肆:不穏な魔具
この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。
青年の顔を見た瞬間に、私は察していた。
彼は魔物だと。
しかし、魔物特有の邪悪な、悪意や殺意といった気配がしない。
彼は柱につかつかと歩み寄り、自身が貫いた何かを拾い上げた。
「……アリス様、こんなものが」
彼は素早く聖女様の許へ移動すると、恭しくそれを差し出した。
それは、一見木箱のようだが、明らかに嫌な魔力を孕んでいた。
「……魔物を呼び寄せる魔具のようです」
魔具とは、特定の魔術の術式を付与した道具のことで、魔力がない人間でも魔術と同じ効果を得られるという便利なものだ。
彼の言葉に聖女様は頷き、クロヴィス殿下に何かを告げた。
それから黒髪の青年を振り返ると、彼は一礼してすっとその場に溶けるように消えてしまった。
その様子を見て納得する。
彼は聖女様の眷属になった魔物だったのか。
聖女様が魔物を使役するなんて初めて聞いたが、彼女の強さは一目見た時から察していたので、それを成せること自体には驚きはない。
と、彼女は私を見て、ちょいちょいと手招きした。
おずおずと近寄ると、彼女は真面目な顔で口を開く。
「ラシェルさんだったわね。貴方、あの魔力を察知していたでしょう?」
「は、はい……」
「これだけ大勢いる中で、それができたのは私以外に貴方だけだった……魔術師として超一流のはずのクロヴィスでさえ気づかなかったのに……それがどういうことかわかる?」
なんか厄介事の匂いがしてきて、思わず顔を引き攣らせる。
と、聖女様はにっこりと微笑んだ。
「貴方がとても優秀ってことよ。どう? 神官になる気はない?」
「え、ないです」
思わず引き気味に答えたところで、オスカー殿下が私の背後に立った。
「アリス殿、僕のパートナーを勝手に勧誘しないでください」
「優秀な人材は早めに誘わないと、魔術師団に取られたら惜しいもの」
国立魔術師団はそもそも私の第一希望就職先だった。
しかし、リリアナとのしがらみを考えて最近は別の所にしようかと思っていたところだ。
だからといって、神官は色々制約があって、修行も厳しそうなのでちょっと尻込みしてしまう。
正直、修行のような厳しい毎日は前世で散々やり尽くしたので、この人生では御免被りたい。
「まぁ、気が向いたら連絡を頂戴。貴方なら信用できそうだし、いつでも歓迎するわ」
聖女様はそう言って片目を瞑って見せた。
茶目っ気のある、いい人だな。
「……まぁ、神官になるならないは別として、今回の件については、ちょっと協力をお願いしたいの。報酬は弾むわよ」
「……わかりました。私にできることなら、何なりと仰ってください」
聖女様に直接仕事を頼まれるのは栄誉あることだ。
報酬が弾むと言うのなら尚更、受ける以外の選択肢はない。
「今、私の眷属に城全体を探らせている。魔力探知は得意だからそうそう見逃さないと思うけど、念のため貴方にも探してほしいの」
「探す?」
「さっきのこれ……多分、複数あるはずよ」
彼女が手にしているのは、先程彼女の眷属が破壊した木箱だ。
魔物を呼び寄せる魔具だとか言っていたな。
そんなものが、城に配置されているとなると一大事だ。
「わかりました。私も全力を挙げて探します。城内を動き回る許可と、城内での魔術使用許可をいただけますか?」
「それは勿論。聖女アリスの名の許に、この魔具捜査のための行動なら何をしても良いわ」
「承知しました。では、一旦失礼します」
許可を得たので、私は聖女様とクロヴィス殿下に一礼して、大広間を出ることにした。
「おい、勝手に動くな」
オスカー殿下かが慌てて追いかけて来るが、私は足を止めない。
「聖女様に許可は得ました。私は魔具探しの任を全うしますので、殿下は引き続き夜会をお楽しみください」
先程の事件はほんの一部のものしか見ていないし、あの黒髪の青年が一瞬で片付けたことでほとんど騒ぎになっていない。まだ魔物が現れていない以上は、夜会はそのまま続くだろう。
寧ろ、下手に中断させて貴族達を帰す方が危険だ。
広間に集まってくれているうちに魔具を対処した方が、万が一魔物が現れたとしても貴族達を守りやすい。
「あのなぁ、俺のパートナーが急にいなくなったら周りがざわつくだろうが。何のためにパートナーを頼んだと思っているんだ……それに、この緊急事態に、俺が呑気に夜会に参加していられる訳ないだろう」
呆れたように言うと、殿下は私の手を引いて城のある場所へ連れて行った。
そこは城にいくつかある見張り塔の一つだった。
円形の屋上には兵士が五人、等間隔に立って城の敷地を見張っている。
「ここから探知魔術で、さっきの魔具を探すぞ。俺もやる」
言うや、殿下は右手を掲げた。
「探知魔術」
殿下の魔力がさっと広がっていく。
私も倣って、殿下と背を合わせるようにして立ち、右手を掲げた。
「……見つけた」
呪文を唱えるまでもなく、魔力を放出しただけで、三か所、私の琴線に触れる場所があった。
「え、嘘だろ? 何処だ?」
「大広間前のロビーの柱時計の中、中央階段の下、大広間に面した中庭の池の中です」
私の答えを聞いて、オスカー殿下は再び右手を掲げた。
探知魔術の出力範囲を絞って、答え合わせをしているらしい。
「……本当だ。範囲を絞って探知魔術の精度を上げないと気付けないほど微弱な気配……よく気付いたな」
「まぁ、これでも特待生なので」
ふふっと微笑んで見せて、私は右手を振るった。
「飛翔魔術!」
ふわりと宙へ舞い上がり、まずは塔から一番近い中庭へ向かう。
帝国の中枢たる城の中庭だけあって、池も相当大きい。中央には東屋が建っていて、行き来する用の小舟が岸に一艘置かれている。
「……そこか」
魔具の気配を探って、正確な位置を把握した私は右手を突き出して唱える。
「攻撃魔術!」
魔力を刃に変えて放つ。攻撃のための単純な魔術だ。
鍛えた攻撃魔術なら、水中においても威力はほとんど損なわれない。
一閃した私の魔力は、水底に沈んでいた何かを正確に貫いた。
「破壊完了っと」
ついでに魔力でそれを掴んで引き上げる。
水に濡れてびしゃびしゃになっているそれを、後から追いかけて来たオスカー殿下に半ば押し付けるようにして手渡した。
「すみませんが、聖女様に届けてください。私は次の魔具を壊しに行きます」
殿下は少々不満そうにしつつも、緊急事態故に小さく頷いてくれた。
私は宣言通り城の正面玄関に向かった。ドレスで走るのは大変なので、飛翔魔術を使って超低空を滑るようにして移動する。
「次は、中央階段の下……」
中央階段は、城の正面玄関を入ってすぐ目の前にある階段だ。
横幅が広く、踊り場から左右に分かれる形で二階に伸びている。
「……あそこだ」
魔具の気配は階段の裏側の陰にあった。
しかし、私が階段裏に回り込んだ時には、既に黒髪の青年が立っており、手には破壊された木箱が乗っていた。
「……この魔具の気配を察知して来られたのですか?」
青年が僅かに緋色の眼を見開く。
「ええ。でも、一足遅かったですね」
苦笑すると、彼は首を横に振る。
「いえ、人間にしては優秀ですね」
馬鹿にしているようにも聞こえるが、どうやら彼にとっては褒め言葉らしい。
だが、対面して確信する。
この青年、とんでもなく強い。下手をすれば、前世で対峙した魔王と同等か、それ以上かもしれない。
「……あ、あと一つ、大広間前のロビーの柱時計の中にあるはずです」
「本当ですか? ロビーは先程見ましたが……」
言いつつも、彼は一瞬視線を滑らせた。
「……まずいですね」
眉を顰め、彼は「失礼」とだけ言い残すとその場から消えてしまった。
「っ!」
一瞬遅れて、嫌な気配を感じ取った。
場所は、大広間前のロビーの方。
私は、急いでそちらへ向かうのだった。
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