飛んで南国!! 6
誰だ? 誰が見ている?
エオーネと共に会食室へと戻った皆はそのまま王との食事を楽しんだ
食事が終われば風呂に入った後に各々が部屋に案内された
部屋では明日何をするか、結婚式はどの様な服装で行ったら良いかなどを考えながらも、夜の帳が下り暗くなったのを確認すると皆眠りにつく
基本的に夜になっても王城が暗くなる事はない
この世界に存在する魔法の力が夜を照らすからだ
だが、そんな尽きぬ光も皆の寝静まる頃には共に眠りにつく
暗く静まり返った廊下
ある意味で闇に潜む者達にとっては都合の良い時間
そんな中を1人のメイドがコツコツと靴音を響かせながら巡回する
手に宿す魔法の火で足元を照らしながら、赤毛に褐色肌の面長の顔をしたメイドは周囲に目を向ける事なく一直線に歩いていく
「何をしているんですか?」
不意に男の声が背後の暗闇から聞こえる
咄嗟に振り向いたメイドは慌てて頭を下げた
「申し訳ございません。夜間の巡回を行なっておりましたが、起こしてしまいましたでしょうか?」
「いいえ、少し気になる気配を感じましたので夜風に当たろうと思っただけです」
「まぁそうですか、それではお茶でもお持ちしましょうーー」
「ふたつ感じた気配、その内のひとつが貴様だクヨキシ」
男の言葉に赤毛で褐色肌のメイドは何の事か分からない様子を見せる
「何を仰ってるのでしょうか? 私は・・・」
「姿形は違うが生まれ持った魔力の波長は隠せない、もう一度聞く、ここで何をしている?」
慌てた様子を見せるメイド、しかし、男はそんなことなど気にすることなく今一度尋ねた
確信を持っているかの様な動じる事のない男の態度を前に、メイドは困惑する様子を見せながらも俯く
「・・・もうバレちゃったのね」
そんな男の態度にもう誤魔化す事は無理だと悟ったのだろう
燃える様な赤い毛は滲み出た黒に染め広がっていき、褐色の肌は白く艶のある物へと変化していく
細長かった顔は一瞬震えるとぐにゃりと曲がり、丸い童顔へと変わった
8大罪ウココツの分身体であるクヨキシが姿を現す
「もう、せっかく変装したのに台無しよ、いつ気が付いたの?」
「質問に答えろ、一体何の用であんな物を呼び起こした」
「あんな物だなんて辛辣ね、あれでも一応は神様なのよ?」
怒気を含んだ男の声、クヨキシは動じる事なく小さくため息を吐くと戯けてみせるが、男が何も言わずただジッと己を見つめ続ける姿を見ると何を言っても無駄だと理解する
「アサマトウヤに伝えたい事があったのよ、まぁあなた気が付いてるみたいだからもう良いけど」
「それだけか?」
「・・・そうねぇ、強いて言うのであれば聞いてみたいわね」
「聞いてみたい?」
何を、そう疑問に思う男の言葉にクヨキシはニヒッと笑う
「そう、ねぇ知ってる? 組織には実働部隊と怪人化技術を研究する研究部隊、とその陰に潜む私のように情報を集める部隊がいるの」
ゆっくりと男へ向けて歩を進めながらクヨキシは言葉を続ける
「その中でね、気になる情報を手に入れたの、幾人か出自のわからない者がいる。それも3人も・・・」
その言葉に男は何かを察したのだろう
目つきが鋭くなっていく
「1人はマインとかいう森人、もう1人はアサマトウヤ、最後の1人はあなた」
「貴様・・・」
聞きたい、それはアサマトウヤに対しではない
今目の前にいる男に対してだった
「ねぇ、あなた普通の白人よね? なら何でこうもあなたの出自はわからないの?」
マインは森人という特性上、不老長寿であり出自の記録が紛失していてもおかしくはない
その点で考えればアサマトウヤも怪しいが、この男は彼とは違う
彼の現存する記録は今なのだ
最近になりベガドの街に現れ組織の邪魔をして3大怪人、8大罪の1体を撃破するという記録を残した
だが、男は違う
過去の偉人の日記、国の記録に度々同じ名、同じ見た目で度々存在しているのが記録されているのだ
アサマトウヤの様に前で戦う事なく
ひっそりと裏に潜む様に、目立たず、常に裏方に徹し、だが歴史の表に幾度となく姿を現す
それはアサマトウヤと同じくらい、クヨキシの興味を惹いた
故に口を歪め探究への愉悦を含んだ声音でクヨキシはその男の名を呼ぶ
「ゼトア、あなた何者なの?」
冒険者ギルド人事担当兼特別事案対策冒険者窓口の責任者、ゼトアは忌々しげに闇からその姿を露わにしながらクヨキシを睨み付けていた
まるで地獄の底から這い出て来た亡者の様な正気の無い蕩けた悍ましき瞳を眼鏡の奥に浮かべながら
その瞳を前にクヨキシはブルリと身体を震わし恍惚の笑みを浮かべる
今すぐにでも話を聞きたい、その全てを明らかにしたい、好奇心から心が躍り全身が熱を帯び、身を乗り出し子供の様に瞳を輝かせながらクヨキシは口を開く
「ねぇ、あなた・・・!!」
「黙れ」
『黙れ』
だが、それは人が触れてはいけぬ禁忌だった
身体中を包んでいた熱は、声を聞いた瞬間急速に冷めていく、身体の芯から湧き出る皮膚の下に感じる冷たい感覚
何か底知れぬ何かに見られている
その視線に脳が、魂が恐怖し思考が真っ白に染め上げられていく
「あ・・・あな・・・あっ・・・」
言葉が続かない、他人事の様に感じる恐怖から意識がまるで身体から離れ宙に浮いている様な浮遊感を感じ言葉をうまく発せない
「貴様が知って良い事ではない」
『去れ』
ブワリと遅れてやって来た実感により、クヨキシは窓を破り急ぎその場を離れた
後に残されたゼトアはそんな彼女の後ろ姿を眺めながら今一度闇へと消えていく
バレた
またダメだ、もうダメだ
この世界はもうダメだ
偽りの邪神でも無ければ、眷属でもない
マインの存在もバレてる
もうダメだ、お終いだ