おいでませ異世界 6 終
改訂版の最終話です
その時であった
ピューッという甲高い音が自身の後ろから自分達の間を走っていった
それと同時に魔獣は顔を離し、拘束が緩んだ
トウヤは好機と考え一気に力を入れ腕を押し除け、地面に降り立つとすぐさま距離をとった
「トウヤ!無事!!?」
「サラ、一体何をやったんだ!?」
「説明はあと!!それより勝てそう?」
サラの問いに答えられない
攻撃は通る、だがすぐに倒せるほどではない
時間をかければ倒せるかもしれないが、怒り狂った魔獣に持久戦を仕掛けるのは悪手であった
それは先ほどの攻撃が物語っている
「無理そう・・・」
「そっか・・・あー、奥の手とか何かない・・・よね?」
「ない・・・と思う」
「だよねぇ」
サラから僅かに失望の籠った声で返事を返してくる
魔獣は先程の笛の音が相当嫌だったのか頭を振っているがすぐに復活するだろう
その様子を見て思考を如何にして撃退するかではなく、如何にして逃げるかにすぐさま切り替えた
一方のトウヤは変身する前に脳裏に浮かんだ情景を再度掘り起こし何か状況を打破できる手段がないか考えた
だが、幾ら思い起こそうとしても出て来るのは先程の光景ばかりだった
「あ、もしかしたら行けるかも」
「え?なに?何かあるの?それどんなの?今すぐ使える?」
「すぐに使えるけど、出来るかどうか自身がないな・・・」
「なら試しちゃえば良いじゃん」
「簡単に言うなぁ」
あっけらかんと言った彼女に思わず苦言が漏れる
だが一か八か、それでも確率があるのであればやるしかないのが今の状況ではあった、それが故にトウヤの決断は決まっていた
「なら、試すしかないか」
そう笑いながら言うと気合を入れて構えをとる
変身した時と同じ様にブレスレット同士を身体の前で合わせた
ーーやってやりな、それでスーツの性能を限界まで引き出すんだ
またしても声が聞こえる。
先ほどと同じ白衣の女性と同じ声
「あぁ、やってやるよ」
一気に合わせた両腕を離した
その瞬間、ブレスレットから膨大な量の魔力がスーツへと流れ込む
初めは1本の赤い線で、やがてそれは5本10本と増え、黒かったスーツを燃える様な赤へと変え、雫型のバイザーは黒からオレンジへと色を変え、中心に黄色の光を携えていた
首の噴出口から黄色の魔力布をマフラーの様にたなびかせながら噴き出していた
「黒から赤いスーツに変わった・・・?」
全身へと力が満ちる
本来の性能を発揮したスーツがトウヤへとさらに強力な術式を付与していた
その一方で目の前で変化したトウヤの姿に、笛の音のダメージから復帰した魔獣もまた、トウヤの変化を機敏に感じ取っていた
感じ取ったからこそ魔獣の行動は早かった
全身の巨大な体躯に詰め込まれた筋肉と強化術式を全力で使い、その巨大さからは想像も出来ないほどの身軽さで腕を振り上げ飛び掛かる
たとえ振り上げられた腕による薙ぎ払いを避けても巨大な体躯と勢いに押し潰されて圧死する。まるで砲弾の様なものであった。
しかし、避けるには時間が足りない
僅かに放物線を描きながら魔獣の身体はトウヤへと迫り腕を薙ぎ払う。
薙ぎ払った腕がトウヤへと到達した際の衝撃の波が暴風という形で辺りへと巻き散らかされた
サラはその暴風に吹き飛ばされる
これはダメだ、吹き飛ばされた際のサラの脳内にはその言葉があった
地面へと転がり落ち苦痛に歪む顔を上げる
「うそ・・・」
そんな彼女の目に信じられなかった光景が映る
人1人が簡単に吹き飛ぶ暴風の中、トウヤは魔獣の腕を片手で、その巨躯すらも空いてる方の手で受け止めていたのだ
本来の性能を取り戻したスーツがその力を十全に使い魔獣の巨躯おも受け止める程の力を発揮した
先程までなら押し潰せるはずだった一撃を防がれ、魔獣は困惑するもすぐさま二の矢を放たんと態勢を戻し立ち上がる
その隙をトウヤはついた
籠手へと魔力を集めその力を解き放つ
『腕部集中!一撃粉砕!!』
「せいはぁぁ!!!」
高らかに響く音声と共に気合を入れたトウヤの腕部強化術式により強化された拳が魔獣の腹へと打ち込まれる
打ち込まれた拳によって生じた衝撃が銃弾をも弾く鋼鉄のような硬さの皮を、肉を撓み波打ち巨躯を浮かせ衝撃により勢いよく吹き飛ばす
打ち込まれた拳は正確に、確実に魔獣の体内の魔力の流れる魔術管を、身体に張り巡らされた天然の強化術式を砕く
砕かれた管から流出した魔獣の生命活動が終わる前に膨大な量の魔力を身体へと逆流させ、やがて体内の揮発性の液体が充満する火炎袋と呼ばれる臓器へと引火し
耳を劈くような爆音と共に魔獣の身体は爆散した
「トウヤ・・・!!?」
拳を叩き込んだ衝撃と爆発の衝撃により白く塗りつぶされた視界、サラはケホッと咳をしながらトウヤの安否を案じ声を上げるが、ゆらゆらと揺れる白煙の中に立つ1人の影を見つけた時、サラの心配は杞憂に終わる
スーツの色が再び赤から最初の黒色に戻ったトウヤの姿が現れたのだ
サラサラと光のチリとなりスーツが上から消えていく
顔が顕になった時、トウヤはサラの方へと向き僅かに笑いながら言った
「なんとかなった」
笑いながら言う彼に呆気に取られながらもサラは釣られて顔を綻ばせる
「助かったよ、ありがとう」
それから暫くして、トウヤたちは無事何事もなく森を抜けバスの停留所へと辿り着いた
遠くからは屋根部分に重装甲のパワードスーツのような物を纏った何かがいるバスがやって来ていた
もはや何も言うまいとその光景を眺めている
「今日はありがとう、助けるつもりが助けられちゃったね」
「こちらこそ、ここまで来れたのはサラが案内してくれたおかげだ、本当に助かったよありがとう・・・あのバスの終点で降りたらベガドって街に着くのか?」
「そうたまよ、終点まで待ってれば街に着くよ・・・」
僅かな時間のほんの少しの冒険を共にしただけだが、僅かな寂しさが心のうちに現れる
彼女のおかげでトウヤはこの世界の事をほんの僅かでも知ることができ、戦う術を教わり共に魔獣と戦った
いつかは再開するかもしれないが、それはすぐではない
そんな考えの中、無情にも別れの時間はやってきた
バスが目の前に止まり、扉が開かれる
「それじゃ、さようなら、頑張ってヒーローになりなよ」
「おお、サラの方も元気でな」
どちらが先かわからないが、お互いに拳を突き出しぶつけた
代金を支払い乗り込み2人がけの席に座るとバスが動き出した
サラと森の入り口が遠くへと去っていく
扉を開けた先で出会った少女とここまでの濃密な1日は、トウヤの今までの人生の中でも最も過酷で濃密な始まりだった
故郷の密林の姿を僅かに幻視しながらトウヤは決意する
この世界でヒーローになると
「そうだ、お姉ちゃんに連絡しとこ、多分研修終わりまでには届くでしょ」
これにて第一話終了となります