捌:暗鬱魔術
この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。
私が口を開くよりも早く、リリアナは私を睨んで怒鳴り始めた。
「何でっ! 何でアンタが、オスカー殿下と一緒にいるのよ! 何でっ! どうしてアンタなのよ! 私は侯爵家の長女で、国立魔術師団長の娘なのに! 私の方が、殿下に相応しいのにっ!」
様子がおかしい。
私に対抗意識を燃やしているのは知っていた。オスカー殿下に対する恋心も、彼女の普段の言動から明らかだった。
しかし、私を睨むことはあってもここまで露骨な敵意を見せられたことはなかった。
貴族として生まれ育っただけあって、リリアナは己を律することを知ってた。
そんな彼女がここまで感情を露にするところを、私は見たことがない。
「リリアナ、それ以上は止めろ。俺に対する不敬罪にもなるぞ」
彼女の異変に、殿下も気付ている。
冷静に諭すが、彼女の瞳から光が消えた。
「どうしてっ! どうして私があんな脳筋と……! 私が、私こそが、殿下の妃に相応しいのに……!」
ぶつぶつと呟く度に、彼女の周りで嫌な魔力が渦を巻き始めていく。
「……まさか!」
この様子に、私は古い魔術書で読んだ内容を思い出した。
これは良くない。とにかく抑えないと。
「催眠魔術!」
私が咄嗟に唱えた瞬間、彼女は意識を失ってその場に崩れ落ちた。
「……ふぅ……」
「何だったんだ?」
怪訝そうにしている殿下に答える前に、私は殿下と彼女を伴って転移魔術を発動させた。行先は学校内の医務室だ。
転移魔術は魔力の消費が激しい大技だが、学校内の移動くらいなら問題ない。
突然現れた私達に驚く校医に、簡単に事情を説明して、リリアナをベッドに寝かすよう頼む。
「……多分ですが、人の心の闇を増幅させる暗鬱魔術を掛けられたようです」
「暗鬱魔術……?」
「ええ、とても古い魔術で、呪いの一種です。厳密に分類したら操作魔術かもしれませんが……その魔術を受けた相手は、心の中を暴かれ、嫉妬心や憎悪などといった負の感情が剥き出しになって暴走し、最悪の場合は心を狂わせて自ら命を絶つこともあるそうです」
「……誰が、リリアナにそんな魔術を……」
リリアナもまた、この学校でもかなり上位の魔力量を誇る生徒だ。技術はまだまだ甘いところがあるが、努力次第で国立魔術師団に入ることもできるだろう。
そんな彼女が、これだけ心を乱されるなんて、相手の魔術師が彼女より強いということに他ならない。
「……リリアナ・ジュークが倒れたと聞いたが?」
校医からの報告を受けたらしいレナード先生がやって来た。
表情は普段通りだが、少しばかり息が上がっている。生徒が倒れたと聞いて走って来てくれたようだ。
私と殿下で状況を説明すると、先生は眉を顰めた。
「……そうか……ジュークの介抱は私に任せなさい。暗鬱魔術の完全な解除は浄化魔術が確実だ。聖女様に来ていただくよう依頼しておく。それから、お前達の事情は皇帝陛下からも連絡が来ていて、外出許可も既に下りている。好きに行動して問題ない」
「わかりました。お願いします」
殿下がレナード先生に頷き、退出するよう私を促した。
「……リリアナに暗鬱魔術を掛けたのは、セシルだと思うか?」
「わかりません。随分前に掛けられたようで、リリアナさんからは本人の魔力しか感知できませんでした」
ただでさえ、相手が気配を隠す遮蔽魔術と併せて暗鬱魔術を発動させていたら魔力を探知魔術で追うのは難しくなるのに、更に時間が経過していたとなると、ここから探知することは不可能だろう。
「……とにかく、セシル・ステージアに会うしかないな」
「ええ……でも、なんだかとても嫌な予感がします……」
私は剣呑に呟いた。
残念な話ではあるが、前世から、私はこの手の「嫌な予感」が外れたことは一度もない。
「……時間が惜しい。転移魔術で行こう」
殿下は私の腕を掴んで、転移魔術を唱えた。
瞬き一つの間に、私達は別の場所へ移動していた。
「……転移魔術、殿下も使えたんですね」
「一応な。でも、兄上ほど使いこなせていない。帝都内程度の距離の移動なら数回できるが、帝都と神殿くらい距離があったら、一回行ったら戻って来るのに時間がかかる」
そう、空間を移動する転移魔術は、上位魔術の中でも魔力消費が著しい大技だ。
更に、移動する距離に比例して消費魔力も跳ね上がるという特性がある。
神官達が暮らす神殿は帝都から東へ、馬車で丸一日、早馬を飛ばしても半日かかるくらい距離がある。それほどの距離だと、私でも一日一回が限度だ。
ちなみに、原則として行ったことのある場所でないと行けない。行ったことのない場所にも、地図などで座標を正確に把握すれば転移可能であるが、魔力消費は前者に比べて激しくなる。
「……ここがステージア伯爵家の屋敷ですか?」
「ああ」
目の前にあるのは、伯爵家らしい大きな屋敷だ。
入口に騎士団の制服を着た者が二名待機しており、屋敷の中にも何人かいるようだった。
「ステージア伯爵家の人間は、当主とセシルだけだ。伯爵夫人は数年前に病で亡くなっている。現在、伯爵とセシルは接触禁止として、同じ屋敷内だが別の部屋に軟禁状態となっていて、常時二名以上の騎士に見張られている状態だ」
言いながら、殿下は見張りの騎士に声を掛け、屋敷の中に入っていく。
屋敷の中でも騎士に声を掛け、彼の案内でセシルの自室まで向かった。
彼女の部屋には、国立騎士団の女性騎士三名が常駐し、部屋の外に常に一人の男性騎士が立っているとのことだった。
断りを入れてから中に入ると、焦げ茶色の髪にグレーの瞳の、まだ幼さの残る顔立ちの少女がいた。彼女がセシル・ステージアだ。
「……オスカー殿下にご挨拶申し上げます。私にどのような御用でしょうか?」
優美な所作で一礼した彼女の気配を確認する。
やはり、あの魔術書の一部から感じた魔力と、キメラの気配に混じっていた魔力の気配と同じだ。
「単刀直入に聞く。合成魔術を行使したことはあるか?」
駆け引きも何もなくそう尋ねた殿下に、セシルはほんの僅かに目を細めた。
「さぁ、何のことでしょうか? 私にはわかりかねます」
「じゃあ、その魔具は何ですか?」
私が、部屋の奥の棚に飾られていた小さな置時計を指差すと、彼女はぴくりと眉を動かした。
それから、何か小さく唇が動く。
「魔具?」
一瞬遅れて殿下が目を眇めた、その時だった。
「っ! 殿下下がってください!」
異変に気付いた私が殿下の腕を強引に引き、咄嗟に右手を突き出した。
「束縛魔術!」
魔力の鎖でセシルを拘束した、その直後、置時計がかっと光り、魔力が一閃した。
「っ! 引っ張られる!」
直感した時には遅かった。転移魔術の術式が展開されたのを悟る。
「……あーあ。ついてきちゃったのね」
面倒臭そうに溜め息をついたセシルの声に、私はぐっと拳を握り締める。
薄暗い石造りの壁が剥き出しになった、おそらく地下室と思われる部屋。
広さは学校の教室並、大きな机がいくつかあり、魔術書が乱雑に置かれている。部屋の奥には動物を入れておくような檻がいくつも積み重なっており、中は空だが濃い魔物の気配が残っていた。
「どういうつもり? 騎士団に監視されているという状況下で、魔具を発動させて転移するなんて」
直前の彼女の唇の動きから察するに、おそらく何かしらのキーワードを唱えることで魔具が発動するようにしてあったのだろう。
魔具は魔力を有さない一般人でも使用できるように創られたものなので、魔力を封じられている魔術師でも当然扱える。
おそらく、彼女一人で転移して逃げるつもりだったのだろうが、直前に拘束魔術を掛けた私も諸共転移対象になってしまったようだ。
ついでに、私が腕を掴んでいたオスカー殿下も。
「……ここは……?」
「おそらく、リバティ元侯爵の地下室でしょう。魔物の気配がします……先程の置時計型の魔具には、転移魔術が組み込まれていたんだと思います」
私の言葉に、殿下が忌々し気に目を細めた。
「……ここで何をするつもりだ?」
「気を付けてください。さっきの魔具には、転移と同時に、他者の魔術を無効にする効果も付与されていたみたいです。転移と同時に、私の束縛魔術も強制解除されてしまいました。多分、彼女に掛けられていた魔力封じも解除されています」
私の言葉に、セシルが唇を吊り上げた。
「邪魔者は消えてもらうわ。アンタ達の次は、あの女よ……! 召喚魔術!」
唱えた刹那、彼女の前にどす黒い魔力が渦を巻き、獣の姿になった。
見たことのない形の魔物、おそらく合成魔物だ。
「……やれ」
セシルの冷たい声色が響いた瞬間、キメラは私に向かって飛び掛かって来た。
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