偶像 2
工時計の針が時を刻む音を聞きながら、ダーカー博士は1人工房の事務所で椅子に座り新聞を読んでいた
紙が捲られる音と共にとある内容を目にして小さくため息を吐く
「全く・・・一時は勝ってたが今では戦況は泥沼か」
大陸同盟軍進撃止まる。卑劣なる魔王軍の罠
各戦線で快進撃をしていた同盟軍ではあるが、魔王軍の奇襲に遭い前進は一時停止
これを受け同盟軍司令部では新型MRAの開発と飛行隊用の新型装備開発を強化する声明を発表した
新型装備の完成の暁には、魔人達は汚泥を啜りながら逃げ惑う事になるだろう
そう書かれた記事であり、まとめてしまえば内容は至ってシンプルなものだ
今は膠着しているが挽回の余地あり
ただそれだけである
まだ変に誤魔化さずに膠着していると素直に書いたのは賞賛すべき事なのだろうか、それともそこまで追い詰められていないと安堵すべきなのだろうか
喉元まで出かかった複雑な感情を、カップを手に取りお茶と共に腹の底へと流し込む
そんな中で工房の扉が開かれる音が事務所に響く
「なんだい? 今は休憩中だよ」
「君はいつも休憩している様なものだろう、アイン」
ぶっきらぼうに発した言葉に呆れた声が返ってくると、聞き慣れた声にダーカー博士はバサリと新聞を勢いよく机に置き入ってきた男へと視線を向けた
「イダチ・・・! あんたなんでここに・・・痛っ!?」
慌てて立ち上がろうとして机の足に脛をぶつけて痛がる彼女の姿を、イダチと呼ばれた男はクスクスと笑う
「おいおい、そんな慌てないでくれよ、幼馴染が久々に来ただけなんだから」
「なら少しは顔を見せに来い! いつもラスの尻を追っかけ回して・・・」
「ごめんごめん」
何処か拗ねる様な表情を浮かべた彼女の姿を見て、イダチは困った様な表情を浮かべる
「それで、今日はなんの用だい?」
「あぁ・・・用・・・があるのは実は俺じゃないんだ」
「なら誰だい?」
「もちろんこのお方さ」
そう言って横に移動すると、彼の身体で隠れていた後ろに立っている男の姿が顕になり、ダーカー博士は不機嫌そうに顔を歪め心底残念そうに声を出す
「なんだい、ラスかい」
「なんだいとは失礼だな、義父に向かって」
「義母さんの面影を追っかけ回してる男には丁度良いだろ」
「やれやれ、共に墓参りに行った時はあんなに素直だったのに・・・誰かがいるとすぐこれだ、長い反抗期の娘を持つと苦労するよ」
わざとらしくさも傷付いたと言わんばかりの表情を作りながらそう言うラスに、「このっ、今それを言うな!」と彼女は抗議の声を上げるとドカリと椅子に座り直す
そんな彼女の様子を見て、イダチとラスは共に目を合わせると笑ってしまう
「で、なんの用だい?」
少しばかり恥ずかしくなり赤らめた顔をそっぽ向けながら問い掛けると、ラスはただ静かに彼女へと口を開く
「お前に・・・話しておかなければならない事があってな・・・」
隠す様に、それでも僅かに漏れ出た哀しげな感情を乗せた声にダーカー博士は訝しむ
「こんにちは博士、用事って何ですか?」
ダーカー博士からの連絡を受けて工房までやってきたトウヤは扉を開けながら中に入ると、そこには珍しく客間の前でウロウロと忙しなく動く彼女の姿がいた
「博士・・・、何やってるんですか?」
「来たねトウヤ、ちょっと一緒に来な」
いつもよりもやたらと化粧が濃く落ち着きのない様子を浮かべている彼女の様子を怪訝な表情で見つめるトウヤではあったが、当の本人は入ってきたトウヤに目を向けると手招きをして客間への扉を開けて入っていく
一体何の用なのかと疑問に思いながらも、「あぁはい・・・」と返事をして彼女と共に客間に入ると、そこにはソファーに座る3人の男女の姿が見えた
「待たせたね、こいつがアサマトウヤだ」
「こんにちは! この人がフレアレッドなんですね、お話はよく聞いてます!」
「へぇ・・・なんか可愛らしい人ね」
1人は茶色の髪をピンクのハイライトで染めたあどけない童顔の少女で、もう1人は青い髪を緑のハイライトで染めた凛とした様子の落ち着きのある少女
そんな整った容姿を持つ2人の少女は、トウヤが入ると同時に顔を向けてきて興味深そうに顔をジロジロと見て来てトウヤは思わず息を呑む
「・・・博士、この人達は?」
「ん? なんだい、緊張してるのかい?」
緊張、確かに言ってみれば今のトウヤは緊張している。だが、それは決して容姿端麗な2人の少女と目を合わせたからではない
「まぁ無理も無い、何せ相手は有名なアイドル様だからね」
それは知っているからではない、だが、厳密にはその言い方には語弊があるだろう
正確には彼女達は知らない
「今回の依頼相手ウツコウの2人とマネージャーさんだ、緊張してないでさっさと挨拶しな」
「こんにちは、ウツツと言います!」
「私はコウ、よろしくねヒーローさん」
それぞれ性格も細かな顔の特徴も異なるが2人とも似ている。似過ぎているのだ
ベオテ村を乗っ取った3大怪人イアに
ただの他人の空似かも知れないがもしもそうならと、警戒しながらも差し出されたコウの手を握り返す
「俺は浅間灯夜って言います。よろしくお願いします」
「緊張しないで・・・ってのは無理かも知れないけど、あなたの緊張を解せるように私達も頑張るね」
「ありがとう・・・ございます」
「ほらほら、座りな、仕事の話をするよ」
何とか笑顔を作り、コウから発されたこちらを気遣う言葉に気持ちを入れ替えようとしながら促されるままに席に着く
「今回は仕事を引き受けていただき・・・」
それからすぐにマネージャーが仕事の内容について説明を始める。だが、その言葉はトウヤの耳をすり抜けて淡く儚く空中を漂い消えていった
今、彼の頭は目の前の2人の少女の事でいっぱいである。何故イアと似た見た目をした人物がこのタイミングで2人も現れたのか
どうしても気になってしまい目を向けると、コウがその視線に気が付いたのか笑いながら小さく手を振ってくる
ーーなんか調子狂うなぁ・・・
それからというもの、依頼の説明を話半分で聞いてしまっていたトウヤはダーカー博士にこっ酷く叱られる事になった
「なぁトウヤ」
「何ですか? 博士」
説教と仕事の再説明が終わり、トウヤが家路に就こうとしていると扉を開けようとした彼をダーカー博士が呼び止める
振り返ってみると彼女はトウヤとは目を合わせる事なく明後日の方向を見つめながらタバコを手に取ると火をつけて一服を始め出した
「あんた・・・最近ラスにあったかい?」
「ちょ、町長ですか・・・?」
ある意味で1番彼女と話し辛い名前が出て、トウヤはぎこちなく答える
「あ、まぁはい・・・、会いました。ベオテ村に行く前に・・・」
もしかしてラスが大怪人である事を知っているのかと思いダーカー博士の顔色を窺いながら発した言葉だが、そんな彼の考えとは他所に彼女から帰って来た言葉は淡白なものだった
「・・・そうかい」
たった一言
重い感情を乗せて返された言葉は、トウヤの心を強く締め付けた
「あの・・・俺・・・」
「すまないね、今からはちょっと・・・1人に・・・させてくれないかい?」
彼の言葉に尚も顔を向ける事なく被せてきた言葉を聞き、トウヤは何も言えなくなる
顔を僅かに歪ませながら重くなった手と足を動かし扉を開けると、静かに工房を後にした
巡る記憶は螺旋の如く動き回りながら彼女の脳内を駆け巡る
母と常に仲睦まじい姿を見せる姿
弟と共に一緒に遊んだ姿
母と共に自分と弟の誕生日を祝ってくれて姿
反抗的な態度に出ればどうすれば良いのかと狼狽え母に助けを求めたあの情けない姿
母が死んだ時、涙一つ流さず家に帰り自分達姉弟を抱きしめながら静かに泣いていた姿
喧嘩した時も、悲しんだ時も、笑い合った時も、大人になるまで常に近くにいてくれた
年老いて、皺が深くなる度に別れが近付く気がして心の何処かで悲しさが燻っていた
それでも素直になれず反抗的な態度を示してしまうのは自分の幼さゆえだろうか
大人になった自分達を気にかけてくれてたが、その事を時に煩わしくも思い素直になれなくて、酷く荒々しい言葉をぶつけ合いながら喧嘩をした事もあった
だが、それでも
どれだけ嫌な存在だと、煩わしい存在だと心の何処かで認識していようとも
「父さん・・・なんで・・・」
こんな別れは望んでいなかった
胸の内から溢れ出る熱い感情とぽっかりと空いた空白感に身を任せながら、ダーカーは静かに夜を過ごす
最近ね、寄生獣の実写映画を見直したんですよ
やっぱり良いですね
思えば、私の初寄生獣はコンビニの総集編コミックで、さらにそこからランクヘッドの体温って曲を使ったMADで益々ハマっていきました
それで実は最近悩んでるんです
他人への優しさってどうすれば良いんだろう、傷付いた人をどうやって慰めれば良いんだろう、どういう言葉を掛けてあげれば良いんだろうって
後から思い返す度に考えるんです
あの時あの言葉を掛けてあげれば良かったかな、あぁしてれば良かったかな
悩んで悩んで、いくら悩んでも一向に答えは出て来ません
別に他人なんだから放っておけば良いだろう
そう言われる事もありますけど、やっぱりどうしても放っておけないんですよね
その動き出しについてはまさに「俺がやらねば誰がやる」これに尽きると思ってるんですけど、どうしてもその後の行動に対しての答えが出ないんですよね
そんな時に田宮良子の言葉が出てくるんです
「一つの疑問が解けるとまた次の疑問がわいてる
始まりを求め終わりを求め考えながらただずっと歩いていた
何処まで行っても同じかもしれないし歩くのを辞めてみるならそれも良い、全ての終わりが告げられも「ああ そうか」と思うだけだ
しかし、それでも今日また一つ、疑問の答えが出た」
悩んで悩んで、答えが出てもまた別の疑問が出て来てまた考える
そうやって考え続けて生きていくのが人生だとすれば、自分の優しさに答えなんてないって思えてくるんです。ただ自分の今出来る答えを出し続けていこうって思えるんです
そしたらこうも思えるんです
どれだけ小さくとも優しさのリレーは確かに繋がり、巡り巡って自分に繋がれていく、そしてまた繋げていく
金が無くても、転職して不安に思っていてもこうやって考えさせてくれたこの世に生まれて、俺本当に良かったなって思えてきます
だから、俺は今日も感謝を忘れずに優しさのリレーを繋げようと思います
今回の内容が内容だけに私もノスタルジーな感覚に浸りながら書いてしまいましたが、ここまで読んで下さった読者の皆様方、いつもありがとうございます
こんな作品でも読んでくれてるんだと思えるだけでも明日の気力に繋がります
本当にありがとうございます