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拾:収束

この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。

 それからの動きは早かった。

 城に着いた後、オスカー殿下は騎士団長を呼び、セシルの逮捕とリバティ元侯爵の尋問を命令。

 そして、貴族学校にリリアナの浄化に行って戻って来たという聖女様を捕まえて、何かを告げる。


 殿下の言葉を受けた彼女は、笑顔で頷いた。


「わかったわ。拷問は得意だから任せておいて!」


 輝くような笑顔と全く合っていない言葉を残し、彼女はクロヴィス殿下と共に去っていった。


「……今、拷問って言いました?」

「ああ、アリス殿の眷属、オロチ殿が拷問が得意……ということになっている」

「んん? どういうことです?」

「俺もその場面を直接見ていないからわからん。だが、アリス殿は底が知れない。彼女が拷問を得意としていたとしても、正直意外とは思わない」


 複雑そうな顔で嘆息する殿下に、まさかそんな、と俄かには信じられない気持ちになる。


「……とにかく、アリス殿が任せろと言ったんだ。あとは心配ないだろう。俺達は少し休んでから学校へ戻ろう」


 その申し出はありがたい。聖剣を使ったせいでかなり魔力を消費してしまった。

 帝都内とはいえ、転移魔術を二回も使った殿下も、かなり疲れているはずだ。


 殿下の計らいで、私達は城のテラスでお茶を飲むことになった。


「……今更ですが、何で私は殿下とお城でお茶を……?」


 これはまるで婚約中みたいな状況だ。


「嫌か?」

「嫌というか……」


 前世の恋人と瓜二つの殿下の顔は、正直心臓に悪い。

 普段の性格が似ても似つかないだけに、違和感もまだ拭えないでいる。


「……お前は、初めて会った時からそうだったな」

「はい?」

「あの学校の中で、俺に媚びを売ってこないのはお前だけだった……こんな女がいるのかと、正直驚いたよ」

「媚びを売ったところで平民の私はお呼びでないことはわかりきっていますし、下手したら不敬罪で処刑されかねないので」

「……というか、お前、そもそも俺に興味ないだろう?」

「え、あ、まぁ……そうですね」


 はっきり言うのはどうかと思ったが、嘘を吐いても仕方ないので頷く。

 実際、皇族という身分が違い過ぎる相手に興味を持ったところで仕方がないのだ。


「……正直だな」


 お茶を啜りながら半眼になる殿下に、私は目を瞬いた。


「殿下は私に興味を持って欲しいんですか?」


 率直に尋ねると、殿下はぶっとお茶を噴き出した。


「ごほっ、ごほっ……いや、べ、別に、俺は……」


 珍しく動揺している殿下の姿に、前世の恋人アリオンの姿が重なる。

 僧侶らしい真面目な性格で純情な彼は、私が手を取っただけで赤くなって動揺していたっけ。


 と、殿下は咳払いをしてから息を整えると、遠い記憶に想いを馳せるように、視線を落とした。


「……一年くらい前から、よく夢を見るんだ。いつも同じ夢でな。アリス殿によく似た女性が、俺に微笑みかけてくる……でも、手を伸ばしても届かなくて、いつもそこで目が覚める……」


 聖女様によく似た女性の夢、か。

 殿下は、やっぱり今でも聖女様のことが好きなのかな。


 そう思った直後、真摯な青の瞳に射抜かれて言葉を呑み込む。


「アリス殿を始めて見た時、夢に見た人だと思った。だから最初は惹かれた……でも何かが違う。少し話して察した。彼女は偶然顔が似ているだけだと……そして同時に、俺の中の誰かが、お前だって言うんだ」

「え?」

「何の証拠もない。そもそもあの夢が何なのかもわからない……でも、お前と関わることが増える度に、俺の中の誰かが、あれはお前だと言う」

「……ちょっと仰っていることの意味がわからないです」


 まさか、殿下はアリオンの転生者で、記憶はないけど、夢で前世の私を見ているのだろうか。

 確かに、前世の私は聖女様と同じ金髪碧眼だった。自分の顔をあまり見る習慣がなかったから、ピンとこないが、言われて見れば確かに聖女様の顔とどことなく似ているかもしれない。


 殿下は、アリオンの生まれ変わりだけど、前世の記憶がないから性格も違う、そういうことなのだろうか。

 いや、アリオンも私と同じように同じ世界に転生しているなんて、それは都合が良すぎる。そんな訳ない。

 希望を持てば、あとが辛くなる。


「俺もわからない。でも……」


 殿下はカップを置くと、一度席を立って私のすぐそばに来ると、さっと片膝を衝いた。


「で、殿下?」


 戸惑う私の手を取り、じっと私を見上げる。


「……俺の心は、お前だと言っている。どうか、学校を卒業したら、俺と結婚してほしい」

「え、無理です」


 自国の皇子から、このような告白を受けるなど、普通の女の子なら舞い上がるほど嬉しいだろう。

 しかし、私は現実を考えてしまう。


 この世界の私は貧しい村の出身で、ただの平民だ。

 聖女でもないのに、皇族と結婚できる訳がない。


 私は、そもそも結婚するつもりもあまりなかった。

 結婚するとしても、貴族ではなく平民とで、将来は村に戻って村の経済を活性化させるつもりだったのだ。


 即答で断られることを予想していたようで、殿下はふっと笑みを零す。


「はは、そう言うと思った」

「どう考えても無理でしょう。私は平民ですよ? 貴族マナーも知りませんし、今から皇妃教育なんて絶対嫌です」


 皇太子妃ではないにしても、皇族と結婚したらそれなりに教養を求められるので、当然それ専用の教育を受ける必要が出てくる。


「じゃあ、俺が皇室を離脱したら、結婚してもいいと思ってくれるのか?」

「え……」


 流石にその状況は想定していない。

 一瞬思案はしたが、しかしあまりに想像ができなさすぎて固まってしまう。


 と、その時、テラスに仔狐が飛び込んで来た。

 ふわふわの毛玉のような姿のそれは、聖女様の肩に乗っていた眷属だ。


「ガリュー殿」

「取り込み中失礼するよ。アリスからの伝言だ。宰相の弟とその娘が自白した。セシル・ステージアから木箱を二つ託され、一つは中央階段の裏に置き、もう一つは中庭の池に投げ入れたと。あと、魔術師団長の娘は、浄化魔術を受けてしばらく眠っていたが、さっき目を覚ましたと連絡があった。彼女も同じく木箱を大広間に置いたことを認めたそうだ」


 ガリューと呼ばれた仔狐がちょこんと座って話し出す。

 何コイツ、可愛いな。


 そのふわふわの毛並みをもふもふしたくなる衝動を必死に抑え、私は仔狐とオスカー殿下のやり取りを見守ることにする。


「あと、鑑定の結果、リバティの屋敷の地下室で発見された魔術書の一部は、二十年以上前に神殿から盗み出された禁書のものだと判明したよ。本体は依然行方不明だけど、魔術師団が継続して捜索することになる」

「そうか。報告感謝するよ」


 殿下の言葉に頷いてから、仔狐は私を振り返った。


「ああ、そうそう、アリスは君のことをいたく気に入ったそうだ。学校を卒業したら、是非神官に、神官が嫌なら聖女の補佐についてくれないかって」

「聖女様の補佐?」


 目を瞬くと、狐は円らな緋色の瞳を私に据えて、しかと頷いた。


「ああ。今はまだ肩書や役職は整備していないけど、そのために役職を新設してもいいって言っていたよ。当然、それを引き受けるなら、神官になるための試験や修行は免除される上に、神官と同等の権限は与えられることになるし、聖女直々の提案だから、それなりに報酬も出せるって」

「神官と同等の権限……伯爵位と同じ権力を与えられるってこと?」


 それは平民の私からしたらとんでもない大出世だ。

 この国の爵位は、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五つ。

 つまり、ただの平民が、突然上から三つ目の爵位を賜るのと同義ということだ。


 勿論、与えられるのは権限だけで、資産は与えられない。

 神官を輩出した家が、貴族のように豊かにな暮らしができるようになる訳ではないのだ。

 それ故に、厳しい修行をして神官になったところで、得られる利益が少なく、貧しい村のためを思えばあえて神官になる理由はなかった。


 しかし今のこの仔狐曰く、聖女様の提案を受けるなら、神官になるための修行は必要ない上に、報酬もそれなりに貰えるという。

 それなら、その提案を受ける利点は充分といえる。


 その場でそれを受諾しようかと思った直後、仔狐はとんでもないことを口にした。


「そうすれば、君の身分を理由に第三皇子との結婚にとやかく言う連中を黙らせることができるってさ」


 その言葉に、オスカーが目を輝かせ、私はひゅっと息を呑んだ。

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