第31話 孵卵
彼は夢を見ていた
いつかの想い出
住んでいたタイでの記憶
母に手を引かれながら、ロティサイマイを頬張っている
デパートの中に入ると店のスタッフが困った顔をしながらモップで水を掃いていた
きっとさっき降ったスコールのせいだろう、店の中は水浸しだったのをよく覚えている
「Mommy」
視界の端で揺れる金色の髪と共に赤毛の母へと顔を向けると、青い目を細めながらソッと微笑みかけて来る
「무슨 일이야」
どうしたの、そう優しく問いかけて来た母の顔は今も鮮明に思い出せた
「・・・い」
しかし、何故だろう
何かが違う気がする
「おき・・お・・・」
白く霧がかってきた視界の中で母の顔が遠のいて行く
何故かその顔は寂しげに見えた気がするのは、きっと気の所為ではないのだろうか
「Mater・・・」
呟きながら遠のいて行く母に腕を伸ばそうとすると、手のひらに何やらヤケに硬い感触が伝わって来る
一体これは何なのだろうと思い指を動かしてみると、何やら隣から愉快な笑い声が聞こえてきた
「めちゃくちゃ掴まれてる。めちゃくちゃ顔掴まれてるじゃない!」
「うるせぇ! おい、お前も良い加減起きろトウヤ!!」
「あいたぁ!!?」
頭を突き抜ける痛みに悲鳴を上げる
チカチカと瞬く星と共に地面へと倒れ込んだトウヤは思わず頭を擦りながらも今の状況に困惑した
「えっ、えっ? なになに!? 何が起こったんだ・・・えっ!?」
混乱して辺りを見渡すが2つの人影と白い空間が広がるばかりで状況が上手く飲み込めずにいる
何故自分はここにいるのか、何が起こったのかと寝ぼけた頭をフル回転させようとした
「いや目の前、ちゃんと前見ろよ・・・」
そうしていると呆れ返った様な声が前から聞こえてきた
未だにぼんやりとした視界で必死に目を凝らすと徐々にピントが合ってくる
最初は幾十にも重なって見えた視界が4重、2重と束なって行くごとに驚きは増していき目を見開く
やがて視界がハッキリと見える様になった頃、トウヤは目から一粒の涙をこぼす
「ラーザ・・・さん・・・?」
「おう、久しぶりだなトウヤ」
「私もいるよ、トウヤ」
あの時、隣街で死んだ筈のラーザとシスが彼の目の前で朗らかに笑っていた
怪人の大進行から翌日
街は何度目かの復興工事が行われていた
街中で響く工事音、甲高い金槌を叩く音が幾重にも広がっているが、街の雰囲気は今までのそれとは違う
全体的に重苦しく、活気のない様相を見せていた
「みんな・・・なんか暗いね」
その様子を眺めていた茜もまた、木片をかき集めながら気落ちした様子を浮かべている
「まぁ・・・初めての事じゃないからね、何度目かわからない復興作業、元気じゃいられないわよね」
魔力糸で縛った木材を手にぶら下げて雫もまた哀しげに呟く
何度目かわからない襲撃
それも今回も戦争とはある程度距離を置いた街で戦争とは関係の無いテロ行為による被害は街だけではなく人々の心にも強く傷を付けた
何度街を治してもその度に壊される
自分達のやっていることは無駄でないのか
鬱屈とした感情が彼らの中に渦巻き始めていたのだ
気が滅入りそうな雰囲気の中、かき集めた木片を抱えながら立ち上がった茜は空を眺め出す
あの頃と何も変わらない、青い、青い空
オータム、エオーネ、セド、フィリア、トウヤ
そして・・・、ラーザとシス
街の賑わいの中で皆と見たあの時と何一つ変わらない空を見て、茜は寂しそうに呟く
「何で・・・こうなっちゃったんだろうね」
居なくなった者を思い、未だ目覚めることの無い者のことを思い
もう二度と見ることのできない過去を思い、彼女はノスタルジックな気持ちに浸る
そんな彼女を見て雫は木材を地面に置くと、ゆっくりと彼女に歩み寄ると身体を引き寄せた
「わぷっ!? ・・・雫?」
何事かと思い胸元から彼女の顔を見上げるが、目を合わすことなく顔を逸らしている
茜の気持ちを悟っての行動だろうか、彼女は何も語らない
だから、茜もまた黙って胸を借りる
暖かな温もりの中で、自身の内から込み上げ溢れる熱い感情の波に今はただ身を任せまるで赤子の様に、身体を蝕む仄暗い感情を雫の胸の中でぶちまける
「・・・全部、全部出しちゃいな、死んだみんなや過去を懐かしむのも縋るのも良いけど、それだといつまでも仄暗い感情のままになっちゃう」
雫は優しげな表情を浮かべると、自身の胸に顔を埋め泣き続ける彼女の頭にソッと触ると撫でる
「すぐに出来なくても良いから、前を向こう? ・・・前を、明日を、それがきっとラーザ達の為になると思うから」
「うん・・・うん・・・!」
悲しみは見続けていても消える事はない
だからこそ、彼女達は悲しみを背負い前を向く事を選択したのだ
今はいいんだよって曲結構良いですね
TikTokで流行ってるみたいですけど
なんかこう喉から胸元にかけてスゥーと滑り落ちて行く様な感じの悲しい気持ち、感動映画を観た後みたいな気持ちになれて、俺結構好きです