序:魔術学校の特待生
この小説は『 最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました』と同じ世界観のお話です。
混沌とした、淀んだ魔力が充満している。
深紅の双眸が私を射抜き、怨嗟の念が強い魔力と共に降り注いでくる。
それを、手にしていた大剣で振り払って跳躍した。
背後から、仲間の僧侶が力を増幅させる補助魔法を唱えてくれたのを確認して、剣の名を呼ぶ。
直後、私の剣は魔王の心臓を貫いた。
☆
授業の始まりを告げる鐘の音が響き渡っているのが、耳に届く。
私は慌てて飛び起きた。
柔らかな日差し、麗らかな陽気。先程まで見ていた夢の光景とは真逆の長閑さだ。
ここはこの国、ファブリカティオ帝国の皇族が設立した、ダイス貴族学校の裏庭。
私はここに通う生徒の一人、ラシェル・ブルーバードだ。
「やばっ!」
私は咄嗟に呪文を唱えて、校舎の三階まで飛び上がった。
窓から廊下に入り、目の前の教室に駆け込む。
「……間に合った」
まだ教師は来ていない。ほっと息を吐くと、背後にぬっと影が降りた。
「またお前か、ブルーバード」
呆れた声が降ってきて、飛び上がって振り返る。
そこには長身の男性、教師のレナード・デイズが立っていた。
黒髪で黄金の双眸を有し、平民出身ながら魔術の腕を認められてこのダイス貴族学校の魔術専科の教師に抜擢された逸材である。
「……あはは」
笑って誤魔化す私に、レナード先生は溜め息を吐きながら席に着くよう促した。
「今日は探知魔術の小試験を行う」
彼の言葉を受けて、私たちは居住まいを正す。
この世界における魔術師はとても希少だ。
魔力を持っているだけの人間は五万といるが、それを魔術として行使するためには才能と努力が必要となる。
このダイス貴族学校も、皇族が設立した超名門貴族学校であるにもかかわらず、魔術専科だけは身分に関係なく、実力に応じて特待生制度が用意されているほどである。
そして私のクラスメイトは、五人。
代々有能な魔術師を輩出している侯爵家の長女で、現国立魔術師団長の娘でもあるリリアナ・ジューク。
帝国の属国であるアビエテアグロ公国の第一公子、リオネル・ランティス・アビエテアグロ。
私と同様平民出身でありながら魔術の才を評価されて特待生として入学したディラン・ルークス。
そしてこの国の現皇帝の三男、オスカー・ティアナ・ファブリカティオだ。
「探知魔術の術式については前回の授業で説明した通りだ。今日は実践として、学校の敷地内に隠した魔鉱石を探し出してもらう。魔鉱石は人数分、それぞれ別の場所に隠してあるが、授業時間内に探し出せなかった者は補習に出てもらう」
それだけ言うと、レナード先生はぱんと手を叩いた。
「では始め!」
私以外の四人は、先生の合図を受けて右手を宙に掲げた。
一方、私は立ち上がって教壇に立つレナード先生の許へ歩み寄る。
「……ブルーバード、何だ?」
何か言いたげな顔で先生が尋ねて来たので、私は先生の左胸を指差した。
「そこに、一つ魔鉱石入ってますよね。それは今回探し出すのとは別の魔鉱石ですか?」
私が指摘すると、先生は苦虫を嚙み潰したような顔をしつつ、ポケットから魔鉱石を取り出して私の手に乗せた。
「探知魔術は行使したか?」
「一応やりましたよ。呪文は唱えてないですが」
探知魔術自体はさほど難しい魔術ではない。
ただ、捜索の対象を広範囲にするほど魔力を消耗するし、探すものが小さいほど集中力を有するとされている。
実は、先生が教室に入ってきた時点で、彼の胸に魔鉱石があることは感じ取っていた。
魔鉱石は魔力を含んだ鉱石のことで、様々な魔具に加工できる他、魔術師が魔力を吸収することもできる。
今回使用されたのは胡桃くらいの大きさの魔鉱石で、含んでいる魔力もそれほど多くないが、私の眼にははっきりとその存在が視えていた。
とはいえ、今回は探知魔術の授業なので、一応それをやらないといけない。
先生の開始の合図とともに、私は無詠唱で探知魔術を展開して、先生の胸ポケットに魔鉱石があることを再確認したのだ。
「……合格だ」
「ありがとうございます」
最速でこの小試験に合格した私は、魔鉱石を握り締めて席に戻った。
「……よく気付いたな。本当に探知魔術使ったのか?」
隣の席のオスカー殿下が感心した風情で声を掛けてくる。
「ええ、まぁ」
私は曖昧に微笑んでやりすごす。
正直、オスカー殿下は苦手だ。
銀色の髪に宝石のような深い青の瞳。そして麗しく整ったその顔。
それら全てが、前世の私の仲間と瓜二つなのだ。
今の人生が始まる前、私は全く異なる世界で、女勇者として魔王を打ち倒した。先程見た夢は、その時の光景だ。
そしてその影響なのか、前世で得た能力の全てがこの世界でも使え、おかげで貴族学校の魔術専科に特待生として入学ができたのだ。
そして共に戦った僧侶のアリオン。
彼と私は想いを通じ合わせていたが、前世の世界での僧侶は生涯独身であることが必須のため、私達は結ばれることなく人生を終えた。
アリオンとオスカーは、見た目こそ瓜二つだが、性格は全然違う。
それが私には受け入れがたく、どうしても彼を避けてしまっていたのだった。
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