孵卵 5
登場人物
浅間灯夜:本作の主人公
ラーザ&シス:トウヤの先輩冒険者で、隣町で行われた大陸間会談を狙ったテロに巻き込まれ行方不明となるが、何故かトウヤの夢に現れた
別れとは無情だ
時に最後に言葉を交わすことすらも出来ず、人はいなくなる
「そういえばラーザさん、前エオーネさん達にどやされてましたよね?」
「あれはお前が壊した机の後始末しようとしたからだよ!」
「でも、あの時ラーザ・・・俺に任せとけ、こんなのすぐ直してやる。とか馬鹿みたいに自信満々に言ってたじゃない」
「いや・・・あれはだな・・・」
だからだろう
トウヤはおそらく夢の中だろう真っ白な空間で再開した2人に向けて全力で言葉を交わそうとする
たわいもない、本当にたわいもない時間
あの頃と何も変わらないただの雑談、これからの事を何か相談するでもなく、ここは何処なのかを問うわけでも無い
今はただ、彼らとの再会を喜びこの時間に浸りたい
それだけがトウヤの中にある願いだった
「今度また一緒に飲みに行こうぅて、言えたらよかったんだけどなぁ」
「まぁ私達死んでるからねぇ」
「・・・すみません」
死んでいる。という彼らの発言にトウヤは思わず気まずくなってしまい謝罪の言葉を口にするが、ラーザ達はそんな彼の様子に慌てる
「いや、何謝ってんだよ、俺がやりたい事やって死んだだけなんだから気にすんなよ」
「そうよ、私だってあのままで生きていくなんてまっぴらごめんだったしね。人を襲いたくなんかないし」
「嬉々として襲ってきてたけどな」
「あ、あれは・・・その、仕方がないでしょ!」
茶化す様に発された言葉にシスは口籠る
いつもと変わらない、2人の姿はトウヤの胸の内に温かな感情を宿らせた
「あぁまぁとりあえずだ、お前は気にし過ぎなんだよ、さっきも言った通り俺たちが死んだのは俺たちの意思だ」
「そうよ、トウヤが来たところで状況は変わらなかったわよ」
「うっ・・・それは・・・」
確かにその通りではあるが、往々にして正論とは鋭利な刃物以上に人を傷つけるものであり、今回の些か鋭すぎる刃を前にトウヤは項垂れ落ち込むが、ラーザ達は止める事なくさらに言葉を続けた
「それにな、お前は気にし過ぎなんだよ、俺たちの死を、人の死を」
「その優しさがトウヤの良いところでもあるけど、欠点でもある」
「そうだな、だからこそ俺達は会いに来たんだ」
会いに来た
それは一体どういう事なのだろうか、項垂れながらそう思い顔を上げようとした瞬間、肩に手が触れるのを感じる
現世の肉体は既に無いというのに心地よく温かな感覚
「私達みたいな過去の人にばかり目を向けてないで、まだ生きてる人達の事を助けてあげて?」
何処か粗暴ではあったが、いつも姉の様に接してくれたシスの声が隣から聞こえて来る
「俺達のせいでお前が壊れる姿なんて・・・見たくないからな、気にするな・・・なんて言わないけど、前を向いて歩け、ヒーローなんだから復讐に囚われるなよ」
余裕を見せながらも何処か頼りなかったが、それでも兄の様に全力で向き合ってくれたラーザの声が前から聞こえてきた
そんな2人を前に、トウヤの口から弱音が漏れ出そうになる
「でも・・・俺・・・」
だが、そんな彼の頭に温かな感触が触れる
硬く大きな手のひらはその感触に似合わなぬ優しい動きでトウヤの頭を静かに撫でると、小さく笑いながらラーザは口を開く
「馬鹿野郎、さっそく言いやがって、良いか? あの街でお前が助けた人たち、誰か1人でも犠牲になったか?」
「いいえ・・・みんな、助かりました」
「なら、そういう事だよ、護られたそいつらにとっても俺たちにとってもお前はみんなの命を守るヒーローなんだよ、それ以上に何を求めるもんがある?」
1人から2人、2人から数十人、数十人から数百人
手のひらからこぼれ落ちる命もあった
それでもトウヤ達のヒーローとしての戦いは多くの命を救って来た
胸の内に抱いていた感情が瞳から溢れこぼれ落ちていく
全ての感情を、未練も怒りも、全てひっくるめて洗い流す
「今度は助けられる様にって考えて動いて来たのに、俺・・・いつも・・・」
「でも、助けられる人達は増えてる。だから、私達の事が悔しいならもっと沢山の人を助けてあげて?」
「はい・・・」
手が離れていく感覚がする
その感覚に名残惜しさを覚えながらも、トウヤはソッと立ち上がり前を向く
そこにあるのはいつも通りの朗らかな笑みを浮かべた2人の姿だった
「頑張れよ、あっちで応援してるぜトウヤ」
「私達の分まで頑張れ」
死とは生の終わりであって別れではない
こちらから観測出来ないだけで一方的にあっち側から現世を見ることは出来るのだろう
だからこそ、きっとお節介焼きな先輩達は態々会いに来てくれたのだと思う
仮にこれが自分の作った都合の良い夢だったとしても、別に構わないとトウヤは思う
2人ならきっとこう言うだろう、その確かな信頼がトウヤの心を強く燃え上がらせた
「ありがとうございます」
先程とは異なり自信を取り戻した表情を浮かべるトウヤにラーザ達は満足げに頷く
「よし、ならお前を待ってる人がいるはずだから、さっさと行ってこい!!」
「はい!!」
その言葉と共にトウヤは駆け出す
心地良い穏やかな夢に浸るよりも、辛く悲しい現実で人々を救う為に
重たい瞼をゆっくりと開けると、そこに広がるのは見覚えのある天井
トウヤが住まいとしている家の天井だった
ゆっくりと身体を起こすと喉の渇きと未だ寝ぼけ回らぬ頭から意識がぼんやりとする
「ここは・・・」
「お前の家だよ、坊主」
「おっちゃん・・・何でここに」
そう声を掛けてきたのは篝野だった
彼は外を眺めていたのか窓から振り返る
「おっさんじゃねぇよ」
「俺、どれくらい寝てたんだ?」
「無視すんなよ、1日だよ・・・だけど、良いタイミングで起きたな」
「タイミング・・・何かあったのか?」
良いタイミングとはどう言う事だろうか、起きたばかりで状況が把握出来てないトウヤがそう尋ねると、篝野は窓の外を示す様に顔を動かす
「また8大罪が来てんだよ、今フィリアとセドが応戦している」
その言葉を聞いた瞬間、起きたばかりで空腹と気怠い身体を動かしベッドの上から飛び跳ね立ち上がり部屋を出ようとする
「どこに行くつもりだ?」
「フィリアさん達のとこに決まってるだろ!」
「・・・ラーザ達の仇討ちのためか?」
睨みつけながら発された言葉に、ドアノブの前で手が止まる
確かに今現場にいる8大罪がどいつかはわからないがラーザの仇だ
しかし、そうではない
ゆっくりと振り返ったトウヤは、普段のおちゃらけた雰囲気とは一変して鋭い眼光を向ける篝野とそう対すると怯む事なくはっきりと言った
「違う」
例え先ほどの光景が夢であろうとも関係無い
何度も何度も後悔し悲しみ、未練を抱えながら進み続け彼らと改めて誓ったのだ
「みんなを護る為だ」
そんな強い意志を孕んだ眼差しを向けると、篝野は小さく笑い懐から何かを取り出す
暫しそれに慈しむ様な視線を向けた後にトウヤに向けて放り投げた
「忘れもんだ、持ってけ」
投げ渡されたそれを手に取ると、それは赤い鳥の様な道具だった
「お前の新しい力だ、俺と博士のお手製の品だから大事に扱えよ?」
新しい力
その言葉にギュッと道具を握り締めながらトウヤは強く頷く
「わかった。大事に使うよ」
そして、トウヤは駆け出していく
消えていったトウヤの背中を見送りながらラーザはため息を吐いた
「ようやく行ったか」
「まったくあの子は、世話が焼けるね」
「だな・・・なぁお挨拶しなくてよかったのか?」
後ろへと視線を投げ掛けながらそう問い掛けるが、少女は首を横に振るう
「私は良い、別れはとうの昔に済んだし、それだけの力が残ってないから」
「・・・そっか、まぁとりあえずありがとうな、助かったよ」
「おかげでトウヤに私たちの思いを話せた。ありがとうね」
「構わない、私も・・・トウヤに助けられたから」
少女の言葉にラーザもシスも笑みを浮かべる
トウヤの行動は決して無駄ではなかったのだと、巡り巡って彼を救う結果になっているのだと、そう思うとまるで自分の様に嬉しく思えてきた
「もう良い?」
「あぁすまねぇ、もう良いぜ」
「本当にありがとうね」
彼らの言葉に少女は頷くとソッと腕を振るう
その瞬間、彼らの身体は光の粒へと変化していきまるで泡沫の様に消えていく
最後に1人残された少女は彼らがした様にトウヤがいた方向へと顔を向けた
「・・・トウヤ、お母さんを助けてくれて、ありがとう」
その言葉を最後に少女もまた小さく微笑みながら光の粒となり消えていった