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かつて魔王を倒した勇者が魔術師に転生したので世界平和のために尽力することにしました  作者: 結月 香


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7/12

陸:魔物を合成した魔術師

この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。

 そっと左の肩に何かが触れたと同時に、そこから暖かい魔力が流れ込んできた。


「気を抜くな。俺の魔力を貸す。そのまま続けろ」


 耳に馴染む、オスカー殿下の声が耳元で聞こえる。 彼は私の視界に入ることなく、言葉通り私に魔力を貸してくれた。


 魔力を他人に流し込むこと自体は、基本的に誰にでも可能だが、魔力にも相性がある。

 魔力の相性が悪いと、反発して発動中の術が解除されてしまうこともあるし、最悪心身に影響がでることもあるのだが、幸い殿下と私の魔力の相性は良いようだ。

 おかげで、先程よりも明瞭に、魔力の残滓ざんしを追えるようになった。


「……見つけた!」


 犯人の魔力の位置情報を掴み、ぱっと顔を上げた直後、再び視界が揺らぐ。

 やはり魔力を使い過ぎたらしい。


「おい! 無茶するな。完全に魔力切れを起こしているぞ」


 オスカー殿下が慌てた様子で、背後から私の両肩を掴む。


「すみません、殿下。ちょっと眩暈がしただけですので、大丈夫です。魔物を合成した魔術師の居場所がわかりましたので、行きましょう」

「そんな状態で敵の潜伏場所へ突っ込むつもりか!」

「こんな状態でも殿下より強いと思いますけど」

「お前が俺より強いだと?」


 やや馬鹿にした様子で聞き返されたので、私はむっと眉を寄せた。


「信じられないなら試してみますか?」


 私は反論と同時に、左肩を掴んでいた彼の手を右手で掴んで捻り上げた。


「いっ……! な、何をするんだっ!」

「殿下が私の強さを信じていらっしゃらないようだったので。どうします? 続けるなら遠慮なく腕を折りますが?」

「わかった! わかったから放せ!」


 殿下の言葉を受け、ぱっと手を放してやる。

 と、クロヴィス殿下が笑いを堪え肩を震わせており、聖女様が感心した風情で私を見ていた。


「驚いたわ。皇族相手に私と同じことをする人がいるなんて」

「え、聖女様が……?」

「ええ。まぁ、私の場合は、神殿にお忍びでやって来た皇太子を不審者と間違えて捻り上げちゃったんだけどね。それが私達の初対面なの」


 聖女様は懐かしそうにうふふ、と笑う。見た目はこんなに可憐なのに、どことなく私と同種の匂いがする。


「……ったく、不敬罪で死にたいのか」


 少々悔しそうな顔でオスカー殿下が呟く。


「殿下が、平民である私に腕を捻り上げられた、なんて吹聴するとは思えませんが、断罪したければお好きにどうぞ」


 しれっと答えると、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「……オスカー、お前も苦労するな」


 笑いを嚙み殺しながら、クロヴィス殿下がオスカー殿下の肩をぽんぽんと叩く。


「……それで、犯人の居場所は?」


 逸れてしまった話題を聖女様が戻したので、私は頷いて正面玄関の方を指差した。


「帝都の南端、おそらく貴族の屋敷です。犯人が屋敷のどの部屋にいるのかまではわかりませんが……大きな門があって、屋敷は立派なのに、庭がやたら荒れている屋敷が視えました」

「帝都南端の貴族の屋敷で、庭が荒れている、か……」


 何か心当たりがあるのか、クロヴィス殿下が目を細め、聖女様も頷いた。


「……リバティの屋敷かしらね」

「その可能性は高いな」


 リバティ、それは確か、少し前に大罪を犯したとかで捕まった貴族の名前だ。ダイス貴族学校にも親族が通っていて、事情聴取のために騎士団が学校に来て騒ぎになっていた。


 貴族のゴシップには興味がないのでうろ覚えだが、余罪が多すぎて捜査に時間が掛かっているが、爵位剥奪は決定していて、直系の親族も皆逮捕されたとか。


 ちなみに、リバティの親族という生徒はかなり遠戚で、捜査の結果、リバティの悪行とは無関係と判明した。

 しかし念のため、リバティの裁判が終わるまでは騎士団の監視下に置かれることになり、休学することになってしまったらしい。


「ありがとう、ラシェル。ここからは私達が捜査をするわ。貴方はもうゆっくり休んでいて」

「え、でも、私も一緒に……」

「魔力切れを起こしている学生を、危険な場所へ連れて行けないわ。もう充分助かった。ありがとう」


 聖女様はそう言って微笑むと、クロヴィス殿下を促して去っていってしまった。


「殿下、私は何もしなくて良いのでしょうか……?」

「お前のおかげで犯人の居所が掴めたんだ。充分だろう。今の魔力切れを起こした状態じゃあ、魔術での戦闘になった時に足手纏いにしかならないしな」


 そう言われてしまってはぐうの音も出ない。

 体術も剣術も自信があるが、魔力切れの状態で魔術師と戦うのは流石に危険すぎる。


「俺達は、今の出来事を父上に報告しに行こう。早い方がいい」

「わかりました」


 オスカー殿下の言っていることは尤もなので、私はそれに従った。


 終盤を迎えて賑わう夜会会場を静かに移動して、皇帝陛下に事情を説明する。

 クロヴィス殿下をそのまま中年にしたといえるくらい面立ちの似た陛下は、キメラという単語を聞いた瞬間に眉を顰めた。


「……父上、何か心当たりでも?」

「……ああ。私がまだ皇位継承する前に、神殿に保管されていた禁書が一冊紛失する事件があったんだ……その本が、合成魔術に関するものだった」


 現皇帝の即位が確か二十四年前。いくら何でも昔すぎやしないか。 


「その魔術書は見つかっていないのですか?」

「ああ、手がかりもないままだ……もしあの魔術書が、それを成せるだけの魔術師の手に渡ってしまったら、凶暴な魔物を合成した、より凶悪な魔物が生まれてしまうだろう」

「……父上、まさか持ち出したのは……」


 殿下が何か気付いたように口を開くと、皇帝陛下は小さく頷いた。


「ああ、証拠はないが、おそらく兄が持ち出したのだと思う」

「兄?」


 私は目を瞬く。


 そういえば、皇帝陛下は元々第二皇子で、皇太子だった兄君が皇位に就けなくなったことで皇太子に繰り上がったのだ。魔術専科でも近代史の授業はあるので、その辺りの史実は聞いたことがある。

 何があって兄君が廃嫡になったのかは知らないが、既に廃嫡され、一般人と同格の扱いになっていた陛下の兄君が禁書を持ち出したのだとしたら大罪だ。


 しかし私が口を挟める雰囲気ではないので、黙って陛下と殿下の会話を聞くことにする。


「神殿の図書室は、今も昔も厳重に管理されている。神官でも、入れる区画が制限されているほどにな。禁書の棚がある最奥に入れるのは、皇帝と成人した直系の皇族、そして聖女と神官長だけだ。つまり、当時最奥まで入れる資格を有していたのは、父上と兄上と私、当時の神官長と当時の聖女であったグレース様のみ……」


 つらつらと当時の状況を語る陛下は、痛みを堪えるような顔をした。


「……そして、兄を襲った暗黒竜(ダークネスドラゴン)……その禁書には、魔物の召喚についても記述されていたのだ」


 よくわからないが、皇帝陛下の兄君は暗黒竜ダークネスドラゴンに襲われて亡くなったのだろうか。

 しかも今の言い方だと、兄君が禁書を盗んで暗黒竜ダークネスドラゴンを召喚し、御することができずに命を落としたように聞こえる。


「……状況証拠とするには、充分ですね」

「ああ。物的な証拠はないが故に、魔術書が見つからなかった時点でこの件は闇に葬られることになった……私も、キメラという単語を聞くまで、魔術書のことは忘れていた」

「では、二十年以上前に、廃嫡となった元皇太子が禁書である魔術書を持ち出し、紛失。それを何者かが入手して、今回のような騒ぎを起こした、と?」

「あくまで可能性の一つだ……だが、合成魔術なんて、並みの魔術師では魔術書があったとしても到底できる芸当ではない。独学なんて以ての外だ」


 陛下は一度嘆息すると、私を見た。


「……ラシェル嬢、城にいる者全ての危機を救ってくれたこと、心より感謝する」

「そ、そんな! とんでもないです。私にできることをやっただけですので」


 咄嗟に謙遜すると、陛下は少し面白そうに私から息子であるオスカー殿下に視線を移した。


「いい娘だな」


 意味深長な視線と口調に、殿下は妙に満足げに頷く。


「……お前達は学校生活があるし、今後はクロヴィスとアリスが調査する。勿論、実力を見込んでまた協力を依頼するかもしれんが、その際はよろしく頼む」

「承知いたしました」


 私は一礼して、殿下と共に後ろへ下がる。


 殿下が浮かない顔をしていることに気付いて声を掛けると、彼は何かを迷っている様子で首を横に振った。


「何でもない」

「……無理には聞きませんけど、事件に関係することなら、私も首を突っ込んでしまったので、遠慮なく話してくださいね」


 こういう事件を目の当たりにすると、元勇者の血が騒ぐ。

 今後皇帝陛下や聖女様から捜査協力の依頼がなかったとしても、事件解決のために私にできることをしようと、密かに決意するのだった。

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