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かつて魔王を倒した勇者が魔術師に転生したので世界平和のために尽力することにしました  作者: 結月 香


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4/12

参:夜会

この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。

 オスカー殿下は、宣言通り日が暮れた直後、夜会が始まる少し前に私を迎えに来た。


「行こうか」

「はい」


 スマートに差し出しされた殿下の腕に右手を僅かに絡めて、並んで歩く。


 皇族が順に入場して、いよいよ私と殿下の番になった時、大広間に戸惑いの声が上がった。


「え、オスカー殿下が、パートナーを……?」

「お相手は一体どこのご令嬢だ?」

「フェリクス殿下のご婚約に続いて、いよいよオスカー殿下もお相手を決められたのか……!」

「あの程度の女が殿下の隣を歩くなんて……」


 貴族男性のそんな声から、私を妬む令嬢達の声まで、しっかり耳に届いてげんなりとするが、その中で聞こえた話題に目を瞬く。


「……フェリクス殿下のご婚約が決まったんですか?」


 フェリクス殿下は、第二皇子でオスカー殿下の次兄である。

 母君は第二皇妃で、皇太子と母を同じくするオスカー殿下とは異母兄弟となる。


「ああ、今日はその発表のための夜会なんだ。一部の貴族にしか知られていないはずなんだけど、どこからか漏れたのかな」


 彼はそう言って目を細める。

 牽制するような視線が会場をぐるりと一周すると、貴族たちは揃って口を噤んだ。


「……さて、今夜の主役のお出ましだ」


 気を取り直したように、殿下が出入り口を振り返る。

 扉が開き、そこから銀髪に翠の瞳の美青年と、栗色に深緑の瞳の女性が連れ立って入場してきた。


 その青年こそ、オスカー殿下の異母兄弟にしてこの国の第二皇子であるフェリクス・フーガ・ファブリカティオだ。

 彼は一礼して、隣の女性を紹介した。


「この場を借りてご報告いたします。私、フェリクス・フーガ・ファブリカティオは、ダイサージャー王国の第一王女、ルシーラ・セレガ・ダイサージャーと婚約いたしました」


 わっと歓声が巻き起こる。


 その後はフェリクス殿下を中心に夜会が進んでいった。

 

「……うげ」


 中盤に差し掛かった頃、大勢の貴族に紛れて、私のことを鬼のような形相で睨みつけるリリアナを見つけて思わず呟いた。


 殿下もそれに気付いたようで、小さく肩を竦める。


「大丈夫だ。彼女の隣を見てみろ」

「うん?」


 そう言われ、改めて視線を移すと、彼女の隣には体格の良い青年が立っており、二人は腕を組んでいた。


「あれは……?」

「国立騎士団のタラキス・ルネッサ。現騎士団長の弟だ」

「リリアナさんって、婚約者がいたんですか?」

「数日前に決まったらしい。騎士団長の弟と、魔術師団団長の娘、帝国にとってはこれ以上にない縁談だ」

「……でも、本人は納得しているんですかね……?」


 あんな形相で私を睨んでいる彼女は、まだオスカー殿下との結婚を諦めていないのではないかと思えてしまう。


「本人の希望より家の都合で結婚相手が決まる……貴族にはよくある話だ。自分で相手を決めている兄上たちの方が珍しい」


 クロヴィス殿下は、自分が惚れ込んだ聖女様を口説いて結婚までこぎつけたそうだが、今回も連れ立って出席している二人の様子を見る限り、なんやかんや仲睦まじい雰囲気が伝わってくる。


 フェリクス殿下がどういう経緯でルシーラ王女と婚約することに至ったのかはわからないが、彼らも互いを見つめる視線が甘いことから、少なからずお互い想い合っているのだと察せられる。


「オスカー殿下、お久しぶりでございます!」


 にこやかに声を掛けられて、殿下が振り返る。

 そこには私より少し年上に見える女性を連れた恰幅の良い男性がいた。


「これはこれは、プレサージュ殿。ご無沙汰しております」


 プレサージュ、その名前は私でも知っている。

 現宰相がプレサージュ公爵なのだ。だが、殿下が宰相や公爵ではなくプレサージュ殿と呼んだということは、この男は公爵家の者ではあっても当主ではないということだ。

 そもそも、宰相なら皇帝陛下のすぐ背後に控えている。顔立ちが何となく似ていることから、おそらく兄弟だろうと悟る。


 殿下がにこやかに応じると、プレサージュは笑顔のまま私を見た。

 その瞬間に、背筋に寒気が走る。


 この男、私に対して明確な殺意を持っている。そう直感する。


「オスカー殿下もお人が悪い。夜会のパートナーをお探しでしたら、私の娘のカーラがいくらでもお相手をいたしますのに」


 そう言って娘を示す。

 カーラと呼ばれた娘がキラキラした目を殿下に向け、挨拶の言葉を口にする。彼女の眼には私は映っていないらしい。


「あはは、ご冗談を。僕のパートナーは、このラシェルのように強い魔力を有していないと務まりませんよ……何せ、ほら」


 言うや、彼は己の右手に魔力を集中させて見せた。

 ばちばちっと火花が散って、カーラが「ひっ」と息を呑んで半歩下がった。

 私はというと、こんなところでよくやるなと感心はするものの、魔術の授業ではよく起こりうる現象なので特段驚きもしない。たとえその火花が肌に触れても、私くらい魔力を有していれば無傷で済む。


「御覧の通り、恥ずかしながら僕は魔力制御が苦手でして。いつ魔力が漏れ出てしまうかわかりません。そうなった時に、カーラ嬢のように魔力を持たない方が傍にいては危険ですから」


 ああ、なるほど。

 公爵家から、娘を婚約者にとゴリ押しされていて、それを断るために私をパートナーに指名したのか。


 公爵家の令嬢が相手となると、断るためには色々しがらみがあって大変なのだろうな。


 まぁ、魔力の有無を理由にするならば、相手はこれ以上何も言えまい。

 二人は悔しそうな顔をしつつ、一礼して下がっていった。


 一方の私は、皇子としての穏やかに振舞う殿下の様子が、私が前世で想いを寄せた僧侶アリオンを思い起こさせ、内心動揺していた。

 ただでさえ同じ顔なのに、立ち振る舞いまで似ている様を見ると、嫌でも前世の記憶が呼び覚まされてしまう。

 勿論、殿下の素の性格は、常に穏やかで丁寧語を崩さなかったアリオンとは似ても似つかないのだけど。


 私は動揺を振り払うために、小さく首を横に振った。


「……嘘がお上手ですね。魔力制御、本当は学校でもトップクラスなのに」


 貴族学校の成績は門外不出の校外秘扱いなので、オスカー殿下の魔術の成績などいくら公爵家でも、親族の者が同じ学校の魔術専科にいない限り知る由はない。


 彼らが遠ざかってから小声で囁くと、彼は嘆息した。


「ああ言わないと、あつらは納得しないからな。兄上がダイサージャーに留学してからというもの、会う度に俺に縁談を迫ってきて参っていたんだ……お前のおかげで助かった」

「私を選んだ理由がわかりました。適度に魔力が強くて、殿下に興味がなくて、パートナーにしたからって結婚を迫ってこない女……消去法で私が丁度良かったという訳ですね」


 魔力が強いだけの女ならその辺にもいるが、第三皇子が夜会のパートナーになってほしいと言ってきたら、そのまま結婚を夢見てしまうだろう。


「う、ま、まぁ……そういうことだ」


 妙に歯切れ悪く頷いた殿下。


 その時だった。


「っ!」


 嫌な魔力の気配が、ほんの僅かに肌を刺した。


 これは魔物の魔力だ。

 私以外誰も気付いていない。


 いや、聖女様だけが、辺りを注意深く見回していた。


 視線がかち合い、何かを悟った彼女は僅かに瞠目してから小さく頷いた。


「どうした?」


 私の様子に殿下が気付くのと、クロヴィス殿下が聖女様の方を振り向いて何か言ったのは同時だった。


「殿下、魔物の気配です……聖女様も気付いてるようです」

「魔物? 何も感じないが……?」


 怪訝そうに眉を顰めつつ、大広間を見渡す。


 そもそも、帝国中枢であるこの城には、多重に強固な結界が施されている。

 結界はよほど強い魔力をぶつけないと破れないし、結界が破られずに機能している時点で、魔物が中に入れるはずがないのだ。


 結界を破ることなく魔物が中に入る方法は一つしかない。


「……誰かが招き入れた? 夜会が開催される城で、何かを企んでいる奴がいるってこと……?」


 だが、感じる魔力はほんの僅か。魔物でいうと低級の代名詞であるスライム並み。

 そんな弱小な魔物を招き入れたとしても、何もできはしない。


「……っ! あそこだ!」


 気配の位置を特定した私が、殿下の腕を放して駆け出すのと同時に、聖女様が何かを呟いたのが聞こえた。


「おっと。ご令嬢はそちらでお待ちください」


 落ち着いた低くいい声が降って来たと思うと、目の前に長身の青年が突然現れた。

 黒髪に、異様に白い肌と、血を吸ったような緋色の瞳。そして目の下にはくっきりとした隈。


「虫けらが入り込んだ模様ですので、こちらで対処いたします」


 彼はそう言うと、広間の一点に向けて右手を突き出した。

 彼の魔力が一直線に伸びた直後、柱の陰にあった何かを貫いた。

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