飛んで東国 10
両腕のフィーベル・アローから刃を展開したトウヤはすぐさま駆け出し鬼神の懐へと入り込もうとする
しかし、それをただ見ているだけの鬼神ではない
拳を突き出し、腕を横に振るい迎撃せんとするが、トウヤは全てを見切る
「なんだと!?」
「ウォリャァ!!」
懐に入ったトウヤは身体を回転させながら両腕の刃を展開したフィーベル・アローを続け様に3度切り付けると、その度に鬼神の体表から火花が飛び散り僅かに仰反る
「貴様・・・!」
思わず声を漏らす鬼神に構わず、すぐさま僅かに結晶の付着したフィーベル・アローの両端を前へ向け、結晶を巻き込みながら捩れる魔力を纏わせると鬼神の腹へと打ち込む
「グオォッ!?」
その一撃は先程まで魔力の矢を撃ち込んでもビクともしなかった鬼神の巨体を、後ろに飛ばし畳の上へと転がした
体勢を崩した鬼神の姿にこの隙を逃すまいと、すぐさまトウヤはブレスレットを円盤に擦り合わせる
『パワード! オーバーパワー!』
展開されたフィーベルアローを鬼神へと向けて巨大な弓を形造る
『パワード、スペシャルムーブ!』
「貴様・・・まさか覚醒したのか?」
「覚醒・・・? 何のことかわかんないけど、これで決める!」
半身の姿勢を取り弓へと指を摘み弦を弾く様な動作をすれば、摘んだ指先から形成された1本の荒れ狂う魔力の奔流を纏った巨大な魔力の矢を一気に撃ち放つ
『フィニッシュアロー!』
「セイヤァー!!」
放たれた魔力の矢は轟音と共に畳を、壁を抉り破片を巻き上げながら音を置き去りにして鬼神へと迫る
対する鬼神は魔力の矢が飛んできた瞬間に両手を身体の前に突き出し受け止めた
「グ・・・クゥ・・・」
しかし未だ進む事を止めない魔力の矢は、荒れ狂う魔力の奔流を撒き散らしながら、踏ん張る鬼神の身体を後ろへと押して行く
これならば行ける。そうトウヤが思った時であった
鬼神から目に見えるほどの紫色に色付いた魔力が溢れ出たのだ
その光景に思わずトウヤは息を呑む
「グオォォォォッ!!」
御所中に響き渡るほどの雄叫びを鬼神があげると妖しい紫の光を両眼に宿しながら、まるで焔のように溢れ出る紫の魔力を腕先に込め魔力の矢を容易く引き千切った
「なっ・・・!?」
目の前で起こった事態にトウヤは驚きのあまり声が出ない
魔力の矢は普段よりも濃密な魔力を宿していた。それにも関わらず鬼神はそれ以上の魔力を放出したのだ
「そんな・・・」
やっと絞り出せた声はあまりに短い、鬼神の怒りを鎮めるには堪らなかったのだろう
紫の焔を宿した鬼神がトウヤを睨み付けるとゆっくりと近付いてくる
「貴様・・・貴様よくも、この力は貴様なんぞに振るって良いものではない、殺す、殺してやる」
それは正しく死を予感する光景だった
紫の焔を纏う白い皮膚と赤い筋肉を見せる2本角の鬼
未だ戦意はある。しかし、完全に勝機を失ったトウヤは諦めに似た感情を心の内に浮かべてしまう
奥歯を噛み締め、仮面の裏で額から冷や汗を流しながらただ身構えていた
ーーチリンチリンチリン
その時、部屋の中に小さく鈴の音が響いた
ーーチリンチリン
鈴の音がまた聞こえ、それが鬼神の後ろ、廊下の奥から聞こえてくるのがわかった
ふとトウヤは気が付く
ーーいつの間にか戦闘の音が消えている
雫達が鬼達の足止めとして戦っているはずだが、戦闘の音は消え、ただ鈴の音だけが聞こえてくる
ーーチリン
鈴の音が止まる。その瞬間世界は音を失った
静まり返った部屋の中では、ただ自分たちの心臓の音だけが確かに聞こえる
鬼神もまたその事に気が付くと固唾を飲んだ
「我は剣なり」
静かに響く翁の声、鬼神が睨み付けながら振り返ると、廊下の奥に何者かの影があった
「國を守護する剣なり」
影が動く
「それ故に我が剣は」
そうして、彼は姿を現した
「不敗なり」
翁が姿を現した
「剣聖・・・秋雨秋水・・・」
鬼神はその姿にただ息を呑んだ
一方のトウヤは驚いた
それは皇と共にいた翁、秋雨秋水が身に纏った上質な水色の着物でも、彼が刀を持って現れた事でもない
彼の恐ろしさに、ただ驚いた
静かに、ただ静かに立つその姿はまるで明鏡止水が如くひどく穏やかなものであり、しかして獲物を見据える狼の様な恐ろしさを抱かせた
「皇様より抜刀の許可をいただい故、これより助太刀いたす」
彼の言葉にトウヤは呆然と頷いた
「秋雨秋水・・・、極東の超越者、人の理を超えし我が父に選ばれたこの世界の英雄の1人!」
秋水の姿を見た鬼が興奮気味に語り始めクツクツと笑い出す
「ハハハッ!! 素晴らしい、素晴らしい!! お前の力を見せてみろ! 人の身でありながら人を超えた人外の力を!」
満面の笑みを浮かべ秋水へと言い放つ鬼神ではあったが、対する秋水の対応は些か淡白と呼べるものだった
「もう見せた」
そう言った秋水の右手には抜き身の刀が握られていた。その事実に鬼神は訳もわからず困惑の表情を露わにした
「ハハッ・・・は?」
瞬間、秋雨秋水の刀の軌跡をなぞる様に1本の黒い線が空間に描かれ、景色の描かれた紙が半分に分たれはらりと舞う様にして空間が捲れ上がり始めた
捲れ上がる空間は黒い線に沿って鬼神へと近付いていく
ーーまずい避けねば
そう思った鬼神の身体は動かない、そして、気が付くのだ。
遅かったのだと、そう思った瞬間、鬼神の首が捲れ上がる
秋水は1滴の血も付着していない刀を振るうと、ゆっくりと鞘へと戻す
カチリと音が鳴った瞬間、空間は元に戻り鬼神は悲鳴を上げることすら叶わず首を落とした。ぐらりと鬼神の身体が揺れ動くと仰向けに倒れ灰の塊へと変わっていく
トウヤはその光景をただ見つめていた
「爺さん・・・あんた一体・・・」
そう呟き秋水の顔を見れば、彼はただ静かに笑みを浮かべていた
登場人物
浅間灯夜:剣の腕はからっきし
翁(秋雨秋水):秋雨流剣術の師範であり、極東の超越者
その力により普段は帝から使用を禁じられている
奥義:空断ちは剣術の極みであり、会得すれば刀の一振りで空間を斬れるようになる
なんだこの爺
次回飛んで東国の最終回です