弐:迎え
この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。
夜会の前日、オスカー殿下が寮の私の部屋を訪ねて来た。
女子寮と男子寮は棟が違うし、基本異性の寮には立ち入れない規則なのだけど、彼は寮長を買収したらしく、堂々とやって来た。
「ドレスだ。サイズは大丈夫だと思うが、万が一不具合があればすぐに知らせてくれ。じゃあ、明日の朝迎えに来る」
用件だけを告げ、ドレスの入った箱を私に押し付けると、彼は笑顔で去っていった。
オスカー殿下は基本的に冷静沈着で、いつも穏やかな笑みを浮かべているが、私にはそれがどうにも胡散臭く見えてしまって信用できずにいる。
なんというか、本心をとても上手に隠しているように見えるのだ。
私が部屋に戻って箱を開けると、中には鮮やかな青のドレスが入っていた。
「……殿下の瞳の色って……何を考えているのよ……」
婚約者同士や夫婦で出席する夜会で、互いの瞳の色や髪の色に合わせた服を纏うのは、仲が良好であることのアピールでもある。
逆に言えば、兄弟にエスコートしてもらう場合や、友人同士で出席する場合にそのようなことをすることは絶対にない。
「……まさか、勝手に私を婚約者として発表したりなんて、しないわよね……?」
流石にそれはないと思いたい。
学校内ではやたらと私に絡んでくるが、殿下からそういうアプローチを受けたことはない。今回の夜会の誘いが初めてだ。
だから、殿下には別に想いを寄せている相手がいるのだと思っていた。
「……意中の相手なんていないか、その意中の相手は別の誰かと結婚もしくは婚約中か……」
後者だとすれば、自分にも相手がいるのだとアピールするための強がりなのだということで、ドレスの件は納得できる。
そんな風に楽観的に考えつつ、私は手持ちのアクセサリーを用意した。
平民の私でも、ダイス貴族学校に入学できることになった時、両親がお金を搔き集めてネックレスと髪飾りを用意してくれたのだ。貴族学校では、学内でも度々夜会のようなイベントがあるからだ。
私が所有しているのはその一組だけだが、どんなドレスにも合わせられるようにと、母が銀を基調に宝石にはダイヤモンドを選んでくれた。
ダイヤモンドは高級であるが、色のある宝石にしてしまうと、ドレスに合わせていくつも用意しなければならなくなってしまうため、結果として使い回せる方にお金を掛けることにした、と母が話してくれた。
「……って、ドレスが殿下の瞳の色で、アクセサリーは髪の色になっちゃってる……まぁ、仕方ないか」
不可抗力だが仕方ない。今から別のアクセサリーを買うお金も時間もない。
私は溜め息を吐きながら、もう諦めて早めに休むことにしたのだった。
そして翌日、準備を終えた頃に、オスカー殿下がやって来た。
皇帝の紋章が記された馬車が女子寮の前に停まっている。
他の女子生徒がオスカー殿下の登場に色めき立って、誰を迎えに来たのかと大騒ぎになる中、彼に手を引かれた私が現れると、あからさまに不満そうな顔をして私を睨んできた。
「……殿下、一つお願いがあるのですが」
その好奇と嫉妬の視線に耐えかねた私が口を開くと、殿下は怪訝そうに私を見た。
「なんだ?」
「記憶消去の魔術と、変化魔術の行使許可をください」
「駄目だ」
即答で断られ、私は思わず反論する。
「何でですか? このままじゃあ、私はこの学校で今以上に立場がなくなるんですが」
「契約上であろうと、俺のパートナーに手を出すような馬鹿はこの学校にはいない」
それはそうだ。
貴族学校に通っている以上、皆貴族の令息令嬢であり、皇族を敵に回すようなことは絶対にしない。
「……でも、今日の夜会にリリアナさんも出席するんじゃ……?」
「ああ、来るだろうな。アイツの父親は国立魔術師団の団長だし」
「……これ以上リリアナさんからの当たりが強くなるのは避けたいんですけど」
「その件に関しては近いうちに解決する」
何やら意味深長に答えた彼だが、それ以上は何も答えてくれなかった。
馬車に乗り込んでから、一時間程で城へ到着した。
夜会は文字通り夜から始まるが、色々と準備があるらしく、城の中は慌ただしく使用人が行きかっていた。
私は殿下の案内で、控室へ向かう。
「……あ、丁度いいところに」
廊下の向こうからやって来た人物を見て、殿下が足を止めた。
私はその相手の顔を見て、慌てて頭を下げた。
「こ、皇太子殿下並びに聖女様にご挨拶申し上げます。ラシェル・ブルーバードと申します」
目の前に現れたのは、オスカー殿下の兄であるクロヴィス皇太子と、その妃であるこの国唯一の聖女、アリス様だった。
クロヴィス殿下は私を見て微笑み、小さく頷くと、弟であるオスカー殿下の方に目を向けた。
「……オスカー、お前がパートナーを選んだというのは本当だったんだな」
「ええ。ちょっと、事情が事情なもので」
苦笑いをするオスカー殿下に、クロヴィス殿下が何かを思い出した風情で頷く。
「まぁ、そうだな。できることは俺も協力するから、遠慮なく言えよ」
「ありがとうございます。でも、新婚であるお二人の邪魔になりかねませんし、大丈夫ですよ」
「そうか?」
クロヴィス殿下はオスカー殿下の言葉に、やたら嬉しそうにアリス様の肩を抱き寄せた。
「ちょっとクロヴィス! 人前で……!」
頬を赤らめて抗議するアリス様。聖女様は涼やかな表情を崩さないイメージだったのだけど、なんだか可愛らしい人だな。
そしてそれ以上に、一目でこの人の強さを察する。
とんでもなく強い。今まで出会った誰よりも。
清廉で強力な魔力。まさしく聖女だが、それだけじゃない。身体を見ればわかるが、この人は体術でもとんでもなく強い。
無礼でなければ一度手合わせをお願いしたいくらいだ。
「……アリス殿、もし兄上に嫌気が差したらいつでも僕に言ってくださいね。では、僕達はこれで」
冗談めかして聖女様に向けてそう言うと、オスカー殿下は私の手を引いて歩き出した。
「……殿下?」
様子がおかしい。私は何かを悟った。
アリス様は、この帝国が誇る唯一無二の聖女。
どういう経緯でクロヴィス殿下とご結婚されたのかは知らないけど、噂ではクロヴィス殿下が一目惚れして口説き落としたとか。
もし、オスカー殿下もアリス様に想いを寄せていたのだとしたら。
殿下が婚約者をなかなか決めずにいたのは、彼の心にアリス様がいたから、ということなら納得できる。
「……殿下って、もしかして聖女様を……?」
思い切ってそう切り出すと、彼は足を止めて振り返った。
「……どうかな。初めて会った時、美人だなって思ったし惹かれたのは事実だけど、アリス殿は違うんだ」
そう言って自嘲気味に笑う。
そんな顔は、初めて見た。
「違う?」
「ああ」
彼はそう頷きつつも、それ以上は答えようとせず、とある部屋の扉を開けた。
「控室はここだ。俺は準備で少し出てくる。夜会が始まる前には迎えに来るから、それまで好きに過ごしていてくれ。何かあれば、このベルを鳴らせば使用人が駆け付ける」
言いながら、扉付近の台に置かれていたベルを手に取って軽く振る。
リンリーン、と綺麗な音を奏でたと思った直後、廊下の向こうから使用人が足早にやって来た。
「お待たせいたしました。お呼びでしょうか」
「今日僕のパートナーを務めてくれるラシェル・ブルーバード嬢だ。彼女にお茶を用意してくれ」
「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」
使用人の女性は優美な所作で一礼して、その場から離れていき、それを見送った殿下も踵を返して去って行ってしまった。
その後ろ姿が、なんだか妙に寂しそうに見えて、胸の奥がぎゅっとなるような心地がした。
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