飛んで西国 11 終
これで26話終わりです
長かったぁ
もっと投稿ペースはよせな・・・
弥栄!
朽ち果てた城の廊下を歩きながら、クレアは1人物思いに浸る
思い起こされるのは師であるラントとの思い出、潤む瞳を時折拭い鼻を啜りながらこれからの事を考えだした
ーーこんな私じゃ・・・
だが、考えても考えても明るい未来を想像出来ず、重く沈んだ心に引っ張られるように思考も暗くなって行く
冒険者を引退しようかという思考が僅かに頭に過った時だった
ふと目を向けた先にあった部屋の扉に目を奪われ息を呑む
『ラント・スロー』
「師匠の・・・名前・・・」
師の使っていた嘗ての私室
それを見た瞬間、クレアは酷く緩慢な動きで手を伸ばす
少しでも師匠を感じたい、その感情からまるで蜜に誘われる蜂のように部屋の扉を開けた
部屋の中は廊下よりも暗く、しかし、星の明かりに照らされ見えないことはないといった暗さであった
部屋を燃やさないようにと、火魔法で照らすのではなく放置されていた蝋燭に火を灯す
「ここが師匠の部屋」
蝋燭の灯りを頼りに部屋を見てみれば、退去する時に大抵のものは持ち去ったのだろう
埃の積もった空の本棚に簡素なベッドが狭い部屋の中で役目を終えて眠りについている
奥へと入っていくとクローゼットや机が目に入るが、そこでとある物が目についた
「本・・・?」
机の上に置かれた題名も何も無い一冊の本
近付いてみれば高位の保存魔法が掛けられているのだろう、色落ちもなく状態が良い
表紙に被った埃を落とせばすぐ読めそうだった
「もしかして・・・」
淡い期待が心を過ぎる
これ程高位の旧式魔法を使えるのであれば、ひょっとしてラントが残してくれた物ではないのか
もしかしたら自分に対する何かが書いてあるかもと、僅かに胸を高鳴らせながら表紙を捲る
だが、そこに書かれていたのは彼女の予想した結果とは異なっていた
「いつの日かのラントへ、宮廷・・・魔術師ラント・スロー・・・」
置かれていた本は未来の自分に当てた手紙だった
残念がる思いを胸に抱きながら本のページを捲っていく、小さい頃の思い出や在りし日のパラドの様子、何が起こってこれから自分が何をするのかが書かれている
しかし、幾らか読み進めて疑問に思う
ーーなんでここに置いてるんだろ
ラントとクレアは根無し草の冒険者として各地を回っていた
基本私物は全て旅行カバンに詰めている筈だから想い出を綴った日記であれば持ち歩いていてもおかしくはない、なのに何故ここに置いているのか
ページを捲りながら訝しんだ表情を浮かべるクレアだが、次のページへと捲った時、その答えが記されていた
『もしも、あなたが自分のこれからに迷うのならこの本を手に取っていることでしょう、この本には私の人生の全てを記しました。懐旧の念に囚われた者は得てして想い出の場所に行きたがるものです。だから、この言葉と共にあなたにとっての1番の想い出の場所にこの本を置きます。
ーーどうか初心を忘れないで、あなたが何故そうなろうと思ったのか、何を思ったのかを忘れないで ラント・スロー』
これは未来の自分に宛てた手紙
廃城となるパラドを出て、絶望してるかも知れない自分に宛てた手紙
だが、何の偶然か、それは巡り巡って彼女の弟子であるクレアの手に収まっていた
「初心・・・」
今にも消えそうなか細い声で呟きながら、クレアは何故自分が召喚術師になったのかを想い起こす
魔獣に襲われたところをラントに助けてもらい、憧れて弟子入りした数年前の自分の姿
「そうだ・・・私、師匠みたいに誰かを助けたくて・・・師匠・・・みたいに・・・」
込み上げてくる熱に唇を噛み締める
失った哀しみから忘れていた未来への願いが呼び起こされると共に、クレアは床へと座り込む
本を抱きしめラントの面影を感じながらクレアは最後にただ一言だけ呟いた
「ししょう・・・」
嘗ての栄光を刻んだ狭き部屋の中で、クレアは嗚咽しながら涙を流した
彼女が戻ってきたのはそれから数時間経った後だった
目を真っ赤に腫らして本を抱えながら戻ってきたクレアの姿にトウヤは慌てたが、「大丈夫、何ともない」とだけ伝えると足早にアークトゥルスの元へと向かう
「アークトゥルス王」
決意の籠った眼差しと言葉に、予想以上の決断の速さから驚くアークトゥルスだったが、彼女の抱える本を見て何かを悟り微笑む
「何だいクレア」
少しわざとらしいかと思ったアークトゥルスではあったが、クレアは表情を変えずに凛と言い放つ
「私を弟子にしてください」
「それで良いのかい?」
本当にそれで良いのかと、私はラントの仇だぞと確認する様に彼女の意思を確認するが、変わる事のない強い眼差しのまま頷く
「初心を忘れないで・・・、私が師匠の元で学ぼうと思ったのは師匠みたいに人を救いたいから・・・それにこんな私ですけど、師匠から学んだ術を、毎日を無駄にしたくないんです」
いつかの想いを胸に本を強く抱きしめながら、まるで遠くにいる誰かに告げる様に哀しげな笑みを浮かべ言葉を続ける
「また背中を押してもらっちゃいましたしね」
泣いて立ち止まるのも良い
だが、立ち止まってばかりでは過ごした日々は、学んだ術はいつか風化して消えてしまう
最初の志とラントとの想い出を胸に彼女は前へと進む決心をしたのだ
「初心を忘れないで・・・か」
大切な人を失い、それでも尚前を向き進もうとする姿にトウヤもまた想い起こす
何故自分がヒーローになったのかを、ラスから送られた言葉を考え直した
「トウヤさん」
「・・・頑張れよ、クレア」
「はい、私頑張ります。もっと学んでいつか師匠に胸を張れるくらいの召喚術師になってみせます!」
まだ悲しみを乗り越えられた訳じゃない
それでも立って前を進むことを決意した彼女を、トウヤは眩しそうに目を細めながら見る
「おう、俺ももっと強くなるよ」
戦いだけではなく、ラスの言ったヒーローとしての責務を果たせるくらい心も強く保とうと決意するのだ
パリピ孔明めちゃおもろないです?
あとアークトゥルスはアーサー王の語源から
ラント・スローはランスロットの語源=ドイツ語のラント+あまったスロー
クレアはクレンティ・ド・トロワ(複数あるっぽいアーサー王伝説を書いた作家の1人)のもじり
廃城パラドはアヴァロン=パラダイスをもじった感じです
ラントの使ったアルプラウネンはアルラウネの合成前のドイツ語から取ってます
あれから数日後、ベガドの街へと帰ってきたトウヤとフィリアはいつもの仲間たちからの歓迎を受けた後に家路に着いた
久方ぶりの家の扉を開けながらトウヤはあの時言われたアークトゥルスの言葉を思い出す
『君、変わった魔力をしているね』
『変わった・・・魔力?』
『そう・・・底知れない魔力、まるで・・・御伽話の勇者みたいだよ』
ソファに座り久方ぶりの家を味わいながらも、心がざわつくのを感じる
「御伽話・・・そういえば俺全く知らないな」
この世界に来たからというもの、彼は読むのは娯楽小説であり御伽話や歴史の本は驚くほど食指が動かなかったのだが、何かが心の何処かで引っかかる
「よし、図書館でも行くか!」
そう決意すると、すぐさま寝巻きに着替え寝室へと向かう