唸れフレアナックル 9 終
「初めての怪人討伐お疲れ様でした。ダライチも出て来たと聞きましたが、無事に帰って来てくれて何よりです」
場所は移り、トウヤ達はギルドへと怪人討伐の報告へ来ていた
ギルドでは慌しく、怪人案件の処理を行なっていたがそんな中、ゼトアが嬉しそうな声をあげて出迎える
「今回の身元は?」
「あぁ、今回怪人を倒したのはトウヤくんですよね?聞かせるにはちょっと早い気がしますが」
余程言い辛い事なのだろうか、ゼトアが口籠る
「良い、言って」
だが、関係ないとばかりに彼女は言い放つ
なんのことだか理解してないトウヤではあったが、これから覚悟が必要な話が出てくるのだと思い息を呑む
「身元って・・・誰の身元なんですか?」
「怪人」
「良いですか?トウヤくん、これを聞いても絶対に考え過ぎないでください、今回の下級怪人の身元は先月から捜索願いが届いている貧民街2番地出身のヤナムくん、7歳です」
「は・・・?」
思考が止まる
あの巨躯の怪人が子供?俺は子供を殺したのか?
思えば節々に子供らしい仕草、言葉を吐いていた
フィリアのあの言葉、子供の言うことを聞くなと言うのは比喩では無くそのままの意味だったのか
考えれば考えるほど行いに対する後悔の念が深く、大きくなっていく
「トウヤくん、君は正しい事をしたんです。あのままあの子が暴れならどれ程の犠牲者が出たかわかりません、ですから」
「でも・・・それでも俺、人を殺したんですよね?それも何もわかってない子供を・・・」
ヨロヨロと蹌踉めきながら近くにあった椅子にドサリと倒れ込む様に座り込む
残酷な真実に動揺し、彼は頭を抱え自分の行いを懺悔した
「薄々人を殺してるんじゃないかって思ってたんですよ、でも止めるためなら仕方ないってそう割り切ろうとしたんですよ」
「大人でも子供でも関係無い」
「関係ありますよ、あの子はきっと自分が何やっているのか理解しないまま暴れてたんですよ、それなのに俺」
「なら大人なら良いの?」
「そ、そう言うわけじゃ!」
「まぁまぁトウヤくん落ち着いて、君の気持ちもわかるがそれでも君がやらなければ」
トウヤとフィリアの言い合いに見かねたのかゼトアが止めに入る
だが、ある程度予想し覚悟していたとはいえまさか子供を殺す事になるとは思わなかったトウヤは冷静ではいられず、なおも感情の火は強く燃え上がった
そこに含まれるのは悲しみ、後悔、八つ当たり気味な怒りであり、
「何事かね?」
そんな折に、強く意志の籠った重低音の問いかける声が彼らへとかけられた
ゼトアが声の方へ顔を向けると強張った面持ちをあげ、フィリアはいつも通りの無表情ながら僅かに雰囲気が強張っており、それに気が付いたトウヤもそっとそちらは顔を向ける
そこにはオールバックの厳かな雰囲気を持った男性が、若い男を連れて歩いてきていた
ギルド内にいた冒険者や職員達もその男にある者は強く憧れの籠った眼差しを、ある者はゼトアの様に緊張した面持ちで、様々な表情の色を持って男を迎えている
「これはラス市長、本日は一体どの様なご用件で?」
「あぁいや、今回の怪人の件の報告を聞きにきたのと礼を言いにきたのだ」
「礼ですか?」
緊張の為か声が強張るゼトアの言葉にラスは表情を緩め温和な笑顔で持って頷いた
一方のトウヤはと言うと、目の前にいる男がこの街の長である市長だったのかと納得と共に驚く
「なにやら今回の怪人を倒したのは新人と聞いたのでな、初陣で怪人を倒し街の平和を守ってくれた礼を様子見も兼ねてしに来たのだが、何やら取り込んでる最中だった様だな」
「怪人の正体が子供だと言ったら混乱した。それだけ」
そうフィリアが告げると、ラスはそうか、と呟きトウヤへと顔を向ける
「君はトウヤくんだったかな?先の怪人討伐ご苦労だったな」
「いえ、俺は・・・大したことは」
「いいや大した事だよ、そう自分の行いを卑下するな」
そう言って苦笑すると、ラスは座り込むトウヤの前へと膝を折り目線を合わせ、トウヤの目をジッと見つめた
芯のこもった真っ直ぐな赤い目に見つめられたトウヤは少し居心地悪そうに僅かに目線を逸らそうとする
「君はなぜあの子を、怪人を止めた?」
「それは・・・あの広場にいる人達を助けたかったから、です」
その答えをラスは笑みを持って受け取った
「そうだ、その心は大切だ、良いか?君がいなければ今頃広場は罪のない市民達の血により赤く塗りつぶされていただろう、怪人を倒したことは君の仕事の範疇であり何も不安に思うことはない、だが君は別の事が引っ掛かっているのだな?」
怪人を倒した事よりも、子供を殺してしまった事、確かにそれが引っ掛かっているトウヤは頷く
「ヤナム君はな、とても家族想いな子だった」
そうポツリとポツリとラスが話し始めた
怪人となったヤナムの事を
「貧民街の視察をしている時に、大きくなったら家族を楽にしてやるんだと息巻いて見せていたよ」
先程の怪人の真実の姿というあまりにも酷く刺々しい刃がトウヤの心に突き刺さる
だがラスは言葉を止めることは無い
「だからこそ止めねばならなかったのだ、人の夢を醜く歪め身体を歪に改造して弄ぶ、そんか組織の目的を達成するための駒へとさせられたあの子を止めてやらねばならなかった」
悔しげに眉を顰め膝に置いた拳を握る
その目には憤怒の感情が色濃く宿り、目の動きはトウヤへと向いてはいるが、意志だけは遠くのトウヤが未だ見ぬ者へと向けられていた
「だからこそ礼を言いたい、ありがとう、君のおかげであの子の暴走を止める事が出来た」
その言葉にトウヤは何も言えない
未だどうすれば良かったのか、目的が定まらず全てを救おうとしたトウヤは何も言えずにいた
だが、気持ちは幾分か晴れてしまう
ラスの言葉は心の傷から奥へと入り込んでいき染み込んでいく
死人に口無しとは言うが、罪悪感に苛まれていたトウヤの心はヤナムを救えていたのかも知れないという、自分が欲する願望で持って自身の行いを正当化させる事ができた
それが偽善なのはトウヤもわかっている
だが、未だ踏ん切りの付かない心には、酷く染み渡り持ち直すのには必要な理由だった
「市長、あなたも甘いですね」
不意にラスの傍にいた男が声を掛けてきた
言葉自体はラスに向けて発せられたものではあったが、男の視線がトウヤに向いていることからその中に含まれている侮蔑的な感情はトウヤへと向けられた物なのだろう
「セド、彼には落ち着く為の時間が必要だ、急いては事を仕損じると言うだろ?」
そんな男、セドの様子に咎める様にラスは言葉を返す
「ですが、この調子で戦われては街の平和を守るどころか人1人すら守れない」
そうラスへと返すとトウヤの事を探る様に見ながらも顔を向ける
「トウヤとか言ったな、貴様ヒーローの仕事が何かわかっているのか?」
「えっとみんなの平和を守る事・・・ですよね」
「詳しくは、どんな平和を守るんだ?」
「命とか、平穏な暮らしとか」
そう聞かれしどろもどろになりながらも答えるとセドは頷きを持って答えた
「そうだ、市民の生活に関わる資産並びに命を守る事、それ即ち穏やかな暮らしを守る事にある。俺達は常に後手に回り続ける役職だからこそ迅速な対応が必要だと言うのになんだあの体たらくは、それはフィリア、お前もだぞ」
「ごめん」
怒気をぶつけられながらも、相も変わらぬ表情の無さで答えるフィリアであったが、わずかに肩を下ろしている
なんだこいつは、そうトウヤは思いながらも何も言えない
それは確かにトウヤも思うところがあったからであった
そんな彼女の様子にため息を吐きながらもセドはラスへと再度顔を向けた
「市長、私は後処理に向かいますのでここで失礼します」
「そうか、気を付けてな」
「はい、フィリアその新入りにきちんと教育をしておけ、いつも通り言葉足らずな説明しかしていないのだろう?説明する時は詳しく話せ、良いな?」
そう言うとセドは足早に立ち去っていく
囲う様に集まった人混みの中へと消えていく彼の背中をトウヤは見つめ続けていた
「なんだよアイツ」
「彼はセド、この街の古参ヒーローで君やフィリアの先輩だよ、まぁ責任感が強くてあんな感じの物言いにはなっているけど、君や街のことを心配しての言葉だろうからあんまり気にしないで欲しいな」
ゼトアはそう言うが、トウヤは納得が行ってなかった
「だからってあんな言い方」
「でも本当のこと、受け止めないとダメ」
でも、と食い下がろうとするトウヤだったが、当のフィリアにそう言われたのとセドの気持ちが理解出来てしまうが故にそれ以上言葉が続かなかった
纏まらない感情から顔を下に向け唯一出てきた言葉をポツリと呟く
「ヒーローって、案外大変なんですね」
「それだけやる意義もある」
真っ直ぐな目をしたフィリアがそう返す
その目を見ればトウヤはもう何も言えなかった
ただ彼女の言葉にそうですねと小さく返す
「君達には苦労をかけるが、これも街の市民のためなのだ」
そう言うとラスは立ち上がる
そして、トウヤへと顔を向けると微笑みを携えながら言った
「これからの働きに期待しているぞ、ヒーロー」
「わかりました。これからも俺、頑張ります」
そう言ったトウヤの顔はわずかな蟠りはあれど先と比べれば晴れ晴れとしていた
こうして一悶着がありながらも、トウヤの初の怪人戦は幕を下ろしたのだ
初の怪人戦から数日が経過した後、トウヤはとある場所に来ていた
そこは貧民街の一角に存在する建物の前であり、建物には「社会復帰支援協会ベオテ支部」と書かれている
怪人となった子供は救えない、ならヒーローとして彼はそうなる前に救って見せようと思い至りこの建物の前に来ていた
「うし、行くか!」
そう気合を入れると意気揚々と建物へと入っていく
それがまた別の事件を呼び込む事になるとも知らず
正直この要素打ち込むの早すぎたかなぁ