伍:招かれた魔物
この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。
私がロビーに入った時、あの黒髪の青年が柱時計の前で右手を突き出していた。
「っ!」
彼が行っているのは結界魔術だ。柱時計を包み、何かを押さえ込んでいる。
禍々しい魔力が、そこから漏れ出ている。
私が思わず駆け出すのと、大広間から聖女様が飛び出してくるのは同時だった。
「攻撃魔術!」
聖女様の凛とした声がロビーに響く。
彼女の魔力が刃となって柱時計に向かった直後、柱時計の中から、何かが飛び出した。
結界魔術が音を立てて砕け散る。
「魔物っ!」
しかも大きい。
赤い眼をぎらぎらと光らせて咆哮すると、聖女様の魔力の刃が弾け飛んでしまった。
初めて見る魔物だ。
漆黒の鱗に覆われた身体、形は獅子のようで、額と思われる場所に長い角がある。
そして何より、この濃密な魔力の気配。
その辺の魔物では絶対にあり得ないほどの魔力だ。
魔物は唸りながら、赤い眼を聖女様に据えている。
「ラシェル! 危険だ! お前は下がれ!」
聖女様の後から駆け付けて来たオスカー殿下が声を荒らげる。
正直、聖女様やあの眷属の青年なら、この魔物も簡単に倒せるだろうとは思うが、魔物を前に逃げるなんて性に合わない。これは多分前世からの習性だ。
私は右手を掲げた。
「来い! レイブレイド!」
それは前世で得た特殊能力の一つ。前世の記憶を取り戻した直後に試したら発動した。
私の手元に光が集まり、大きな剣の形になる。
前世の私が愛用していた、勇者の聖剣である。どこに置いてきても名を呼ぶと主の手元に現れるという効果があったのだ。
転生した後も効果が持続していることには驚いたが、使わない手はない。
夜会用のドレスで大剣を振り回すのは大変だが、不可能ではない。
「喰らえっ!」
足に魔力を集中させて床を蹴る。大きく跳躍して、魔物の脳天目掛けて剣を振り下ろした。
ギャアと耳障りな声を上げ、魔物が絶命する。
「っ! 浄化魔術!」
聖女様がハッとして唱え、魔物が放っていた嫌な魔力の気配を全て浄化してくれた。
私はさっと剣を消し、ぱっぱっと手を払う。
「流石は聖女様。空気が綺麗になりましたね」
「ありがとう。それより貴方こそ、とんでもない攻撃だったけど、一体何者なの? 今の剣は?」
聖女様が怪訝そうに私を見る。
「えっと、あの剣はなんというか……魔具みたいなもので、名前を呼ぶと来るんです」
「……まるで眷属みたいね」
「はい、近い気がします」
あまり考えたことはなかったが、確かに近い。
私は前世も今も、魔物を眷属にしたことはないが、眷属契約を結べば、名前を呼ばれた眷属は主の許へ馳せ参じるという。
「ラシェル! 大丈夫か!」
一拍遅れて、殿下が駆けつけて来る。
「ええ。大丈夫です。魔物も退治しましたし、魔物を召喚する魔具も破壊しました。これで大丈夫だと思いますが……問題は、この魔具を仕掛けた犯人ですね」
私が聖女様を見ると、彼女も難しそうな顔をして頷いた。
「ええ。城に入って仕掛けている以上、犯人は招待客か、城で働く兵士や使用人の誰か……」
「その中の誰かが、別の何者かによって操られて配置させらた可能性も否定できませんね」
私の言葉に、聖女様も頷く。
現時点では、容疑者が多すぎる。
「オロチ、この魔具に残っていた魔力から、犯人は追えない?」
聖女様は黒髪の青年を振り返る。
オロチと呼ばれた眷属の青年は申し訳なさそうに眉を下げて首を横に振った。
「申し訳ありません。この魔具は完全に使い捨てのため、術者の魔力もほとんど込められておらず、追跡ができません」
「術者の魔力を込めずに魔具が動くの?」
「魔石の魔力を移すことで可能です」
「なるほどね……追跡されないようにしていたって訳か……」
むむ、と唸る聖女様の肩で、何かが動いた。
「あと、さっきの魔物、見たことのない形をしていた。もしかしたら合成魔物かもしれない」
そう話したのは、聖女様の肩に乗っていた子狐だ。ふわふわの毛玉みたいな小さな魔物。あれも眷属だろうか。
「キメラって、複数の魔物を合成する魔術で生み出された魔物のこと?」
「そう。掛け合わせることで、その魔物特有の弱点を克服したり、力を増強させたりできるんだ。勿論リスクもあるけど」
「馬鹿な。キメラの生成は帝国が禁じていて、その類の魔術書は神殿の図書室の最奥にしかないんだぞ」
口を挟んだのはオスカー殿下だ。
「でも、禁じているだけで、その方法自体が不可能な訳ではない。独学でその方法を身に着けてしまったり、禁断の魔術書がどこかに流出していた可能性もあるわ。実際、私自身何度か禁断の魔術を扱う人を見てきたもの」
聖女様がそう呟くと、そこへクロヴィス殿下が駆けて来た。
「アリス! 片付いたか? 夜会も間もなく終わる。こちらは何も起きていないし、怪しい動きをしている者もいなかったぞ」
なるほど、大広間の来賓たちはクロヴィス殿下が守ると同時に、怪しい者がいないかどうか探っていたのか。
「とんでもない魔物が出て来たわ。ガリューの見立てではおそらくキメラ。魔物を合成する禁断の魔術がどこかで行われている可能性が高い……来賓を無駄にとどまらせる訳にはいかないから、全員解散させるしかないけど……大丈夫かしら」
犯人がその中にいるかもしれない。もしくは、犯人が狙っている人物がその中にいるかもしれない。
しかし、今の状況で数百人いる来賓の貴族全員を留まらせておく訳にはいかない。
「……聖女様、私に少し時間をくださいませんか」
「何かいい案があるの?」
「案という程ではありませんが……召喚の魔具から作成者を割り出すことができないとしても、先程の魔物がキメラであるなら、あの魔物の放っていた魔力の一部は、合成した魔術師のものということになります……その魔力を辿れば術者は割り出せるかと」
「そんなことできる? 魔物は既に倒して、浄化もしてしまったから姿も魔力の気配も消えてしまったのに……」
驚く聖女様に、私は曖昧に笑う。
「確約はできませんが、やってみる価値はあるかと」
実はこれも、前世でよくやっていたことの応用だったりする。
前世では魔術ではなく魔法だった。定義の違いはあれど、この世界での魔術と前世での魔法はとても似ている。
前世の私は、魔法使いではないにしても魔法が使えた。そして勇者故に魔力は強大。
今回話題になっているキメラというのは、前世の世界の魔王がよくやっていたこととても似ている。 魔王はよく、手下の魔族を別の魔族、もしくは魔物と合成して強化していた。
魔王の居場所を突き止めるのに、その合成された魔族の魔力の中から、違和感のあるものを探り出して辿ったのだ。
「探知魔術!」
授業レベルの魔石探し程度では呪文の詠唱などしなくても可能だが、今回のこれは、学校の課題とは比べ物にならないほど緻密な魔力操作が必要になる探しものなので、術式に沿って、丁寧に魔術を展開する。
このロビーと柱時計にこびりついた、ほんの僅かな魔力の気配を探し出す。
魔物特有の、『穢れ』とも呼ばれる魔力は、聖女様の浄化魔術で綺麗さっぱり消え去ってしまっているが、魔力の気配だけは本当にごく僅かな残滓としてそこにある。
そしてその残滓の中から、魔物ではあり得ない、人間の魔力を探る。
それはまるで、撚られた一本の糸に紛れた、細い細い別の色の繊維だけを摘まみ取るような作業。
「……見つけた……人間の魔力……そして、その主は……」
その異色の魔力を解析し、今度はその魔力を元に探知魔術を展開して、魔力の主、キメラを生成した魔術師を探す。
高精度の探知魔術を連続で行使することで、私の保有している魔力がゴリゴリ削られていくのわかる。
あまり時間がない。
それに、今魔術師を突き止めないと、このロビーに残っていた残滓が更に薄くなって追跡が不可能になってしまう。
大広間の中には、キメラを生成した魔術師はいない。となると、城全体、それでも見つからなければ帝都全体に探知魔術の範囲を広げなければならない。
魔力がもつだろうか。
思っていたよりも、聖剣を顕現させ、それを使っての攻撃で多大な魔力を消費してしまっている。
一度息を吸ったその時、くらりと眩暈がした。
まずい、限界が、近い。
と、その時、私の左肩に、そっと何かが触れた。
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