The lee of the föhn wind 5
過去回想から行きます
それは幼き日の記憶
大貴族たるヴァラド家に生まれた彼は、物心がついた時より養子で来た義理の妹と共に国の為民の為にと勉学に励んだ
技術を学び、作法を学び、武術を学び修練を積み風魔法を操るヴァラド家に相応しい男になった
だが、彼は風魔法と武術の組み合わせだけが上手くいかなかった。幾ら魔力を纏め上げようとしても霧散していく
そんな彼が母や見守る使用人たちと共に修練に励んでいるとそれは起こった
奥義たる技を圧縮した風魔法を拳に纏める技
彼は幼さゆえの焦りからか、一か八かの賭けでその技を無断で使ったのだ
急ぎ母が止めに入ろうとしたが結果は大惨事、圧縮した風魔法は彼の制御を離れ周囲の使用人たちを粉微塵に切り刻み
彼自身の愛した母の結界魔法すらも破壊して切り裂いた
血に濡れる我が子を母は最後に抱き締めて、そっと何かを呟き冷たくなっていく
事態に気が付き父と義妹が駆け込んできたがすでに遅かった
それ故に彼は拳を捨てた。亡き母の最後の言葉はショックからかもう覚えていないが、もう二度と母や使用人達の様な犠牲者は出さないと誓い
次期頭首の座も捨て家を出た
「それが俺の生き様だ・・・そんな俺では魔法しか使えず親衛怪人を倒せない・・・」
先ほどの路地から離れ路地裏へとトウヤを連れてきたセドは、自身の生い立ちと共に自分では親衛怪人を倒せない理由を語る
仄暗い顔で、いつもの彼とは違う半狂乱した様に笑みを浮かべながら、今までに溜めたネガティブな感情を全て吐き出す様に語ってみせた
「だから・・・トローネの事を俺に任せるって・・・?」
木箱に腰を下ろし、俯き頭を抱える彼にトウヤの顔は見えない
だが、掛けられた言葉に返事をする
「そうだ・・・今の俺にはあの子を助けられないし、邪魔になるだけだ」
「ふざけんな!!」
怒号と共に胸ぐらを掴み上げ無理やり立ち上がらされる
「あんた怪人との戦いからあの子を置いて逃げるつもりかよ!」
「違う、俺はただ足手纏いになるだけだから」
「どこが違うんだよ! あんた・・・さっきから聞いてれば様子がおかし過ぎるよ、俺は拳を捨てただ足手纏いだ、今までのあんたはそんな言い訳がましい事言わなかったろ!」
そこでセドはトウヤの顔を見た
いつも笑顔を浮かべる彼の今にも泣き出しそうな程の哀しげな顔を
「あんたも教えてくれたじゃないか・・・この街を守る事を、チリ達を助けるときも何よりもあいつらの事を思って見守ってくれていたじゃないのかよ!」
何をそんなに悲しむのかと、何をそんなに怒るのかと、わからないセドではない
今トウヤはつらつらと語った過去よりも今のセドに怒っていた
街を守る事を背中で持って教えてきたこの男の過去を言い訳に、共にどうするかではなく今を逃げようとする情けない姿に怒っているのだ
「なんで・・・なんでだよ」
遂には涙を流すトウヤの姿にセドは何も言えなくなる
怒りをぶつけられ、その意味を理解して冷静になった頭で今の自分を見つめ直し、自問自答で頭が真っ白になった
ーー何故俺はあんな事をいったんだ
今までのネガティブな感情から思考を悪い物へと変えていき、相談もせず立ち直ることも出来ない負のループに陥り正気を失う
その結果の今に後悔の念が湧き始める
「・・・!」
湧き始めた刹那、トウヤはセドの顔を殴り付けた
「セド・・・、もうヒーロー辞めろ」
「トウ・・・ヤ・・・?」
倒れ込み殴られた頬を抑えながらセドは言葉を失う
あのトウヤがその様な事を言われると思わなかったからだ
「あんたの過去がどうとか俺知ったこっちゃねぇよ、今のあんたのそんな姿見ていられない、だから」
再びトウヤは近付くと、セドを煽る様に胸ぐらを掴み顔を近付ける
自分の思う憎たらしさを全開にした表情で、相手が不快に思う様な言葉遣いを際限なくイメージしてぶつけた
「ヒーローなんて辞めちまえ、臆病者」
言われた瞬間、何かが頭に当たりガツンと来る様な感覚にセドは陥る
何故そこまで言われるのか、などという自分でも浅はかと内心わかる様な気持ちが心の底から湧き出ると、次いで湧いてきたのは怒りだった
「貴様に・・・」
ふつふつと湧き出る感情は次第に身体全体に行き渡り力任せに拳を握り込む、狭まっていく視界と共に怒りの形相へと顔を歪める
「貴様に何がわかる!!」
怒りに任せトウヤの拳を思いっきり殴り付けると、一瞬正気に戻るが、次の瞬間に殴り返してきたトウヤの拳と言葉で霧散した
「わかるわけねぇだろ!! 俺はあんたじゃないんだよ、あんたの感情を理解出来ても全部わかるわけねぇだろ!! そんなに理解して欲しいのか? 寂しがりやの臆病者め!」
「なん・・・だと・・・貴様!」
そこからはまるで子供の様な乱闘具合だった
かたや最初は理解出来ないと言いながら何とか頭を捻り思いつく限りの罵倒を浴びせ、最後は感情任せに罵倒して殴る始末
こなた怒りに任せて殴り返し、真意を理解しながらも感情の赴くままに罵倒を浴びせ殴り合いに興じている始末
最終的にはセドが馬乗りになり、トウヤを一方的に殴り付けていた
「あの・・・ギブ・・・ギブ」
顔を腫らしながらそう言われ、セドは肩で息をしながらも拳を納める
トウヤの上から退くと壁を背に座り込む
互いに何も言わず2人の間には沈黙が流れた
「トウヤ・・・」
沈黙を破ったのはセドの方からだった
「なん・・・だよ・・・」腫らした顔で痛みに苦しみながらもトウヤは何とか言葉を捻り出す
「感謝するぞ・・・」
「だから、何がだよ」
「俺を怒らせる為にワザとあんな態度を取ったのだろう・・・?」
「・・・あれ? バレてまし・・・た?」
「なんとか言葉を捻り出そうとしている姿など滑稽だったぞ」
「あっちゃーマジかぁ」と呟くトウヤに対して、セドはクツクツと込み上げて来る笑いを抑えきれずに吹き出す
「何故あんな事をしようと思ったのか、まぁ俺はわかるから良いが他の奴にはするなよ、普通はわからん」
「うっす、気を付けます」
そうは言いながらも感情的になって殴り返して来たのはどこのどいつだよとは、思っていても言う気は起きなかった
「まぁおかげで正気に戻れた」
「そりゃ良かったですよ・・・」
誰が言ったか男はみんな馬鹿ばかり、プライドから本音を隠し負の感情を内に抱きながら戦い続け、肥大化していく負の感情を発散させずに遂には挫折し掛けていたにも関わらず、怒らせないとその本音すら顔を見せる事すらしない
殴り合うのは古き良きお約束、そうは思いながらも彼の注意にフィクションとは違うよなと、顔の痛みを感じながら猛省する
「なぁセドさん」
「なんだ? まだ言い足りないのか?」
負の感情を吐き出したおかげか、先程とは打って変わり晴れやかな顔でセドは言い足りないのであろうかとトウヤへと問い掛けた
「俺達は仲間なんですからもっと頼って下さいよ、あんたが暴走した時は俺達が止めます。だから、あんまり過去に囚われないで下さい・・・」
街の為に奮闘して来たからこそ、自分達のリーダーとして立ち振る舞って来たからこその自制があるのかも知れない
それでも自分達は仲間なのだから頼りたい時に頼って欲しい
そんな感情を浮かべた言葉に、セドは微笑みを浮かべながら浮かんだ言葉を素直に述べた
「ありがとう、アサマ・トウヤ」
男は結局馬鹿ばかり
本音を出さないからこそ、こういう感情に言葉を乗せることに意味が出て来る
さりとてそれが全てで無いのは確かであり、ダイゴ氏の様に読み解く人もいれば、感情をのせずにぶつけ合える人もいる
今回は彼らがそうであったと言うだけなのかも知れませんが、概ねそんな感じです
殴り合いはまぁそもそも殴り始めたのトウヤくんですし、売り文句に買い文句って感じですね
まぁこうでもしなきゃ負のループに入ってウジウジとあれでもないこうでもないと言い合いばかりして平行線になるので
彼も言うて20歳の新卒なので、普通に青春やっちゃいます
もちろん人は選びますけどね、今回は自分よりも強いと思ってるセドだからやりました
馬鹿ですね
登場人物
浅間灯夜:本作の馬鹿1号
セド・ヴァラド:本作の暫定馬鹿2号