飛んで南国!! 11 終
天に召する神々にまで届くようにと願いの込められた鐘の音が街中に響き渡る
参列者は手に持つ花を目一杯に空高く舞い上げ祝福し、そんな中を一組の男女が満面の笑みを浮かべ腕を組みながら歩いて行く
本来であれば昨日に、このささやかながらも華やかな祝いの儀式が行われる筈だったが、再転の教会最高司祭アドラと異形達の襲撃により翌日へと延期になってしまった
その日はトウヤ達は帰国する日ではあったのだが、ベーレンからの誘いとエオーネ立っての願いにより結婚式に参列する事となったのだ
華やかな挙式が終わると披露宴へと舞台が映り変わっていく
教会の庭に並べられたシーツを敷かれた丸テーブル達の上には彩り豊かな料理の数々が並べられていた
「来てくれてありがとう、色々と助かったよ」
そんな中でエオーネとベーレンはドリンクの入ったコップを片手に庭の端に置かれたベンチに座り込んでいたが、不意に発された彼の言葉にエオーネはフッと笑う
「良いのよ、大切な友達の結婚式よ? 参加しないでどうするのよ」
それは今回参加した全員の気持ち、その総意でもある
確かに思う所はあった
嘗て想いを抱いていたからこその悩み
だが、それは昨日の彼の笑顔を見た瞬間、街を覆う朝露の様に消えてなくなっていた
恋叶わずとも想いは同じ
ただ相手に幸せになってほしい、なってくれて嬉しいのだと、相手を想う気持ち故に彼の幸福をエオーネもまた噛み締めていたのだ
そんなエオーネの姿に、あの時よりも人として強くなっていっている友の姿にベーレンは笑みを浮かべるのだ
「やはり、強いな君は」
「友がいてくれたからよ、昔も・・・今も・・・」
そう言ってエオーネが目を向けた先を彼もまた見てみると、笑い合う雫達の姿があった
「良き友に会えたんだな」
「あら、他人事の様に言うけどあなたもよ、ベーレン」
「それは光栄だな」
柔らかく真っ直ぐなエオーネの視線に気恥ずかしさを覚えはにかみ笑う
住む場所も、環境も、立場も、何もかもが変わった中でも何も変わらない
エオーネは最愛の友であるベーレンに笑い掛けた
「ベーレン、しっかり幸せにするのよ」
それは激励であり祝福の言葉
親愛なる友から贈られた言葉にベーレンは一言も発する事なく拳を掲げ、エオーネもまた同じ様にすると互いに拳をぶつけ合うのだ
ーー任せろ
2人の間に言葉など要らない
声を発する事なく答えるベーレンにエオーネは満足げに笑う
「友情っすね・・・」
「何言ってるの?」
そんな2人を遠巻きに眺めていたトウヤは感慨深いものを見たと腕を組み頷くが、どうも傍に立つフィリアには彼が何を言ってるのかわからない様で小首を傾げていた
「いや、なんか良くないですか? 言葉を交わす事なく最後にこう・・・拳と視線だけで意思疎通するって」
「・・・よくわからない」
何となくはわかる。だが、そこまで感動する事かと疑問が勝ってしまう
そんなフィリアの言葉を聞き彼は「マジかぁ」と少しばかり何とも言えない表情を浮かべる
「まぁそこは人によりますからね。しょうがないですよ」
「そうですけど・・・ちなみにゼトアさんは・・・」
「うーん・・・ちょっとオーバー過ぎる気がするなとは思います・・・」
案外、彼女と同じ感想を持つ者はいたらしい
同意してくれると僅かな希望を見出しながらもゼトアの方へと顔を向けたトウヤではあったのだが、彼の思わぬ発言に顔を顰めた
「マジかぁ・・・マジかぁ・・・俺だけ、俺だけかぁ・・・」
「いや、ほら・・・その、人によりますから! ね、フィリアさん!」
「・・・うん、そうだよ」
そう返事をするフィリアではあったが、トウヤは彼女の返事を聞くや否や小首を傾げる
「・・・あのフィリアさん、何かありました?」
「何が?」
「いや、何と言うか・・・なんか、元気無いって言うか・・・」
先程から聞こえてくる返事のどれもが歯切れが悪く、いつも通りの無表情でありながら目を見てみれば何処か心ここに在らずと言った様子を見せている。ようにトウヤには見えたのだ
最も周りで聞いていたゼトアにはいつも通りに見えていたので、ひょっとしたらトウヤの杞憂では無いかとそう思っていた
そんなゼトアの考えに同調するようにフィリアもまた首を横に振るう
「そう? 何でも無いよ」
「でも、元気なく無いですか? 何かあったなら相談に乗りますよ」
「大丈夫、心配しないで」
「まぁトウヤさん、フィリアさんもこう言ってる訳ですし大丈夫ですよ、それより何か取りにいきませんか?」
このままだと永遠と聞いてそうだと思いゼトアが割って入ると、トウヤの背を押してそのまま連れて行く
押されながらもトウヤはフィリアへと顔を向けて「何かあったらマジで話聞きますからね」と言い続けていた
そんな2人を彼女は小さく手を振って見送る
「はぁ・・・」
小さくため息を吐きながら彼女は自身の持つ汚れひとつない白い皿へと視線を落とした
正直なところ、大丈夫とは言いはしたがトウヤの言ったことは当たっている
今フィリアは悩んでいた
ーーあなたが前魔王の娘だからよ
あの戦いの最中、クヨキシの口から発された自身が前魔王の娘だという話
それが本当の話なのか嘘なのかはわからない
だが、確かにそれならば魔国が自身を殺さないようにしているのにもある程度納得出来るし、疑うよりも信じる心の方が優ってしまうのだ
一体何を目的としているのかは定かではないが碌でもない事なのは確かだろう
「どうすれば・・・」
おいそれと話せる内容でも無いし、そもそも覚悟が出来ていない
エオーネ達やトウヤを信用していない訳ではないがそれでも言い出すのには勇気がいる
悩めば悩む程、彼女の中に鬱屈とした感情が渦巻いて行く
「焦る必要はない」
「え・・・?」
声がして後ろを振り向くとザンセンドが何食わぬ顔で薄いパンを折り曲げ野菜や肉を挟んだ物を頬張っていた
いつの間に、そう言葉を発する前にザンセンドは口を開く
「隠し事などいつかはバレる。だが、焦って言ってもあまり良い事はない」
「・・・でも、隠して良い事なの?」
「どの様な隠し事か私にはわからん、だが・・・少し後回しにしてみても良いとは思うぞ?」
手に持つ料理を口の中に放り込み呑み込むと慈愛に満ちた美しい微笑みを湛えフィリアへと顔を向ける
「覚悟を決めないで行う行為には後悔が付きものだ、友を信頼するのとそれとはまた別の話」
重要度が高ければ隠し事はしない方が良いというのは大前提とし、ザンセンドはフィリアへと問うのだ
見極める為に、この誘惑に乗るのか否かを
瞳の奥で揺らぐ迷いの感情、それをザンセンドは捉えていた
しかして彼女は答えを出す
「なら、言う」
その返答にザンセンドの口角が上がる
「ほう、何故だ?」
「言わないと、後悔するから」
ザンセンドの言う通り後回しにしても良い、だが、そうすればいつか来るであろう魔人の襲来の前に大切な人達が倒れるかも知れない
自身の出自を伝える事の恐怖よりも、その事への恐怖が優ったのだ
そんな彼女の考えはザンセンドもまた理解した
「恐怖に操られ動けば後悔するかも知れぬぞ?」
慈愛の微笑みを湛えたままそう問い掛けるザンセンドを前にフィリアはしっかりとその眼を見据える
「後悔するなら、やって後悔する」
彼女に必要だったのは悩みを打ち明ける為の答えでは無い
他者へと感情を吐き出してアウトプットする事により、頭の中を整理する事だった
自身のやるべき事、それを認識した彼女の瞳にはもう迷いの感情は感じられない
その事がわかるとあとは背中を押してやるだけだった
「なら、行って来い・・・遠き国の子よ」
「うん・・・!」
力強く頷くとフィリアはトウヤ達の元へと走り出して行く
「遠き国の我が子らよ、世話になったな・・・もしも其方らが危機に陥った時、今度は我が助けになろう」
離れて行く背中を眺めながらザンセンドは小さく呟く
そうしてトランセンドでの長い様で短い旅はトウヤ達の驚愕の叫びと共に終わりを迎えたのだった
カツンカツンと階段を降りて行く靴音が近付いてくる
その音から少年は何かを察するが目を向ける事はない
音は扉の前で止まる
「帰って来たみたいだね」
「みたいですね」
声に呼応する様に扉がギギギと悲鳴を上げながら開かれると疲労困憊と言った表情を浮かべるアドラが姿を現した
「ただいま戻りました」
「お帰り、進捗の方はどうだった?」
「はっ・・・多少の妨害はあれど当初の目的は達成致しました」
ゴソゴソと懐を探ると小瓶を取り出す
中には1本の毛が入っていた
それを見ると銀髪の魔人は目尻を下げにこやかに嗤う
「こちらに」
「良かった。デモンストレーションの方は?」
「別部位を用いた部分召喚でも超越者と多少殴り合える動きを見せております。完全顕現ともなれば・・・」
「ふふ、そっか・・・ご苦労様」
「ありがたきお言葉」
労いの言葉にアドラは満面の笑みを浮かべ仰々しく頭を下げた
計画が順調に進んでいる
あとは準備を進めるだけ
「来たる千年の節目、復活した原初の魔王を僕達のものにする」
ーーその為に・・・君を使わせてもらうよ、フィリア・・・
人の悪意は止まらない
これにて飛んで南国終わりです
この回で飛んでシリーズは終わりになります
こう・・・考えてみたら飛んでシリーズは初期の母の愛、子の愛や移動式遊園地の話と同じタイミングで考えてた話なので、こうして書き終える事ができたのはなんか感慨深いですね
次回からはいつも通りフェイル王国の話に戻ります
いつもご愛読いただきありがとうございます!!




