孵卵 2
茜が落ち着いたのはそれから暫くしてからだった
雫の身体から離れると指で目を拭い残った涙をこそぎ落とす
「吐き出せた?」
「・・・うん、ありがと雫」
「良いのよ、なんか無理してる様に見えたし」
彼女の言葉にえへへと笑う茜につられて雫も微笑む
やはり彼女の愛らしい顔には笑顔が似合う、などと惚気混じりの考えが過った。そんな時だった
茜越しに道を歩いて行く見知った顔を見つけたのは
珍しく肩を下げ気落ちした様子を見せる彼女に雫は不安げな表情を浮かべ、何事かと思った茜も後ろを振り返り気がつく
「あれ、フィリア? どうしたんだろ」
「さぁ・・・とりあえず行ってましょう」
そう言うと雫は彼女の元へと歩き出し、茜も後を続いた
どうしてこうなってしまったのか
どうしたら良いのか
フィリアは思い悩んでいた
今の自分に出来ることは何なのかとグルグルと思考の渦に沈み考える
「どうしたら」
「フィリア」
そう考えながらポツリと呟いた時、声が掛けられた
誰かと思い顔を向けてみれば雫と茜の姿が見える
心配そうな表情を浮かべやって来た彼女達にフィリアは口を紡ぎ、何事もない様に「どうしたの?」と問い掛けたが、先程の様子を見ていた雫達にそんな誤魔化しは通じない
「どうしたのじゃないよ、なんか元気が無いけど・・・話聞くよ?」
彼女がここまで悩んでいる理由を知らない訳ではない、だからこそ、どうしたのではなく話を聞くと彼女に伝える
一瞬の言うべきかと迷い顔を背けるフィリアではあったが、次の瞬間には2人に顔を向けるとポツリポツリと言葉を紡ぎだす
彼女がここまで悩んでいる理由はトウヤの事についてだった
病院は怪我人で埋まっており、見たところ外傷の無いトウヤは自宅療養という形になったのだ
そんな彼を彼女は昨日の怪人大進行からずっと付きっきりで看病していた
しかし、彼の目が覚める事は無い
「トウヤ・・・」
ベッドの上で静かに眠る彼を見つめながら今の自分に出来る事は何か、どうすればトウヤは目が覚めるのか
必死に考えるが、答えは出ない
そうしていると部屋の扉が開かれた
「フィリア・・・あんたそろそろ休んだ方が良いよ?」
寝室に入って来たのはダーカー博士の様だ
彼女もまたトウヤの様子を心配して来ていたのだが、今はフィリアのほうが心配だった
戦闘明けからほぼ不眠不休でトウヤの手を握り傍で椅子に座り続ける彼女に少しは休んだ方が良いのではと告げるが、彼女は首を横に振ると「いい」とだけ言って拒否する
その様子にどうしたものかと頭を掻く
「フィリア・・・あのね」
何かを言い出そうとした時だった
徐に玄関が開く音がする。ダーカー博士が顔を出して覗き見れば、「おや」と声を出した
「何だい、どうしたんだい?」
親しみの籠った声を掛けるとドカドカという足音共に男の声が聞こえる
「いやなに、嬢ちゃんの事だから寝ずの番で坊主の様子を見てるんじゃないかと思ってな、ほれ差し入れ」
「おぉ気がきくじゃないか、ありがとよ」
甘い香りと共に紙袋を手渡す
どうやら中には菓子が入っているらしい紙袋を渡されたダーカー博士は顔を綻ばせ喜んでいる
そんな彼女の傍を通り抜け男が部屋の中へと入ってくると、いつも通りの無精髭に何処となく雰囲気の掴みづらい男は、フィリアの顔を見るとニヒルに笑う
「よう、坊主の様子はどうだ?」
「カガリノ」
現れたのは篝野だった
部屋の中に入った彼は辺りを見渡すと適当な椅子を引き摺り寄せるとフィリアの隣へと座る
「昨日から寝てないんだろ、交代するよ」
「大丈夫」
「大丈夫とは言ってもなぁ・・・こいつの身体とか拭くの大変だろ、そういう重労働は俺に任せとけよ」
確かに身体を拭いたり、寝ずの番をするのは幾らフィリアと言えど大変であり、正直な話をすれば彼の提案は彼女にとっても有り難かった
しかし、そんな提案を受け入れる事なく尚も首を横に振るい断る
それを疑問に思ったのだろう、篝野は眉間に皺を寄せながら怪訝な顔をする
「何故だ? 何故そこまでこいつの面倒を見るのに固執する?」
彼の疑問はもっともだ
別にそういう関係という訳でもないのに、ここまで世話を焼こうとするのはおかしな事だろう
「わからない・・・でも、私にはこれくらいしか出来ない、そうしなきゃって・・・思う気持ちがある」
やるべきかそうでないかの正当性ではない、彼女はそうしたいからここに居る
自身の気持ちを言語化し伝えてみれば2人の反応はそれぞれ異なった
ダーカー博士は興味深そうに「ほほう」とニヤけながら呟き顎に手をやり、篝野は困った様な表情を浮かべ頭を掻く
「あぁ・・・まぁなんだ、言いたい事は幾らかあるが・・・そうだな、その気持ちの正体、嬢ちゃんにはわかるか?」
「わからない・・・でも、あの時何も出来なかった。これくらいしか出来ないから・・・大切な後輩だし」
そう、これは贖罪なのだ
あの時あの場にいながらトウヤを止める事ができなかった事への贖罪
彼女は自身の感情の正体をそう結論付けていた
「なるほどな・・・なら、その感情の正体を知るためにも一度外に散歩でも行って頭を冷ましてくるべきだな」
「正体・・・だから、贖罪」
「あのな、人間贖罪の為ってだけで特に特別な関係を持っていない奴に対してここまで出来るもんじゃないんだよ、それにな、当人が何も言ってないのに勝手に贖罪だ何だと言われる事ほど迷惑な事はないぞ?」
何でそんな事を、と一瞬感情的になりそうになるが確かに彼の言い分には一理ある
当人の意思を確認する事なく勝手に反省されて勝手に自罰的になられて気持ちの良い人などいないだろう
そう考えると不満はあれどしぶしぶ彼の言い分を受け入れる
「うん・・・」
一言だけ返事をすると彼女の心境を理解してか、「ありがとよ」と呟くと彼はフィリアの頭をソッと撫でた
他人に撫でられたのに不思議と不快感はない
ただ彼の手のひらに身を任せ目を細める
「よし、なら行ってこい」
「・・・うん」
離された手を名残惜しそうにしながらも、彼の言葉に従いフィリアは立ち上がると部屋を後にする
そうして今に至る
贖罪のために看病するのを辞めたは良いものの、結局はそれでも何かをしたいと思う気持ちはあるのでまた思い悩んでいた。というのが彼女の悩みの真相である
そこまで聞いた2人は呆気に取られお互いの顔を見合わせると顔を綻ばせた
「ねぇ、確認なんだけど、フィリアはトウヤの為に何かしたいのよね?」
「でも、何をすれば良いのかわからないから迷ってる。そうでしょ?」
示し合わせた様な質問に若干の困惑はあれどこくりと首を縦に振る
「だったら、トウヤが目が覚めた時に何が必要か、何をしてたら喜ぶか、それが1番じゃない?」
その言葉にハッとした様な顔を浮かべる
今の今まで今のトウヤに看病をする以外で何かしてやれる事はないか、そればかりを考えていた
だが、違う
今の彼に必要な事はわからなくとも、今後彼が目覚めた後に喜ぶ事をしてやれば良いのだと
「そっか・・・」
ネガティヴな感情に浸り過ぎたがあまりにこんな事までわからなくなっていた自分を恥じるが、そうと分かれば話が早いとフィリアは雫達に詰め寄る
「今、空いてる作業は何?」
「え? いやまぁ西区広場の清掃作業がまだまだ残ってるけど・・・あのね、そういうんじゃなくて・・・」
「ありがとう、行ってくる」
自分達の思った結果と違うことに雫達は戸惑うが、そんな彼女達の様子など構う事なくフィリアは飛び上がると足裏に結界魔法を展開して空を駆けていく
「いやぁ・・・今日ヒーロー組はもしもの時に備えてお休みの筈なんだけど・・・」
「・・・まぁ、悩んでいるより良いんじゃない・・・?」
元気に駆けていく彼女の後ろ姿を見つめながら、何はともあれ気持ちを持ち直したことに喜びそう言うのであった
フィリアがトウヤの家を出て行った後、その後ろ姿を見送ったダーカー博士は感心した様な視線を篝野へと向けた
「何だい、あんたの言葉は素直に聞くじゃないか」
「まぁこれも年の功ってやつだな」
ニヒルに笑う男の姿に褒めたらコレだと今度は呆れた様な表情でため息を吐く
しかし、フィリアが納得して出て行ったのを見るに確かにまぁそうなのかも知れないと思い直す
「そんなもんかね」
そう呟くが彼は何も答える事なく背を向ける
ーーしかしまぁ・・・この男、一体何者だ?
彼の背を眺めながらダーカー博士は再度湧き上がる疑問が頭を過る
自分と同等の技術を持つ男として記憶していたが、分身して街中の怪人を撃破し8大罪すら撃退できる。ともすれば倒せる程の力を持つ
そんな男が今の今まで何故無名のままでいられたのか、何故急に現れたのか
疑問が尽きる事はない
「あんた一体何者なんだい?」
だからこそ、湧き出た疑問は無意識のうちに言葉になり彼へと投げ掛ける
「さぁな、俺はただの通りすがって巻き込まれただけだよ」
そんな問いかけにも相変わらず答えない
この男の持つ力も、技術の出自はあいも謎のままである
だが、今はそれでも良い
「なぁ、ちょいと頼み事を聞いてもらえないかい?」
ダーカー博士はこの男にとある提案を持ちかけた
その言葉を聞き篝野は驚く
「何で俺に?」
逆に帰ってきた問いに何を今更と彼女は笑う
「そんなの決まってるだろう、アタシだけじゃ無理だからだよ」
如何に天才であろうとも1人では限界がある
だからこそ願い出た言葉
「この子はね、トウヤに合わせて更なる進化をしようとしているんだ・・・でもね、私だけじゃそれを叶えられない」
「だからって、俺じゃなくても良いだろ?」
尚も渋い顔を浮かべる篝野だが、それとは対照的にダーカー博士は自信のある表情で言葉を返した
「いいや、あんたじゃなきゃダメなんだよーー
ーーこいつの新しい力を作るには」
『学習型術式からのフィードバック、完了』
『自動製造機より報告、製作状況81%達成、製作継続困難』
『強化発展型追加装備名称:フェニックス』
ひょっとしてここで映画や漫画とかの感想書いたらあかんのかな・・・
めっちゃ面白いドラマあったけど、書くの辞めとこ・・・