序
序章 解せない
眞輝との縁が切れた翌日、死神イザヨイのもとを祟神のラゴウが訪れる。
眞輝に付き纏っていた女の幽霊、茜が生前に関わりのあった者を次々と襲い祟り殺そうとしていると聞き、イザヨイは驚きを隠せない。なぜなら眞輝や冥府の神タマホメの証言を繋ぎ合わせれば、善良な茜は幼馴染の心配がなくなり次第成仏するはずだからだ――
人間は意味を生きている。意味とは定義とは異なるものである。
「そらまたけったいな話やな」
アシタレは顔をしかめた。
「なんで用事の済んだ霊が彼岸に帰らんと彷徨うんやろ」
「だからそれを訊いている」
昼間の出来事を、私はアシタレに話したのだった。祟神のラゴウから仁科茜の事で聴き取りを受けた。実際に彼女に接触した冥府の神タマホメ様から聞いた話では、仁科茜はただ幼馴染の眞輝のことが気がかりで此岸に戻ったと話したという。確かに眞輝には彼女を追いかける心配があったが、彼については死神である私との縁が切れ、落着した。よって彼女は安心して成仏するはずなのだが。
ラゴウによれば、彼女の生前に関わりのあった者たちが相次いで不審死もしくはそれに準じた不審事件に巻き込まれているという。彼女は畏れ多くもタマホメ様に嘘をつき、そのように次々と人を祟り殺そうとしているのだろうか。
「それで、イサちゃんが何を言われたん」
「別に。私が茜を目撃した日付と、その時の様子について詳しく聴かれただけだ」
人間のすることは不可解で、時として理解に苦しむ。それは死んでも変わらないらしい。
「アシタレには先月の上旬に、何かしら印象に残った霊の記憶はないか? 具体的には二十代半ばの、髪の短い地味な女で、十月四日の出来事なんだが」
恋人のアシタレは三途の川原で商いをしている鬼である。彼岸に渡る霊の顔なら船着き場のすぐ横に屋台を構えている彼が一番見ているはずだ。
「どうやろなあ、俺は記憶力のええ方と違うし」
角の生えてきた額を掻くうち、あ、と声を出した。
「何か思い出したか」
「なんや渡し場で立ち止まって俺の顔を見てる女の子がおったわ。何やろ思うたら、知り合いに似てるやいうて。そんで係の死神に咎められてな。生者の顔を思い出したらあかんて」
私は身を乗り出した。
「それは本当か。四日のことだったか?」
「いやそこまでは覚えてへんやろ」
それもそうだ。私は溜息をついた。
まあ、この件について私は深追いしないつもりでいる。私の手を離れた事であるし、こちらはこちらの仕事だけで手一杯なのだ。余計なことに首を突っ込む余裕などない。
私の手首には退勤時に託された綺麗な葡萄色の組紐が結び付けられている。明日にも訪問しなければならない。
■主要登場人物
イザヨイ:生命省人間庁人口調整局死神課自殺対策班青年係の新神
アシタレ:イザヨイの恋人。三途の川原で商いをする鬼
ラゴウ:怨霊を狩る祟神。冥府からの応援要請で茜の行方を追っている
タマホメ:冥府の神。人の娘から鬼となり、神となった異色の経歴をもつ。死神の長ウミヤメとは旧知の仲
茜:不慮の事故で亡くなった若い女の幽霊。幼馴染の後追いを恐れて彼岸から戻ってしまった。生前はおとなしく純粋なイメージをもたれ、幼馴染の心配がなくなれば成仏するはずだったのだが…
眞輝:茜の幼馴染。自殺の恐れがあるとしてイザヨイが担当し、縁が切れたばかり