第1章 罪科と贖罪
第一話 罪
「オイ、兄ちゃんは何の罪を犯して此処に居るんだい?」
薄汚れた船内にて両膝に顔を突っ伏している少年は、隣に座る薄汚れた青年にそう声を掛けられる。
「自分は、、、」
横目でチラと顔を上げながらも暫く言い淀んでいると、気を利かせたのか調子の良さそうな口調で矢継ぎ早に、
「まあまあ良いか、そりゃ言えねぇ事情もあるわな。俺はソウってんだ。サンズイに奏でるって書いて湊。俺はさぁ生きてく為に窃盗を何回かやってたら捕まっちまって。勿論悪気は無かったんだぜ。まあ噂に話は聞いてたんだ、もののついでに興味もあったし新天地目指してこの船に乗ってるって訳さ。」
何故此処まで陽気で居られるのか理解出来なかった。
胡乱気に見つつも、
「ハチって呼んで下さい、湊さんはこの船が何処に向かってるのか知っているんですか?」
聞かれた湊はきょとんとした顔になって言った。
「なんだ?兄ちゃん何にも知らねえで此処に居んのかい?今となっちゃ常識だと思うんだが、、、」
まるで奇妙な物を見る様な目をするので思わず眉を顰めると、湊は少しだけ申し訳なさそうな顔をして
「まあ余計な詮索は辞めとくか。不安に思うのは仕方がねぇが教えてやるからそんな顔すんなって。この船はなぁ、ありとあらゆる犯罪者を乗っけて新大陸に向かう船なんだぜ。」
思わず声が出た。
「新大陸ってあの?」
湊はなぜかドヤ顔をして言う。
「オウ!そうよ。」
ーーー忘れたくても忘れられない。
今から6年前、突如として途轍もない地震と津波を伴いながら太平洋上に新大陸が浮上し世界は大混乱に陥った。
特に環太平洋地域の文化圏は壊滅的な打撃を受け、勿論日本も例外では無かった。
この時日本の唯一の救いとするならば、元より地震大国と言う事や山地の多さにより人的被害は他の国と比較して少なく抑えれた事であろうか。
しかし更に災禍は続いた。
原因不明の病原体が世界中で発生したのである。
これら一連の大災禍により当時100億弱あった世界の人口の約4割もが死滅したと言われている。
そして例外に漏れずハチの両親もこの大災禍によって命を落とした。
ハチと唯一の肉親である妹、一花を残して。
そしてそこからがハチの、否、一樹〈イツキ〉と一花〈イチカ〉の本当の地獄の始まりであった。
当時齢10歳と7歳の兄妹では社会の混乱も相まり、生きて行くには厳しい現実があった。
故に大災禍を経て唯一の生き残りとなった父方の親族の元に身を寄せる事になったこの兄妹は、ハチとタマと呼ばれ幼少期を過ごすこととなった。
それは正に犬猫の様であった。
月日は流れそれは唐突に終わりを迎える。
ーーその日も何時もの様に農具を持って朝から仕事へと向かっていた。
何時もと違うのは妹が体調を崩して寝込んで仕舞ったのである。
後ろ髪を引かれながらも小屋に置いて来た妹を思いつつ今日は早めに切り上げて帰宅しようかと考えていた。
片田舎な事もあり大災禍により医者も手不足で偶に巡回してくる限りなので、心配に思いながらも懸命に働き叔父に薬を買って貰う様お願いする心積りだった。
もし其れが駄目であれば、いつも良くしてくれている近所のおばあちゃんにまた無理を言ってお願いするしかないか。
山の裾にふと目をやると芍薬の花が咲いていた。
此れはと思って急いで掘り返し、仕事も後回しに小屋へと急いだ。
どうせ叔父はまだ寝ているだろう。
生きる為に得た知識が役に立った事を嬉しく感じながらも、逸る気持ちそのままに駆け、もう家が見えて来た。
悲鳴が聴こえた。
はっと気付いた時には普段は立入らない筈であろう小屋に血を流した叔父と、血を浴びた妹と自分が居た。