言われるままにすると、載せた手の甲にシリンジを押し付けて、
「少しチクッとしますよー。ハイ、では続けてこのバングルを装着して下さいね。」
と、渡されたのは細めの腕輪だった。
其れを受取りこれまた素直に装着すると、腕輪が仄かに橙色に発光した。
妙齢の女性がホッとした表情で言う。
「素直に言う事聞いてくれてホント有り難いです。基本反抗的な人ばかりですから助かりました。
手の甲に入れたのは生物ICチップでして、バングルと連動して現在の所在地や行動履歴の送受信、電子通貨の取引等を行います。財布の替わりと成りますので無くさない様にお願いします。
バングルの光は其れに応じたその人の危険度と言えば判り易いかと。
危険度の低い順に緑、黄緑、黄、橙、赤となっていて、その色に応じて居住区の割り振りや仕事の選択、その他福利厚生を受けれるので緑を目指して頑張って下さいね。
殺人等の重犯罪は基本的に赤スタートなんですよ?
AIが此れまでの経歴と船内や此処での言動から算出して袴田さんを安全と割り出したみたいですね。ラッキーですねぇ。
―――其れでは改めまして新大陸、シナーズへようこそ!」
その後ハチは現在の居住場所等の細かな説明を受け、
何時から言われてたのか誰が言い始めたのかも判然としない犯罪者の国『シナーズ』に、とうとう降り立ったのであった。