玖:合成された魔物
この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。
私は右手を掲げた。
「来い! レイブレイド!」
右手に大剣が顕現した瞬間、それを振るって目の前に迫っていた狼のような頭を斬り落とす。
しかしその直後、その魔物の影に隠れて、一回り小さい魔物がもう一体いたことに気付いた。
それは私ではなく、私の後ろにいたオスカー殿下に飛び掛かる。
「殿下!」
「防御魔術!」
殿下も咄嗟に呪文を唱え、魔物を弾き飛ばす。が、私がそちらに気を取られたほんの一瞬の隙に、セシルが私に向けて束縛魔術を唱えてきた。
しかし、前世の体質をそのまま継承している私にとって、それは効かない。
私の前世は全てのステータスを最大まで上げていた女勇者だ。当然、あらゆる耐性を獲得している。特殊効果をもたらす魔法や毒は、一切効かない身体だったのだ。
転生したため、身体は別物のはずなのに、どういう訳か今の人生でもその耐性は継続している。
「なっ!」
まさか束縛魔術が効かない事態は想像していなかったらしいセシルが、それはもう驚いた顔をしている。
私は涼しい顔で、もう一体の魔物の首を横から串刺しにして絶命させ、セシルを振り返った。
「何で……っ? こうなったら……!」
彼女は焦った様子で魔術を放とうとしてきたので、私は剣を魔物から引き抜いて、もう一度振るった。
「させない!」
剣から魔力が飛び、セシルを直撃する。
本来低級の魔族や魔物にしか効かない小技だが、人間相手なら充分だ。
「きゃっ!」
「束縛魔術!」
魔術に押されてよろけたセシルに再度束縛魔術をかけ、動きを封じる。ついでに、魔力封じの効果も付与しておく。
声も封じたので、魔具を発動させられる心配もない。
「……ラシェル、こういうことに慣れているのか?」
私の背後で成り行きを見守っていたオスカー殿下が、感心した様子で尋ねてくる。
「あー、ええ、まぁ、慣れていると言えば慣れているかもしれませんね」
前世では魔族に不意打ちで襲われることもざらだったからな。この程度の魔術師の相手なら造作もない。
セシルは確かに魔法専科では優秀な魔術師であるが、圧倒的に実戦経験が足りていない。
そして、単純な魔力量でも私に劣っている。
彼女が未熟で良かったと思いながら、手近な机の引き出しを開けてみる。
中には見覚えのある木箱と、小さな魔鉱石がごろごろ入っていた。
「……召喚の魔具もここで創っていたようですね。材料の木箱と魔鉱石もここにありますし……」
転移魔術の魔具でここに逃げ込んだということは、セシルが魔物を合成し、召喚の魔具を創っていたとみて間違いはないだろう。
「あとはどうやって城に魔具を仕掛けたのかだな。少なくとも、結界が張ってある城に、皇族や聖女以外が転移魔術で入り込むことは不可能だ。騎士団の監視を掻い潜って屋敷から抜け出したとしても、どうやって城に入り込んだのか……」
「憶測ですが、木箱を設置するよう、誰かを唆したんだと思いますよ」
「誰かって?」
「一人はリリアナさんだと思います。暗鬱魔術を掛けられていたことを考慮すると、『これを夜会会場に置けば、自分の婚約は円満に破棄され、オスカー殿下の婚約者に選ばれる』とか吹聴して木箱を託せば、それを疑わずその通りにしたとしても不思議はありません」
本来なら、真面目なリリアナがそのような悪魔の囁きに耳を貸すとは思えないが、暗鬱魔術は心の闇を増幅させ、冷静な判断をできなくさせる作用がある。
それによって心を乱されていたら、誘惑に負けてしまったとしても無理はない。
「なるほどな……可能性は高そうだ……でも、一人はってことは、他にもいると?」
「ええ。木箱は三つありました。夜会の参加者は、基本的に手荷物を持たず手ぶらで会場に入ります。そんな中、あの大きさの木箱を三つも抱えて動き回れば、誰かしらに見つかっていたと思います……おそらくあと二人、それぞれ設置した人物がいると思います」
「……予想はついているのか?」
殿下は、私の口ぶりから察したらしく、そう尋ねてきた。
私はそれに頷かず、まずは状況の説明を先に話すことにする。
「発見された三つの召喚の魔具は、いずれも使い捨てで、製作者の魔力を追えませんでした。製作者と設置者が同一人物であれば、それ以上は追及できなかったのですが、製作者と設置者が別人であるとしたら、設置者の魔力まで感知できなかったのは不自然です」
人間の多くは、大なり小なり魔力を有している。
そして、所持する物には使用者の魔力の気配がこびりつく。本当にごく微量であるが、精度を上げた探知魔術なら持ち主を割り出すことができる。
使い捨てに魔具故に、製作者の魔力を探知できなかった。
だから、製作者と設置者が同一人物である場合、設置者は間違いなく遮蔽魔術を用いて気配を消していたはずだ。それならば魔力を探知できないのも無理はない。
しかし、召喚の魔具の製作者がセシルだったことを考えると、騎士団の目を盗んで屋敷を抜け出して城へ侵入し、魔具を設置したとは流石に考え難い。
転移の魔具を使って屋敷を抜け出すまでは問題ないだろうが、許可を得た者以外を通さない城の結界を通過することは彼女にはできないのだ。
つまり、夜会の日に城へ出入りできた者に、設置を委ねたと考えるのが妥当。
しかし、それならそれで不審な点がある。
「魔具から設置者の魔力の気配を感じ取れなかった理由は、二通り考えられます。一つは、設置者が遮蔽魔術を用いていた場合。皇族や聖女、魔術師団員の者以外が城の中で魔術を使うことは禁止されているので、リリアナさんは自分自身ではなく、予め魔具の方に遮蔽魔術を掛けて自分の気配が魔具に移らないようにし、夜会会場に入って柱の陰に置いた」
「リリアナならそのくらいは可能だな」
「ええ。そして二つ目は、設置者がそもそも魔力を有していない者である場合です」
「魔力を有していない……?」
殿下が目を瞠る。
魔術が使える者は貴重だが、人間のほとんどは少なからず魔力を保有している。
有している魔力が皆無となると、実は意外と少ないのだ。
特に、貴族階級には魔力を有している者が多いため、あの夜会に参加していた者の中で、魔力を全く有していないのはほんの数人だけだ。
その中で、こういう魔具を仕掛けかねない人物。
勿論、先入観は判断を鈍らせるため良くないが、動機があるというのは重要だ。
「……プレサージュか……」
「可能性は高いかと。父親と娘が一つずつ、中庭の池と、中央階段の裏に木箱を置くくらいなら夜会の直前でもできたでしょうし……宰相の血縁であれば夜会の前に城内をうろついてもそれほど不審がられないでしょう」
「プレサージュが公爵家当主であり宰相である兄に対して、劣等感を抱いているのは知られていたし、動機も状況証拠としても充分だな。あとは物的証拠か自白があれば……」
ぶつぶつ呟いてから、彼は何か思い出した様子で顔を上げた。
「ああ、何とかなるかもしれない。後は俺に任せろ」
言うや、彼は転移魔術を発動させて私とセシル諸共、城へ移動したのだった。
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