孵卵 3
カンカンと甲高いトンカチを打ち鳴らす音が街に響く
そんな中を1人の男が不機嫌そうな態度を隠す事なく歩いていた
「クソッ・・・どいつもこいつもたった1回凌いだからって調子こいてやがる」
笑い合う声は自身への嘲笑に聞こえ、囁き合う声は自身への侮辱に聞こえる
人々が口々に何かを喋り雑音と言っても良い音が耳に入る度に不快感を極限まで引き上げさせ、腹の中に宿る感情が高まっていく
どいつもこいつも腹立たしい
身体から隠すこと無く溢れさせたつもりの怒気、しかし、人々はそんな事を気にすることなく尚も話し合い続けるのを見ると、余計に男の神経を逆撫でさせた
「おい聞いたか! フィリアちゃんが広場に来て水撒いて一気に綺麗にしてくれたらしいぞ!」
「ほんとか!? あそこは特に・・・酷かったからなぁ、助かったよ・・・」
「全くだよ、なんでこんな酷い事出来る・・・おっと・・・」
一際耳障りな声を上げてきた男達、機嫌の悪かった男はそんな彼らをギロリと睨むと、男達は視線に気が付いたのか目を一瞬向けた後にそそくさと逃げる様に通り過ぎて行く
ーー俺の世界でピーチクパーチク、ふざけんなクソ野郎
彼らを視線で追いながらも自分の背後に回ったのを最後に、フンと鼻を鳴らすと前を向き歩みを再開する
「何であんな奴らに・・・納得いかねぇ」
思い出すのはつい昨日の光景
自分達よりも力の劣る雑魚を始末しようとした時、邪魔が入りみすみす取り逃してしまった
あの男さえいなければ邪魔な2人をまとめて始末できたのに
そう考えれば考える程、男の心に宿る怒りの感情がグツグツと煮えたぎり膨れ上がっていく
俺はあいつらに負けていない、あの男に負けたんだ
そう考える度により一層憎しみが込み上がってくる
「・・・広場」
そこで先程の男達の会話がふと頭に過ぎる
ーー『フィリアちゃんが広場に来て水撒いて一気に綺麗にしてくれたらしいぞ』
フィリア、その名前には覚えあると思い記憶を探り思い出そうとするが一向に思い出せない
「くそ、俺はそれ用の怪人じゃ無いのに何でこうも頭を使わなきゃいけないんだよ」
思い出そうとすればする程苛立ちは高まっていき最終的には思い出す事を諦めたが、諦めたという事実が更に彼を苛立たせる
そんな時通信が入った
こんな時に誰だと思うが通信を送って来た当人にとってはそんな気持ちなど察せるわけもなく甲高い声を彼の脳に響かせる
『ちょっとアガー!! あなた何処にいるのよ!!!』
「うるせっ・・・何処だって良いだろう」
『良いわけないじゃ無い! 今スポンサーが来てるのよ!? ただでさえ昨日の件があるのに・・・』
ーースポンサー・・・あぁ、組織の援助をしている魔国のやつか
流石のアガーでも、組織の運営に関わる存在についてはすぐに思い出せた
幾らスポンサーとは言え、今この瞬間も大陸同盟軍と戦争をしている筈なのに、わざわざ様子を見にこちらまで来るとは殊勝な態度のやつがいたものだと思う
しかし、それと自分がその場にいるべきかどうかは別問題である
「そうなのか? まぁ俺がいなくても良いだろう」
別に自分がいなくともウココツがいれば十分である
そう考えあっけらかんと言い放つ
しかし、アガーには理解出来ないがどうもそれが彼女の逆鱗に触れたらしい、息を呑む様な声が聞こえると次いで怒号が響く
『なぁっ・・・!? あなたね、一応8大罪なんだから・・・もっと立場に対する責任感を・・・!』
言葉を選び怒りの感情を何とか押し殺そうとしながらも発せられた言葉の数々
だが、残念な事にその言葉が彼に届く事はない
「はいはい、わかったわかった」
『わかったって・・・あなたねぇ!』
正しく馬の耳に念仏と言うべき様子に、ついにウココツの感情は有頂天に達する
通信越しに立て続けに8大罪としての役割についてを語り続けるが、それでもアガーの耳に残り続ける事はなく通り抜けていってしまう
ーー早くおわんねぇかな
ついには空を眺めだし、ただ時が過ぎ彼女の怒りが収まるのを待つだけの状態となった時、彼は小さく「あっ・・・」と呟く
「思い出した・・・」
それは先程の男達が話していたフィリアという名前についてである
スポンサーから殺すなと直接仰せつかったヒーローの女
昨日、結晶の魔人と化したフレアレッドとの戦いに割って入って来てそのまま殺されかけたあの女の事だ
そこまで思い出すと自然と口元が緩む
ーー良い事を思い付いた
怒りの感情も苛つきも全てが鳴りを顰め、代わりに胸が激しく高鳴る高揚感が彼を包み込む
そうなれば周囲の雑音も頭に響く耳障りな女の声への不愉快さは微塵も感じられなかった
『アガー、聞いてるの? アガー!!』
「すまねぇな、ちょっと良いこと思い付いてよ」
『アガー・・・? あんた何するっ』
ウココツの言葉を最後まで聞く事なく通信を切る
今の彼には彼女の言葉などどうでも良い、とにかく早く自身の頭に思い描いた事を実行したい
その欲望が彼の歩を進ませる
目指すは怪人大進行の始まった場所
西区中央広場
「アガー? アガー・・・もう! 通信切って何するつもりよ!!」
突然通信が切られた事でウココツは憤慨する
彼が何をするつもりかはわからない
しかし、どうせ碌でもないことに違いないのは確かだ
今すぐ止めに行くべきか
唐突に舞い込んできた事案に頭を抱える
「どうしたんだい?」
「あ、いえ・・・これは、その・・・」
そうやっていると背後から掛けられた声にウココツはすぐに振り向く
「アガーがどうやら何か所要で席を外すようで・・・」
「アガー・・・あぁ彼か、彼なら良いよ、それに他の8大罪・・・と言っても良いのかわからないけど、彼らも各々活動していてこれないんだし」
「ありがとうございます」
優しい声音で語りかけてくるが、それとは対照的にウココツは顔を強張らせ恐怖の色を濃く浮かべながら頭を下げた
「ところで・・・彼女の件はどうなってる?」
「監視は付けておりますが、未だその報告は入ってません」
「そうか・・・もし覚醒したら教えてくれ、唐突に起こるから変化はわかりやすいと思う」
男が椅子に深く腰掛け直すとギシリと音を鳴らす、その音がウココツの肩をビクリと跳ねさせた
「わかりました。それではその際はご連絡させていただきます・・・王子」
その男、現魔王の息子にして時期魔王である銀髪の男は彼女の言葉に満足げに頷くのであった
うーん、最近お腹痛い・・・
夏バテっすかねぇ