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飛んで東国 4

登場人物


翁:トウヤが饅頭をあげた少女の保護者


梅:トウヤが饅頭をあげた少女


浅間灯夜:お礼をすると翁に言われて断りきれずにホイホイやって来た子

事の仔細を雫と茜に話したトウヤは、日が沈みかけた頃に目的地に向かっていた


誘蛾燈の光が仄かに田んぼを照らし出す中、歩いていると左手に長く続く石階段が現れる


「ここか・・・」


手に持っている革のような滑らかな手触りの和紙を見ると、そこには町の郊外にある神社が描かれていた


再度階段を見た時、トウヤは思わず苦々しい表情を浮かべる


「この階段登るのか・・・」


見上げれば確かに頂上は見えるのだが、長く続く急勾配な階段にトウヤは気怠げに思いながらも登る事にした


頂上まで辿り着いてみれば、そこには赤い鳥居と厳かで神聖な雰囲気を纏った拝殿が姿を表す


だが、目的の人物がいないとキョロキョロと顔を動かしていると「こっちですよ」と声が聞こえたので振り向いてみると、そこには昼間の翁の姿があった


「よう来てくださいました。ささっこちらへ」


「あぁいや、俺様子見にきた程度ですからお構いなく」


「おぉありがとうございます。まぁそれだけでは何ですからどうぞ、お茶をお出ししますので」


「はぁ、それなら」


あまり断り過ぎると失礼だと考えたトウヤは、翁の誘いに乗ると案内されたのは神社の中にある社務所だった


引き戸を開け中に入る翁に続く。土間には子供の物であろう下駄を見つけ、梅もいるのかと思いながらも翁の後に続き靴を脱ぎ上がる


社務所の中はどうやら相当年季の入った木造建築らしく、美しい鳥の彫刻が彫られた欄間には埃が累積し数歩進む度にギシギシと床が鳴る。

「こちらです。」と翁が掌でとある一室を指し示すと障子を開け放つ、中には美しい浅紫の着物を着飾った梅の姿があった


「う、梅!? 何だよその格好・・・」


その姿に驚きを露わにしながらも中に入り、梅の対面に敷いてある座布団にあぐらをかきながら座ると、お茶を持ってきた翁が梅と自身の間に座りお茶とお茶菓子を配りながら神妙な面持ちでトウヤへと語りかけてくる


「トウヤ殿、貴方様の噂はかねてよりお聞きしております。強い正義心から多くの凶悪な怪人を討伐し街の平和を守っていると」


「あぁ・・・どうも、というかそんな噂が此処にまで届いてるんですね」


「えぇ和国には頼りになる者がいますので」


「へぇ〜」


感心するように言葉を漏らすと緑色のお茶を一口啜る。ほろ苦いが風味のあるお茶はトウヤの舌によく馴染む


「そこで貴方にお願いがございます。どうかフェイル王国に戻る際にこのお方も連れて行ってもらえないでしょうか?」


「いやまぁそれは良いですけど・・・え? このお方?」


庶民とは思えない美しい浅紫の着物を着飾った少女をこのお方と呼ぶ、トウヤの内心に途轍もなく嫌な予感が過ぎりながらも落ち着く為にお茶を今一度啜る


「はい、この国の王妃で在らせられる皇様でございます」


「ブフェアッ!? うぇほっゲホッ!」


驚きのあまり気管に茶が入り込み口内に残っていた茶を顔を横に背けながら吹き出してしまい咳き込む


「大丈夫ですかな?」


「あ、いやその、お、王妃様・・・!?」


「はい、王妃様でございます」


暗く染み付いていく畳を他所に、トウヤは勢いよく顔を翁に向ければ特に気にする素振りもなく平然と言う


「なんでそんな・・・方を俺なんかが!?」


「あなた様が今この国の中で自由に出国できる身分である事、ヒーローとして活動しているので身元が保証されていて、以前より話を聞いており信頼できる人物であると今日確信できたからでございます」


「いやうーん・・・」


そこまで言われ褒められると流石に断り辛くもなってしまい唸る


トウヤが悩む理由は単純明快で、一国の王妃が逃げ出す程の状況とは何かという事である。国家反逆罪など重大罪を犯した上での亡命か、はたまた臣下の反逆により立場を失ったか、どちらにせよ厄ネタである事に変わりはない


もし自分が軽率に動き失敗すれば被害を被るのは雫と茜だ、その事をわかっているからこそ悩むのだ


「せめて訳を聞かせてくれないか? なんでこの国から隠れて出ようとしてるんだ?」


「それは・・・」


「よい、妾の口から直接語ろう」


「皇様、なりませぬ」


「良いのじゃ爺、協力を仰ぐ以上はこの者も知る権利がある」


昼とは打って変わり厳かな雰囲気を浮かべる梅、皇がそう言うと翁はそれならば何も言うことは無いとだまり込み、皇は小さく「ありがとう」と呟く


「妾達の目的は事件解決の為に国外へ避難する事、その為にお主の力を借りたいと思っておる」


「国外への避難・・・何かあったの・・・ですか?」


「そう畏まらなくて良い、昼と同じ調子で喋ってくれ」


「それなら遠慮なく、国外に逃げるって何かあったのか?」


トウヤからの問い掛けに皇はその時の光景を思い出す様に目を閉じる


「あれはそう、市井で噂の呪い師を呼んだ時のことじゃ、その呪い師は特別な力を持ち人の性格を変えて浮浪者を勤勉な商人に変えたとめっぽう噂になっておっての、実力を確かめる為に御所へ呼び出したのだ・・・今となってはそれが間違いだった」


彼女の脳裏に映し出される記憶、それは凄惨な光景だった


「術師の正体は人を鬼へと変える妖術師だった。御所にいた者は兵から貴族まで1人残らず鬼に変えられた・・・その中には陛下も」


語るにつれ苦々しい思いが胸中に込み上げ彼女の眉間に皺が寄る


「しかしな、希望が無いわけではない、デアテラ様の加護を強く受けた者は人を鬼に変えた者の姿を覗き見て現世に引き摺り出す事ができるらしい」


「らしいって・・・それ誰から聞いたんだよ」


「陛下じゃ、陛下は博識でな色んなことを妾に教えてくださった。その陛下の願いもあり我らは国外へと避難せねばならぬと言うことだ」


一縷の望みをかけての逃避行

話を聞いている限りでは力になりたいとは思うが、事態の重さと大きさはトウヤの想像を超えており、勝手に1人で決めるわけにもいかないと思ったトウヤはまずは此処につれてきてくれた2人に連絡をしようと考えた


「わかった。なら少しだけ時間をもらっても良いか? ここに連れて来てくれた人達がいるんだけど、その人達に今の話を共有しても良いか? それから判断するよ」


「わかった。すまないな、此方の問題に巻き込んでしまって・・・妾は」


「皇様・・・お静かに」


皇が言い掛けた所で翁が静かに遮った

何事かと思っていると、外から響く笑い声が耳に入る


「敵か?」


「おそらく、血の匂いが混ざっていますが昼に町で襲って来た者達かと」


「厄介だな」そう皇が呟くが、トウヤにとってはそれ以上に気になる言葉があった


「血の匂いって・・・あいつら人を斬ったって事ですか!?」


驚きの声を上げるトウヤだが、翁は静かに首を横に振るう


「鬼となった者は殺人衝動に目覚めますが、それ以上の食人衝動に駆られる。おそらく血の匂いは麓の農村の・・・」


その言葉を最後まで聞く事なくトウヤは立ち上がると制止の声を振り切り走り出していた

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