偶像 4
登場人物
浅間灯夜:本作の主人公
フィリア・リース:ベオテ村出身の少女でトウヤの先輩ヒーロー、探し物があって図書館に通い出した
セド・ヴァラド:大貴族ヴァラド家の元次期当主だったが、今はヒーローをやっている。トウヤの先輩ヒーローその2
トローネの成長速度と何故か家事全般をやり出した彼女の行動力に驚くと共に気負いすぎてないか心配になっている
暗闇と静寂に包まれた会場の中で、ベガドの街に住んでいる者、或いは遠方からわざわざここまで足を運んだ者、多くの人々がその時を今か今かと待ち侘びていた
時計の針が1秒、また1秒と進むごとに胸の高まりが激しくなっていくと、時間になり鳴り響いた音楽と暗闇を切り裂く光に会場の熱量は一気に最高潮となり暗闇の中から現れた2人の少女を出迎える
「始まったか・・・」
空けてもらった2階客席で警備を行うセドは、始まり出したライブを見ながらも客席へと視線を向けていた
組織がライブの妨害をするのであれば客を巻き添えにしての攻撃を行ってくるのが奴らの定石ではあるのだが、今回に限ってはその危険性は無いと言い切れてしまう
懐から今回の犯行予告の写しを取り出しながら、今回の事件で最も不可解な部分について考える
「スーラ一派が・・・何故彼女達を狙うんだ?」
トウヤとフィリアにはあぁは言ったが、今までこの様な事件を起こして来なかった彼らが、何故今になって民間人を対象にした事件を起こすのか
任務に集中する為に敢えて思考の端に追い遣ろうとするが、芽生えた疑念はこの任務中終ぞ消えることはなかった
それからもライブは順調に進行していき中盤に差し掛かった頃である
楽屋前通路を警備していたトウヤは、自身に向けて発された殺気に気がつくと後ろへと振り返った
「なんで奇襲しなかったんだ?」
「我らはスーラ様に忠誠を誓う身、ならばこそその様なやり方は好まぬ・・・、それに戦うのであれば正々堂々正面から出ないと無粋であろう?」
振り返った先に立っていたのは小さいながらも人にしては歪な程引き締まった肉体と肩幅と同じ大きさを持つ頭に2本角を生やした怪人
中世の騎士を彷彿とさせる顔に人間味のある唇を動かしながらもそう語る怪人に、一眼見ただけでトウヤは呆れるほどの高潔さを感じ取る
「なんでそんななのに・・・、なぁお前らなんでここを襲ったんだよ、あの2人が何をしたって言うんだよ!」
ここに怪人がいる目的はわかっている。だが、真意はわからないからか堪らず声を荒げ問い掛けるが、怪人は多くを語らなかった
「それを言って何になる? ヒーローと怪人が出会ったならば、やる事はひとつだろう?」
騎士甲冑の兜の様な外皮がゆっくりと開いていくと、中から絵に描いたタコの口の様な窄んだ器官が3つ顕になる
怪人とヒーローの間に言葉など不要
そう言わんばかりに戦闘体制に入った怪人に、既に変身しているトウヤもまたスーツの術式回路に魔力を充填し構えを取った
「我が名はシンカン、スーラ様が部下の末席に身を置く者也」
「浅間灯夜、ヒーローフレアレッドだ!」
名乗りを上げると共にトウヤは駆け出す
かくして戦いの幕は切って落とされた
向かってくるトウヤを迎撃する為に口を動かす怪人を見て、以前の様な不覚は取らないと考えるとトウヤは走りながら腕を振るい円盤状の道具を取り出し腰の突起に嵌めてブレスレットを擦り合わせる
「変身!」
『モードエボリューション!パ・パ・パ・パワード!!』
トウヤの身体を包み込んだ、それと同時に怪人の頭から3つの針が射出される
本来であれば相手が戦いの準備をしている最中攻撃を行うなど卑怯者の誹りを受ける蛮行と言っても良い彼らが最も嫌う攻撃
だが、彼には確信があったのだ
それを体現するかの様に光を纏ったトウヤはそのまま腕を振るい光がガラスの砕けた音を立て散ると共に針を受け止めた
「やはり効かぬか・・・」
予想通りの結果に顔を歪めながらもそう言うと、続けて機関銃の様に針を連射する
飛翔する豪雨の如き針の群れ、狭い楽屋前通路では避ける事も叶わない
だからとて必ず避ける必要も無し
小さく細いしなやかな針、以前のスーツであれば耐えられなかったであろう攻撃だが、パワードであればある程度は防げる
通路の壁を、天井を、ステージから流れる音楽に合わせる様に正しく義経の八艘飛びの如く飛び跳ねる
そんなトウヤを追い掛け、時に未来位置へと針を飛ばすが魔力矢により相殺され、仮に当たったとしても堅牢なパワードの防御力により防がれてしまいダメージを与えられない
「当たらないか!」
怪人が悲痛な叫びを漏らす
一方のトウヤはある程度まで近付いたのを確認すると、床に降り立つと踏み締めて一気に怪人の懐へと入り込む
「ぐぅ・・・!」
「セイヤァー!!」
術式回路により強化された身体から繰り出される強力な右ストレートを打ち込まれ、怪人の身体が宙に浮く
「ウガッ・・・あっがっ・・・」
廊下の端に積み重ねられた木箱を崩しながら身体を打ち付けると、苦しそうな声を上げると共に吐き出された酸素を求め大きく息を吸う
そんな怪人の様子を見て、トウヤはひとつ疑問が浮かぶ
「・・・なぁ、なんでお前なんだ?」
「どう、どう言う意味・・・だ・・・」
質問の意味はわかる。だが、それを自分の口から言いたくはない怪人は荒い呼吸の中で敢えて質問から逃げる様に分からないフリをする
しかし、そんな事をしても逃げられる筈がない
「今までの怪人はその時、相手に適した人材を寄越してきた。なのになんで・・・」
「ただの上級で、弱い俺が来たのか・・・だろう?」
ほんの僅かに悔しさが滲む口調で怪人が口を開くと、トウヤはその様子から思わず黙り込む
彼の様子が滑稽だったのか、それともその様な目で見られる自分に呆れてるのか怪人は笑い出す
「そうだな、俺の様な弱者が来たところでお前どころか他のヒーローですら倒せないだろうな」
格闘家としての自分を取り戻したセド・ヴァラドならば、風魔法で針の動きを操り一気に懐にまで入り込んでくるだろう
フィリア・リースであれば変幻自在の防御結界魔法による機動性とトンファーダガーを分離させて飛ばす事で自身を逆に縛り付け引き寄せて切り裂くだろう
どの道勝てぬ戦いであり、目的を果たす事すらできないだろう事は最初から分かり切っていた
「言っただろう、俺はスーラ様の部下の末席として席を置く身だと、知力でも力でも俺はダライチやゲキコウには遠く及ばない正しく末席にしか座れない男だ」
ポツリポツリと言葉を繋げながらも怪人は先程の攻撃によるダメージからか、ふらつきながらも何とか立ち上がろうとする
「俺には何の取り柄もない、そんな俺をあの方は必要として下さったのだ・・・皆が同志として求めてくれたのだ」
何度も転びながらも遂には立ち上がった怪人は、トウヤを見据えながら強い意志を向ける
「ならばこそ、組織から言い渡された汚れ仕事は俺がやろう、汚名も侮辱も全て被ろう、我が名誉が如何に穢れようともスーラ様と同志たちが目的の為に進んでくれるのであれば不退転の覚悟を持って我が身喜んで差し出そう!」
この怪人は魔力も力も自分よりもはるかに劣る。有り体に言ってしまえば弱い、弱い筈なのだ
だが、今のトウヤには目の前の怪人が先程よりも強く大きく見えた
肉弾幸を行う不退転の覚悟を持つ忠臣の姿がそこにはあったのだ
「・・・やっぱり、強いなお前ら」
ダライチ、ゲキコウ、スーラ一派の怪人を見て、戦い彼らの強さをトウヤは見た
彼らに対しての煮え切らない思いは確かにある。だが、それを頭の片隅に追いやってしまう程の敬意を抱いてしまう
ブレスレットを再度擦り合わせると、外へと通じる出入り口との距離を測り構えを取る
『パワード、オーバーパワー!』
「なら、遠慮はいらないな」
機械音声の雄叫びと共に目の前の忠臣に向けて失礼のない様に、彼は全力を尽くす事を誓うと、それに答える様に怪人もまた構えを取るのだ
「我が任務は肉弾幸なり、遠慮はいらん、来いアサマトウヤ!!」
その言葉と共にトウヤは駆け出す
捩れる魔力の流れを前に突き出す様に展開したフィーベルアローへと纏わせて、対して怪人もまた針を撃ち出す
スーツの表面で針が耳障りの良い音を立てながら弾かれていくのを見て、すぐさま拳を構える
突き出される相手の腕に自身の腕を沿わせて繰り出すクロスカウンター
それが狙いではあったが、一歩及ばなかった
「セイヤァー!!!」
『一撃、粉砕!』
突き出された拳は怪人の顔へと打ち込まれる
そのまま殴り飛ばすと怪人の身体は廊下を通り抜け出入り口の仕切りを突き破り外へと飛び出していく
「スーラ・・・様、どうか・・・あなた様の悲願を・・・!」
陽光降り注ぐ青い空の下、怪人シンカンは爆散していく
本当はもうちょいライブ中心の戦闘になる予定だったんですよ
それこそマクロスみたいな感じで
ただなんか・・・ね? 元々の構成だと違和感があったのでこう言う結果になりました